軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2. ヒロインと婚約者の来訪

「……はぁ」

ティアラローズが前世の記憶を取り戻し、1日。今日は、ゲームのエンディングである卒業パーティーの日だ。

家で支度を済まし、エスコートのないまま学園へ。今は、備え付けられているゲストルームで紅茶を飲み心を落ち着かせている。

「ティアラローズ様。……やはり、旦那様にお伝えしてエスコートをして頂いてはどうですか?」

「いいのよ、フィリーネ。お父様はお仕事がおありですから、ご迷惑になってしまうわ」

「ですが……」

侍女であるフィリーネが、ティアラローズを心配し声をかける。しかしそれを制止し、「大丈夫よ」とティアラローズは微笑む。

通常、婚約者など、エスコートをしてくれる相手が居ない場合は親族を……というのが一般的だ。今回の卒業パーティーも、相手の居ない令嬢はたいてい父親や男兄弟にエスコートを頼む。

しかし、ティアラローズの父は国の重鎮であり、本日の卒業パーティーでも仕事があるのだ。国王陛下が参加されるので、補佐をするという大事な役割がある。

娘を溺愛する父のことだ。国王を放置し、ティアラローズのエスコートをすることは目に見えている。そのため、ティアラローズはあえて父親に何も伝えなかったのだ。

「でも……。そうね、確かに、私が1人で入場したのをお父様が見たら……」

「見たら……?」

「…………怒り狂うに違いないわね。もしかしてわたくし、判断を間違ってしまったかしら」

「ティアラローズ様……」

あきれたようなフィリーネの声に、しかし、とティアラローズは考える。

結局父親が怒り狂ったところで、悪役令嬢断罪イベントはそのまま開催されるのだ。どちらにしても、父の意識はそちらに向くからエスコートの件はそんな大事にならないだろう。もちろん、他の学生や招待客も然り。と、心の片隅でそうなればいいなとティアラローズは思う。

「わたくし、やはりティアラローズ様が心配です。お辛いことがあれば、かならずこのフィリーネにお伝えくださいませね?」

「ええ。ありがとう、フィリーネ。貴女が味方で居てくれるだけで、十分よ」

ティアラローズが小さな頃から、姉妹のように育った2人だ。

侍女であり、主人であるティアラローズの命令が絶対であったとしても――……何かあったときは、絶対にお助けしようと心に誓っている。

フィリーネの言葉に、ティアラローズは心を落ち着かせる。1時間もしないうちに、卒業パーティーと言う名の断罪イベントが始まるのだ。

今、傍に居てくれているのが気心の知れたフィリーネであって、良かったとティアラローズは思う。そうでなければ、これからの展開を頑張れないかもしれなかった。

「そうでした。ティアラローズ様、甘いクッキーを用意していたんです」

「スイーツね! 嬉しい、ありがとうフィリーネ」

「はい。紅茶もお注ぎしますね」

主人であるティアラローズの気持ちが少しでもほぐれるように、と。フィリーネがお茶とクッキーのセッティングをしていく。

せめて、卒業パーティーへ1人で向かわれるまでは笑顔で居て欲しいと思ったのだ。そう思えば思うほど、フィリーネの中でハルトナイツの株が下がっていく。

なぜ、自分の仕えるティアラローズ様をエスコートしないのか。よほどの理由があるのだろうが、それでも許せないだろうと笑顔の下で考える。

その時、扉をノックする音が部屋へと響く。

「……フィリーネ」

「はい。少々お待ちください」

卒業パーティーの開催時間がすぐだと言うのに、いったい誰が訪ねてきたのだろうと2人は顔を見てお互いに首をかしげる。

教師からの伝達事項か何かがあるのかもしれないと、ティアラローズは気にせずに用意されたクッキーへと手を伸ばした。前世を含め、おいしいお菓子が大好きだったティアラローズ。

平民ではあまり贅沢をすることが出来ないため、侯爵という身分はこの1点で大いに活躍をしてくれている。

「んんっ、美味しい……」

ほぅ……。と、お菓子のように甘い笑顔をしながらクッキーを食べる、極上の卵に小麦粉。ティアラローズが口にするお菓子はどれも一級品だ。

にこにこともう1枚のクッキーに手を伸ばそうとしたところで、しかし呼ばれた声にその手が止まった。

「ティアラ様、お体は大丈夫ですかっ?」

「アカリ様、突然入られては困ります!!」

「……っ!!」

突然上がったヒロインの声に、ティアラローズはびくりと体を揺らす。

フィリーネが再度「アカリ様」と強く呼ぶが、ヒロイン――アカリは、そんなものを気にした様子もなく室内へと入ってきた。

それを見てやれやれと思うが、そんな風に対応をすることはできない。ティアラローズは席に着いたまま、わざと驚いたような顔を作りアカリを見る。

「まぁ。アカリ様、ごきげんよう。ご心配いただき、ありがとうございます」

「ごきげんよう、ティアラ様」

にこりと微笑んで挨拶を返すのは、この乙女ゲーム《ラピスラズリの指輪》のヒロインだ。

ストレートの黒髪に、漆黒の瞳。無邪気な笑顔を向けてはいるけれど、その雰囲気はあまり穏やかだと感じることが出来ない。

それに――――……どう見ても、日本人です。

ティアラローズが前世の記憶を思い出してから改めて見たヒロインは、まごうことなき日本人の造形だった。

それにしても……。まさか、フィリーネの制止を振り切って入室をされるとは思ってもみなかった。心の中でいらっとしたものが込み上げるが、ティアラローズは笑顔で対応をする。

相手が子供の様な態度だからといって、こちらまでも同様の態度を取ることはしない。こちらは侯爵家で、アカリは伯爵家。無礼だと諌めることはもちろん出来るが、それすらも面倒だとティアラローズは思ってしまう。

どうせ、もうすぐ断罪され国外追放なのだからと。

「昨日、教室で突然倒れられたから心配で。ハルトナイツ様が、ティアラ様を医務室に運んでくださったんですよ。それに心配もしていらして、ハルトナイツ様はとてもお優しいです」

「ええ、そうですね」

ハルトナイツはティアラローズの婚約者であるのだから、心配するのは当然だ。それをハルトナイツが優しいからだと言われるなど、どれだけティアラローズを侮辱したいのだろうか。

好きになれそうにないヒロインだ。そうティアラローズが考えたところで、フィリーネがハルトナイツを伴い戻ってきた。

「ごきげんよう。ハルトナイツ殿下」

ティアラローズはアカリの時とは態度をかえ、すぐに立ち上がり淑女の礼をとる。

まさかハルトナイツまで来ていたなんて。エスコートを出来ないと告げたくせに、卒業パーティーの開始間近に他の女を連れて訪ねられるなんて。なんという屈辱だろうか。

その後ろにはフィリーネが能面のような笑顔を貼付けて立っている。間違いなく怒っていると苦笑して、しかしお茶の用意を指示する。

「ああ。アカリが倒れたティアラを心配していたからな。体調は……今日の卒業パーティーは大丈夫そうか?」

「はい。一晩しっかりと休みましたので、問題ございません」

――なるほど。私がちゃんと卒業パーティーに出席するのか、確認をしに来たのか。忙しい身の上だというのに、暇な時間もあるものですね。と、嫌味のひとつも言ってやりたいと思う。

ティアラローズが座っているソファの向かいにアカリが座り、その横にハルトナイツが座る。婚約者であるティアラローズの横でそのような行為が許されるはずもないが……ハルトナイツはアカリを諌めたりはしない。

「ティアラ様がお元気そうで安心しました。ねっ、ハルトナイツ様!」

「そうだな」

「…………」

無邪気に笑って、ハルトナイツの腕を取るアカリ。お前らはカップルか! そうツッコミたいのを抑え、早く退出をしてもらおうと決める。

特別することはないけれど、理由なんていくらでも作れるのだ。

「フィリーネ、そろそろ最後の仕上げをしないと間に合わないかしら?」

時計にちらりと視線を送り、控えているフィリーネに予定していなかった事柄を伝える。

「そうですね。取りかからないと、卒業パーティーの開場ぴったりには間に合わないかもしれませんね」

「えぇっ! ティアラ様ってば、まだ準備が終わっていなかったんですか?」

「そうか、忙しいところに来てしまったようだな。パーティーに間に合わないのは困るだろうから、俺たちはこれで失礼する」

「はい。あまり時間を取れず、申し訳ありません」

卒業パーティーに間に合わないかもしれないと言えば、すぐさまお帰りいただくことができた。

そうですよね、だって間に合わなかったら断罪イベントの予定が合わなくなってしまいますものね。あまりにも素直な反応をするハルトナイツに、内心笑いが込み上げる。

2人が退室したのをしっかりと確認したフィリーネが、すぐさま怒りをあらわにして口を開く。

「なんですか、あの2人は!! 殿下も殿下ですが、アカリ様は失礼にもほどがあります! ティアラローズ様をティアラ様と呼ぶなどと……。失礼すぎるではありませんか!!」

「……そうね。注意をしたことは何度かあるのだけれど、アカリ様は時間が経つと忘れてしまうみたいね」

「まぁ……。それは酷い、残念な頭をされていらっしゃいますのね」

自分の主人への無礼がどうしても許せないようで、フィリーネはさらに言葉を続ける。

「殿下も、なぜアカリ様を諌めないのか……。あれでは、王族に対してもひどく不敬でしょうに。あんな男に私の大事なティアラローズ様を嫁がせるなんて、考えられません。いっそ、婚約を破棄してしまってはどうですか? 旦那様でしたら、笑顔で賛成してくれますわ!」

「もう、フィリーネったら。殿下の前で言ったら不敬ですよ?」

「もちろん、今はいらっしゃいませんからね!」

笑顔で「何を言っても誰も聞いていないのです」と、全面的にティアラローズを援護するフィリーネ。

普段であれば、そのようなことを言ってはいけませんとフィリーネを諌めるティアラローズだが、今回に関してはもっと言ってやれとすら思う。

――こんな風に考えるのは、きっと前世の記憶が戻ったからね。

「……でも、フィリーネの気持ちはとても嬉しいわ。ありがとう」

「ティアラローズ様……」

いつもはある筈の諌める言葉がなく、逆にお礼を言われたことに驚くフィリーネ。やはり、この結婚を、婚約を自分の主人は望んでいないのだと確信する。

どうすればティアラローズが幸せになれるのかをフィリーネは考えるが、しかしすぐに思い浮かぶことではない。

出来ることといえば、ハルトナイツのティアラローズに対する酷い態度をまとめ、ティアラローズの父親である侯爵に報告することくらいだ。

「よし。わたくし、ティアラローズ様のために頑張りますね!」

「フィリーネ? えぇと、あまり無理はしないでね?」

突然どうしたのかと首を傾げるも、フィリーネがやる気になっていたのでティアラローズは止めずに微笑んだ。何を頑張るのかと思いながら……。