軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14. 続編ヒロインとの決着

無事にお披露目式を終え、ティアラローズとアクアスティードはマリンフォレストへと帰国した。

正式な結婚式は、1ヶ月後に大聖堂で執り行われることになっている。

各国から来賓として、多くの人がくるのだ。これからは準備に追われ、多忙な日々が続くだろう。

「……ふぅ。全部覚えれたはず」

「大丈夫? 精が出るね、ティアラ」

「ありがとうございます」

アクアスティードの執務室。

仕事をこなすアクアスティードの横で、ティアラローズは結婚式の来賓リストを必死に覚えていた。各国の国王や王子、王女が祝いのためにきてくれるのだ。

それを花嫁が知らないなどと、口が裂けても言うことはできない。

紅茶を一口飲んで、横に座ったアクアスティードを見る。

綺麗に整った顔はどこか疲れが見えていて、彼も無理をしているのだろうということが容易にわかった。

「わたくしは、そんなに大変ではありません。もともと、各国の要人は把握していますから」

「さすが、だね」

ティアラローズは、幼い頃から厳しい王妃教育を課せられてきた。

それぞれの国の歴史や、現在の要職や貴族の繋がりに至るまでを家庭教師に叩き込まれたのだ。ゆえに、リストを覚えるというよりは確認するといったほうが正しいかもしれない。

それはアクアスティードも同様で、一度目を通した後は再確認をすることもない。その頭脳にすべてが収まっているのだから、どれほど優秀なのだとティアラローズは感心する。

「――……」

「!」

不意に、こてん……と。アクアスティードがティアラローズに寄りかかる。

いったいどうしたのかと思ったが、甘えられているのだということにすぐ気付く。自分の肩で休まるのであれば、いくらでも差し出すのに。

伏せられた長い睫毛は、世の女性が見れば羨ましいと思うだろう。かくいうティアラローズもその1人なのだが、きっとアクアスティードは気付いていない。

――アクア様、可愛い。

えへへと、嬉しそうな笑みがティアラローズからこぼれる。

少しだけ薄目でそれを覗き見たアクアスティードも、満足そうに微笑む。

――ティアラは相変わらず、可愛い。

2人の思考が一緒だなんて、この場の誰が気付いているだろうか。

ほわほわとした柔らかな空気が流れ、どこか甘い。

だから「俺も恋人が欲しいな……」と、書類整理をしていたエリオットの呟きには誰も返事をしなかった。

◇ ◇ ◇

あっという間に目まぐるしい日々は過ぎ、気付けばもう結婚式の前日だ。

ティアラローズの故郷からは、国王やシリウス王子、それに両親が結婚式へと駆けつけた。すぐにでも時間を作って会いに行きたかったのだが、式の準備でそれどころではなかった。

毎日磨かれるのもティアラローズの勤めで、今日も朝からマッサージを受け、午前中には念入りに爪の手入れをされた。

――こういうところは、日本と変わらないのね。

もちろん、元々が日本の乙女ゲームだ。結婚式に関しては、特殊な慣例などもなくティアラローズはほっとしている。

綺麗にネイルがほどこされた爪を見ると、胸がじんわりと温かくなる。

1年間の花嫁修業を終え、明日、アクアスティードの妻となるのだ。なんとも感慨深く、どきどきしてしまう。

「綺麗ですわ、ティアラローズ様。うぅ、無事にアクアスティード殿下とのご結婚が出来て良かったです」

「もう、フィリーネったら。今から涙ぐんでどうするの? 本番は明日なんだから……」

「そうですね。わたくしったら、楽しみで……!」

フィリーネが落ち着くようにとティーセットを用意して、ティアラローズは遅めの昼食を取る。午後からは髪の手入れをし、結婚式の流れを確認する。その後入浴して、すぐさま就寝だ。

明日の朝は早くから準備が必要になるため、いつもよりかなり早く休まなければならないのだ。

そんな時、部屋の扉にノックが響く。

「誰かしら。お約束の予定はないはずよね?」

「ええ。確認してまいりますので、ティアラローズ様はそのままお待ちくださいませ」

こくりと頷き、ティアラローズはフィリーネにまかせることにした。

今日もまだまだ予定はたくさんあるのだが――ティアラローズは、嫌な予感がして扉を見た。

――このパターン、前にもなかっただろうか。

あれはいつだっただろうか。そうだ、たしか卒業パーティーの日だ。……と、そこまで思い返してこの記憶は終了させることにした。

ヒロインのアイシラが訪問してくるフラグなんて立ててはいけないのだ。しかし、こういった嫌な予感ほど当たるものもない。

フィリーネが、「アイシラ様がいらっしゃいましたが……」と告げた。

「まぁ、アイシラ様が? お通ししてちょだい」

「かしこまりました」

すぐに許可を出すと、アイシラが侍女を伴ってやってきた。

互いに礼をし、ティアラローズが席を勧める。

「お忙しいなか、すみません」

「いいえ。アイシラ様が訪ねてきてくださるなんて、とても嬉しいですわ」

フィリーネが紅茶を用意する横で、2人は微笑みながら雑談をしていく。

いったい何をしにきたのだろうと疑問を浮かべるが、ヒロインとしてティアラローズの結婚を止めにきたのだろうか。

「ティアラローズ様。この度はご結婚、おめでとうございます。わたくし、どうしてもお祝いを言いたくて」

「まぁ……。ありがとうございます」

アイシラは素直に祝いの言葉を伝えるどころか、心の底から祝福しているような笑顔まで浮かべる。「長居は致しませんわ」と加えて、嬉しそうにする。

さすがのティアラローズも、これには眉をひそめる。

上辺では2人を祝福しているアイシラだけど、心の中ではやはりアクアスティードのことが好きだと思っていたからだ。

そんなアイシラを見て、ティアラローズは不思議に思うのだ。

――本当に、アクア様のことが好きじゃなかったんだろうか?

以前話をしたとき、婚姻に関しては父親にすべて任せている。と、アイシラは言った。自分は好いている男性もいないため、良縁を組んでもらうのが一番いいのだと。

「……わたくしが、アクアスティード殿下をお慕いしているとお思いでしたか?」

「――!」

アイシラが苦笑しながら、しかしはっきりとティアラローズに告げた。

まさかそんなにはっきり言われるとは思っていなかったので、何か言おうとするも言葉がでなかった。

「わたくしは、恋というものがよくわかりません。結婚は、お父様が良い人を探してくださると思っていますから……」

「アイシラ様」

――恋が、わからない?

もしかして、ティアラローズの存在のせいではないだろうかと、考える。

続編のヒロインであるアイシラは、攻略対象者と恋を育んでいくのだ。今回の場合は、間違いなくアクアスティードのルートだっただろう。

けれど、ティアラローズがいたため恋を育んでいけなかったのだ。ティアラローズというイレギュラーな存在がなければ、きっとアイシラとアクアスティードが結ばれたのだ。

海の妖精に愛されし、マリンフォレストの公爵令嬢。

お似合い以外の言葉が、ティアラローズには見つからない。

けれど、アクアスティードの寵愛を受けているのはティアラローズなのだ。

こればかりは、アイシラに譲ることは出来ない。

ここで、ティアラローズがアイシラに謝罪をすることは間違っている。けれど、どうしても自分の責任だと感じてしまうのだ。

「……アイシラ様、わたくしは」

「そこまでですっ!」

「――!?」

ティアラローズがアイシラの名を呼んで、どうしたのだろうと首を傾げた瞬間に――制止する、第三者の声が室内に響く。

声のした方を全員が一斉に見れば、黒髪を靡かせながらアカリが立っていた。

「アカリ様!」

「改めてご結婚おめでとうございます、ティアラ様。……初めまして、アイシラ様。私、アカリと申しますわ」

「ご挨拶ありがとうございます、アカリ様。わたくしは、アイシラ・パールラントですわ」

アカリは窓に立っていた。

正面からきては、間違いなく入室を断られるということを、アカリ自身しっかりと理解していたのだろう。

「続編のヒロイン……うん。ゲームと一緒ね! ヒロインになれたのだから、もっと嬉しそうにしたらいいのに」

「アカリ様。アイシラ様に失礼な物言いはお止めくださいませ」

「あら、ごめんなさい。ご不快にさせてしまったかしら、申し訳ないわ」

「いいえ、わたくしは気にしていませんから」

アクアスティードへ報告に行こうとするフィリーネと女官を制し、ティアラローズはため息をつく。アイシラが優しい令嬢でなければ、大変な騒ぎになっていただろう。

ティアラローズはこっそりアカリに耳打ちをして、いきなり何をしにきたのかを問う。

「続編ヒロインっていう、ラッキーガールを見ようとおもったの。……人生はもっと楽しむべきよ。アイシラはヒロインなのに、それがまったく出来てない。まぁ、アクア様を取られるよりはいいけれど」

「アカリ様……」

本当に乙女ゲームが大好きなんだ。と、ティアラローズはなかばあきれる。

ここにアカリがいるのは、直前になって結婚式への参列が許されたからだろうか。それとも、彼女の独断でマリンフォレストへきたのだろうか。

くるりと回って、アカリはアイシラを見る。

自分と同じヒロインが、どういう人間なのか見ているのだろうか。それとも、自分と同じような存在か確かめようとしているのか。

けれど、ティアラローズの中ではすでに結論が出ている。

アイシラは、転生者でも、転移者でもない。現代のスイーツに関して、女子トークをしても特に反応がなかった。転移者に関しては、どう見ても日本人の容姿ではない。

ゆえに、アイシラはこの地に生きる普通の人間なのだ。

「お2人は、仲良しでいらっしゃるんですね」

「え?」

アイシラの鈴が鳴るような声に、ティアラローズとアカリは同時に声を発する。他人から見ると、仲良しに見えるのだろうか。

驚きつつも、アカリは「そうなんです!」と胸を張って言い張った。何を言っているのだろうとティアラローズが呆れていれば、アカリはとんでもないことを言い出した。

「そう。私、アイシラ様が言う通りティアラ様の友人なんです。……だから、ティアラ様のことが心配で心配で」

「心配、ですか?」

友人が心配だというアカリに、アイシラはいったい何があるのだろうと首を傾げる。

「ええ。アクア様の傍には、いつもアイシラ様がいらっしゃるじゃないですか。私の友人の旦那様に、あまり近づかないでくださいませ!」

「――!」

ぴっと、アカリが人差し指をアイシラに突きつける。暗に、人の恋人にすりよってんじゃねーよ! と、言いたいのだ。

それに驚いたのは、アイシラだった。彼女は、本当にアクアスティードに好きという恋愛感情を持ってはいないのだ。

――わたくし、周りから見たらアクアスティード様をお慕いしているように見えるのね……。

アイシラの胸が、ずきりと痛む。

「申し訳ございません、ティアラローズ様。わたくし、もっと配慮すべきでしたのね」

「お止めください、アイシラ様。そのようなこと、気にしないでくださいませ。……アカリ様も、そのようなことをおっしゃらないで」

アイシラはまだ14歳なのだ。

それなのに、公爵家の令嬢として社交をしっかり行っているし、海の世話もしている。そんな彼女が、アクアスティードを兄のように慕っていたとしても仕方がない。

「ごめんなさい、ご不快な気分にさせてしまったわね……」

ティアラローズの言葉を受けて、謝罪をしつつアカリは少し俯いた。

そして、アイシラが日本人などではなくて、とても優しい少女だということもこの瞬間で理解をすることが出来た。

――さすが、続編ゲームのヒロインね。

とてもいい子で可愛いアイシラ。けれど、アカリにはそれがとても怖かった。

純粋な子ほど、何をするかわからないと彼女は思う。

『ラピスラズリの指輪』の続編であるこのゲーム。

ティアラローズは知らないが、アカリはしっかりとプレイをしているのだ。

攻略対象者は、王太子であるアクアスティード、その従者であるエリオット、森の妖精王キース、ヒロインであるアイシラの屋敷に務める若く有能な執事。

その4人に加え、隠しルートのキャラクターとして空の妖精王がいる。

――間違いなく、アクアスティードのルートだ。

アカリがそう確信したのは、アイシラが着ているドレスだ。特にイベントとしての意図があるわけではないが、背中に付いたリボンの色でどのルートなのかがわかるようになっている。

アイシラの背中には、綺麗なダークブルーのリボン。間違いなく、それはアクアスティードの色だった。

「……ティアラローズ様、そろそろ、アクアスティード殿下がいらっしゃるお時間です」

「あ、そうね。最終確認を行わなければいけなかったわね」

おずおずと申し出るフィリーネに、しかし内心助かったと思うティアラローズ。

すぐにアイシラが長居してしまったことを謝り、侍女とともに出て行く。アカリは窓から帰るらしく、縁に腰掛けた。

「……アカリ様、今日はどうしてここに? ハルトナイツ殿下もご一緒ですよね?」

「いいえ。私の独断できたの」

「え……?」

帰ろうとするアカリに声をかければ、アカリは首を振る。

ハルトナイツと共に公務としてくるのであれば、別段問題はないと思っていた。けれど、アカリが1人で来るとは思っていなかった。

「どうして……?」

「べつに。私はただ、続編の結末を見に来ただけです」

「本当に、乙女ゲームが好きね」

やれやれとティアラローズが思ったところで、アカリが窓から身を乗り出してそのまま掻き消えた。魔法を使ったのだと思うのに、そう時間はかからなかった。

すとんとアカリが着地した場所は、城から少し離れた宿屋の一室。どちらかというと値段が高めの宿は、部屋も十分に広く調度品もしっかりとしていた。

その空間で、ぽつりと漏れたのは……アカリの独り言だ。

「私、過去は気にしない。――でも、今はティアラ様が大好き。親友だって思ってる」

――だから、 アイシラ(ヒロイン) に結婚式をめちゃくちゃにさせはしない。