軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10. 海の脅威:前半

アクアスティードに惚れ薬を飲ませた。

そう言ったパールの言葉が、ティアラローズをひどく動揺させる。あんなにも自分を愛してくれているのに、ほかの女性を見るはずがない。本来ならば、胸を張ってそう告げられる。

けれど。

アイシラはこのゲームのヒロインで、本来アクアスティードと結ばれるはずだった女性だ。

そのことがティアラローズを不安にさせ、胸を張る自信をそぎ落としていった。

――お願いだから、私を嫌いにならないで……。

淑女だということも忘れ、長い廊下を走りアクアスティードの執務室を目指す。通りすがりの騎士たちがぎょっと目を見開いてティアラローズを見るが、そんなことを気にしている余裕なんかない。

お願い、どうか――祈る気持ちだけが、溢れ出る。

「アクア様……」

小さな声が、ティアラローズの口からこぼれる。

十メートルほど先には、執務室の扉。普段ならば入室の許可を伺うけれど、今はそんな余裕がなかった。切羽詰まったティアラローズの心は、一直線にアクアスティードへと向けられる。

「アクア――っ!」

「――ティアラ?」

様を付けることも忘れ、自分にだけ許された〝アクア”と呼ぶ権利を行使する。

室内にいたのは、アクアスティードと側近のエリオット。

はぁはぁと息を切らせて、もう一度「アクア」と呟く。

尋常ではない様子を見て、アクアスティードはすぐにティアラローズを優しく抱きしめる。大丈夫だよと言うように、ゆっくりと背中を撫でる。

「え……?」

「ん?」

――だって、惚れ薬を飲まされたんじゃないの?

アクアスティードはいつもと変わらない笑みを、ティアラローズに向ける。ほかの誰かを好きだという人がする笑顔には、どうしても見えない。

どういうことだろうと、ティアラローズの脳内は混乱する。

アクアスティードは、アイシラを好きになったのではなかったのか?

「どうしたの、ティアラ」

「あ、あの……。アクア様は、わたくしのことが好きですか……?」

「うん? もちろん、好きだし、愛しているよ」

突然の質問に驚きつつも、アクアスティードは嬉しそうに答える。

「……」

――も、もしかして、私が好きだけどアイシラ様 も(・) 好きになっているパターンかもしれない。

その可能性を考えると、嫌な汗が背中を伝う。

アイシラ様も好きですか? そう一言アクアスティードに聞くだけなのに、声が出ない。

「ティアラ?」

どうしたの――と、優しいアクアスティードの声が耳に届く。その声を、アイシラにも向けるのだろうか。そんなのは絶対に嫌だと、ぎゅっと手を握り締める。

「アクア様」

「うん?」

「あ、アイシラ様のことは……お好きです、か?」

「アイシラ嬢?」

体を震わせながら、ティアラローズはアクアスティードへ問いかける。

「どうしたの、ティアラ。私が好きなのはティアラだけなのに」

「アクア様……」

くすくす笑いながら、アクアスティードはティアラローズの頭を撫でる。

――だって、パール様が惚れ薬を飲ませているはずなのに。

いったいどういうことだろうと考えたところで、執務室の扉が開かれる。

「……厄介ごとが来たみたいだな」

「クレイル様、パール様」

「なぜじゃっ! わらわの紅茶を飲んだはずなのに、なぜ……!」

アクアスティードはひとつ息をついて、ティアラローズをソファへそっと座らせる。自身は妖精王二人へ体を向け、大きくため息をついた。

クレイルにがしっと掴まれているパールは涙目になっていて、じたばたと暴れ不可解さに声をあげる。アクアスティードに惚れ薬を飲ませたのに、ティアラローズを大切にしているからだ。

そして次の瞬間、再び勢いよく扉が開かれた。

息を切らせながら入ってきたのは、アイシラだ。その後ろには、途中で会ったのかフィリーネも一緒にいた。

「パール様、お止めください……っ!!」

「ティアラローズ様、どうされたんですか……っ!」

が、すぐに二人は息を呑む。

二人の妖精王が、その場にいたからだ。もちろん元凶であるパールに会いに来たわけだけれど、クレイルが一緒だとは予想していなかった。

アイシラは震える体をぎゅっと抱きしめるようにして、すぐにハッとする。

アクアスティードは、自分を好きになる惚れ薬を飲まされている。パールがいるのだから、おそらくそれはなされた後だろうと判断したのだ。

ちらりと、アイシラの視線がアクアスティードへ向けられる。

すぐそれに気付いたのは、ティアラローズだ。そしてその頬が少し色づいているということにも、気付いてしまった。

――アイシラ様、知ってるんだ。

パールが何をしたのかを理解して、ここへ来たのだということをティアラローズも理解した。止めろという言葉を発したことを考えると、止めに来てくれたということがわかる。

でも。

――期待もしている、ってことだよね?

アイシラは別段アクアスティードを好きではないと思っていたけれど、自分が浅はかだったとティアラローズは思う。

――どうして私は、アイシラ様がアクア様を好きじゃないなんて思っていたんだろう。

ゲームの通りに考えれば、アイシラ様がアクア様を好きじゃないはずなんてないのに。

つきんとした痛みが、走る。

けれどすぐに、そんな考えは吹き飛ぶ。アクアスティードの発した言葉が、重大なものだったからだ。

「海に関する情報は、すでに空の妖精たちから聞いている。巨大な津波がくるのは、これから十五分後」

「え――――!?」

アクアスティードの言葉に、ティアラローズは目を見開いた。

「津波を食い止めるために、アイシラ嬢の浜を使わせてもらう」

「かしこまりました」

空の妖精王であるクレイルとその妖精たちは、この国の情報をいち早く把握しアクアスティードへ伝えるという役割を担っている。

そのため、この国でアクアスティードほどの情報を有するものはほかにいない。加えて、その事実を知るのもクレイルとキースという二人の妖精王。側近のエリオットと、愛しいティアラローズだけだ。

アイシラはすぐに自身の砂浜を使うことに頷き、準備が必要なものはないかと問いかける。

「津波って……そんな。食い止めることが、出来るの……?」

「自然っていうのは、面倒なのよ。私たち妖精王が管理をしているけれど、一度手が離れてしまえば意のままに動かすのはとても難しいの」

「クレイル様……」

海の妖精王であるパールは感情の起伏も激しく、ほかの妖精王に比べ幼い。ゆえに、一度パールの手を離れてしまった今の波を御することは出来ないのだ。

「ふ、ふんっ! そなたが、クレイルをたぶらかすようなことをするからいけないのじゃ!」

「パール?」

「クレイルがその人間に、お、贈り物を嬉しそうに選んでいたではないか!!」

「…………」

パールの言葉を聞き、室内が沈黙に包まれる。

「だから、わらわはその人間も同じ目に遭えばいいと思ってアイシラを好きになる惚れ薬をそやつに飲ましたというに!!」

「私に? ――ああ、あの紅茶か。エリオットが飲んだが?」

「えっ」

一瞬の間を置いたあと、全員がエリオットを見た。

確かにアクアスティードに紅茶を飲ませたはずなのにと、パールは顔をしかめる。

「毒見だ。妖精王の贈り物とはいえ、そう簡単に口を付けたりはしない」

もちろん、その妖精王がパールだからという理由はあるけれど。

なので、アクアスティードが飲む前にさっとエリオットが飲んでいたのだ。アクアスティードは口を付けるふりだけをして、やりすごしていたのだ。

「ま、まさかそんな……」

肩を震わせながら、パールが呟く。

せっかくティアラローズにクレイルをたぶらかした罰を与えようと思ったのに――と。

そしてふと、室内の全員がアイシラを見る。

――この惚れ薬を飲むと、アイシラ様を好きになるのよね?

つまり、エリオットが惚れ薬を飲んでいるのならばその気持ちはアイシラに向いている。誰もがそう思い、エリオットとアイシラを交互に見た。

「エリオット……?」

アクアスティードが静かに名前を呼ぶけれど、エリオットは俯いて何も言葉を発しはしない。

誰もがどうすればいいのだろうと悩んだところで、室内にキースの声が響く。

「おい、お前らっ! 津波を止めるんだろうがッ!!」

「っ! そ、そうでした。アクア様、わたくしにも何か出来ることがあれば協力をします」

慌ててアクアスティードに告げると、仕方がないと言うように肩をすくめられる。本当はティアラローズを安全な場所に閉じ込めておきたいのに、彼女は森の妖精王に祝福されている。今回の津波を食い止めるのに、その力は大いに活躍をしてくれるだろう。

本当はエリオットのことが気になるけれど、津波が十五分後に迫っているのであればそうも言ってはいられない。

……惚れる程度であれば、別に害はないだろうという判断もあるけれど。

「クレイル、すぐに行くから風を呼んでくれ! ティアラは私につかまっていて」

「は、はいっ!」

泣きそうになっているパールをおいて、クレイルは空の力を使い転移をする。連れていくのは、空の力を使うアクアスティードと森の力を使うティアラローズの二人だ。

キースも同様に転移をして、着いていく。

室内に残されたのは、海の妖精王であるパール。

そして惚れ薬を飲まされたエリオットに、その対象であるアイシラ。展開が急すぎてついていくことが出来なかったフィリーネの、四人。

「………………わらわは、宮に帰るのじゃっ!」

「あぁっ、パール様!!」

すぐに転移をし、パールも消えた。

「わ、わたくしたちも海へ向かいましょう。フィリーネもティアラローズ様が心配でしょう?」

「わかりました、アイシラ様。すぐに馬車の手配をいたします」

「お願いいたします」

アイシラの言葉を受け、フィリーネは馬車の手配をするために執務室を後にした。