軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15. 妖精からの祝福

「ティアラローズ様、ご気分は大丈夫ですか? もし馬車の速度が速いなどありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね?」

「ええ。ありがとう、フィリーネ」

マリンフォレストへ帰るため実家を経ってから数時間。一緒に馬車に乗っているフィリーネのそわそわが止まらない。

一台目の馬車にはティアラローズ、アクアスティード、フィリーネの三人。二台目の馬車にはエリオットが乗っていて、タルモを含めた護衛騎士たちは馬で馬車の周囲を進んでいる。

ついでに言うと、シュナウスがプレゼントしたぬいぐるみも猫ちゃんを一つだけ持ってきていて、フィリーネの横にちょこんと座っている。

「フィリーネがしっかりティアラを見ていてくれるから、私も安心して仕事に行けそうだ」

「大丈夫です、ちゃんと大人しくしていますから……」

しゅんとするティアラローズに、アクアスティードはくすりと笑う。

「無理しなければいいよ。何かあれば必ず私が守るから、遠慮なく言うんだよ?」

「はい」

「私の仕事が忙しくて、何日も徹夜が続いたとしても、だよ?」

「う……っ、そのたとえはずるいですよ、アクア様!」

そんな状態のアクアスティードに、さらに心配をかけてしまうかもしれないことを相談するなんてとても出来そうにないと、ティアラローズは息をつく。

ちょっとした体調不良くらいならば、黙って寝ていればいいだけだ。

そうティアラローズが考えていると、「ほらね」とアクアスティードがティアラローズの頭を優しく撫でる。

「だからフィリーネが必要なんだよ。主人が疲れているからと配慮し口を閉ざされてはたまらないからね」

「……そうですね。もしわたくしが逆の立場だったらと考えたら、嫌ですもの。何かあったら、ちゃんとアクア様にご相談しますね」

「ああ、そうしてくれ」

――これからはもっとこまめにアクア様に相談しよう。

自分一人の体ではないのだからと、改めて自覚させられた。

***

国境門を越えてマリンフォレストへ入ると、わあ~っと妖精たちが馬車の周りを取り囲みにやってきた。

わらわら飛び交う妖精たちはとても可愛らしいが、こんな光景は今まで見たことがなかったのでアクアスティードやエリオットもぎょっとする。

「……これじゃあ進めないから、いったん外に出て休憩にしようか」

「はい」

アクアスティードにエスコートされながら馬車を下りると、妖精たちは一直線でティアラローズへ向かってきた。

「えっわたくし!?」

いったい何事だと思わず身を構えるが、めちゃくちゃ笑顔な妖精たちを見て体の力を抜く。あの子たちが自分に何かをするなんて、微塵も思っていないのだから。

森の妖精がきゃらきゃらティアラローズの周囲を飛んで、お花を差し出してくれた。それを受け取ると、妖精たちは満面の笑みを浮かべる。

『はい! プレゼントだよ~!』

『えへへぇ、赤ちゃんに祝福するんだ~!』

『元気になぁれ~』

森、海、空の妖精がティアラローズのお腹に触れると、きらきらした粒子が降り注ぐ。妖精たちは、お腹にいる赤ちゃんに祝福を贈るために集まってくれたようだ。

『んふ~、元気いっぱい!』

『きっとパール様のように美しい子が生まれるわ!』

『楽しみだね~』

祝福を贈る妖精たちを見て一番驚いたのは、元々マリンフォレストで生まれたアクアスティードやエリオットたちだ。なぜなら、生まれる前の赤子に祝福を……なんていう前例はないからだ。

アクアスティードはティアラローズの肩を抱きながら、妖精たちを見る。

「祝福をありがとう。妖精たちに祝福されて生まれてくるなんて、私たちの子どもは幸せだ」

「ありがとうございます」

ティアラローズもアクアスティードと同じようにお礼を言って、自分のお腹を撫でる。

まさかすべての妖精たちに祝福をもらえるとは思っていなかったので、内心ではとても驚いた。

ティアラローズは森の妖精、キース、パールから祝福を。

アクアスティードは、空と海の妖精、クレイル、パールから祝福を。

――私とアクア様の子どもだから、こうして祝福をしてくれたのかもしれないわね。

もしティアラローズが森の妖精に好かれていなかったら、空と海からの祝福だけだったかもしれない。

***

妖精から祝福を受けて王城へ帰ると、オリヴィアが来ているとメイドから知らせを受けた。

おそらく今日の帰還に関してはどこかから情報を得たのだろうけれど、こんなに急いでくるなんて珍しいとティアラローズは思う。

アクアスティードと一緒に顔を見合わせて、メイドへ問いかける。

「オリヴィア様が?」

「はい。ゲストルームでお待ちいただいておりますが、どういたしますか?」

「では向かいますので、そのように伝えてもらっていいかしら?」

「かしこまりました」

特に用事などがあるわけではないので、ティアラローズはすぐに了承の返事を伝えるようにお願いする。

それに、オリヴィアには子どもが出来たことも話しておきたい。アクアスティードもティアラローズの意図を汲み取ったようで、すぐに優しく頷いた。

「ティアラが帰省していることは知っていたはずだから、何か急ぎの用があったのかもしれないね。私は少し執務室へ行かなければいけないが、何かあったらすぐに呼んで」

「わかりました」

一度アクアスティードと別れ、ティアラローズはオリヴィアが待つゲストルームへ向かった。

ハンカチで鼻を押さえているオリヴィアは目がらんらんと輝いていて、興奮した様子でゲストルームに入ってきたティアラローズを見つめてきた。

若干赤く染まっているので、きっと興奮する何かがあったのだろう。

「ティアラローズ先輩……! おめでとうございます……!!」

「えっ」

開口一番に祝いの言葉とプレゼントを渡してきたオリヴィアに、ティアラローズは戸惑う。

ティアラローズが妊娠していることは誰にも言っていないし、まだ発表する日取りすら決まっていない。

もしかして妖精が? とも思ったけれど、彼らはよほどのお気に入りでなければ人に話しかけるようなこともない。

――どうして知っているのかしら?

きっとそんな疑問がティアラローズの顔に出てしまったのだろう。オリヴィアは鼻をかんでから、「推理ですわ!」と胸を張った。

「だって、王城で修繕を始めたんですもの」

「それだけで、ですか?」

「ええ。あ、プレゼントはガラガラですわ」

「ありがとうございます、オリヴィア様」

話を聞く前に受け取った箱を開けてみると、可愛らしいピンクと水色のガラガラが入っていた。妖精がモチーフになったデザインがあしらってあり、贅沢な仕上がりになっている。

手に取って振ってみると、カランカランと高い音が鳴った。

「わあ、可愛い……!」

「男の子と女の子、どちらが生まれても使えるように二色用意しましたの。気に入っていただけてとても嬉しいですわ」

「大切に使わせていただきますね」

ティアラローズがガラガラをぎゅっと抱きしめると、部屋にコンコンコンとノックの音が響く。

メイドが紅茶を持ってきたのだろう。

「いけない……。わたくし、まだ懐妊したことは公表してないの」

「もう手遅れだとは思いますが、それでしたらガラガラは隠した方がいいですわ。箱にしまって、向こうのサイドテーブルに置いておきましょう」

「え? えっと……はい」

もう手遅れという単語がいささか気になるが、今は考えている時間がない。ティアラローズは急いでガラガラを箱に戻し、サイドテーブルの上に置いた。

すぐに入室を促すと、ティーセットを用意したメイドがやってきた。

「本日はルイボスティーとフィナンシェをご用意させていただきました」

「ありがとう」

――ルイボスティー?

別に嫌いではないが、いつもは紅茶を淹れてくれるのに……とティアラローズは思う。お客様が来ているときは、相手の好みではない限りあまり変更されることもない。

オリヴィアを見ると嬉しそうににこにこしているので、問題はなさそうだけれど……。

メイドが下がったのを確認すると、オリヴィアがくすりと笑った。

「紅茶はカフェインが入っていますが、ルイボスティーはノンカフェインですものね」

「え? え……そ、そういうことなんですか?」

「はい」

妊娠しているティアラローズを気遣い、けれど妊娠しているということが周知されていないため黙っている……ということだ。

いったいいつの間に知られてしまったのかと、頭を抱える。

「そういえばオリヴィア様も知ってましたものね。ええと、王城の修繕なんて、そう珍しいことでもないでしょう?」

歴史ある王城は、外装こそ立派だが修繕が必要な個所は多い。時が経つごとに隙間風が気になったり、雨漏りしてしまうこともある。

もちろん逐一修理しているし、日ごろからちゃんと管理もされているためそういったことはほとんどない。

「修繕というよりも、リフォームに近い内容だったからですわ。高い段差をなくすようにだとか、根本的に寒さから室内を守れるように壁の材質を変えたり。それは、守らなければいけないか弱い命を授かった――と、そう思いたくなってしまうのがわたくしたち王に仕える者ですわ」

「……そうでした」

貴族は王のためにあれ――。

マリンフォレストはとても平和な国で、王侯貴族間も良好な関係を築いている。それゆえ、即位したアクアスティードの子を望む声は多かった。

普段からそう思っているところに、アクアスティードからまるで妊婦を気遣うような工事の指示を受ければ……そう受け取り、舞い上がってしまうことも仕方がないことで。

もちろん彼らの勘違いという可能性もありはするが、そのときはまた次に期待すればいいだけだ。

「国民はまだしも、貴族への公表は早めた方がいいかもしれないわね」

「ええ。わたくしも、早く盛大にティアラローズ様をお祝いしたいですもの」

「嬉しいです。ありがとうございます、オリヴィア様」

にこりと微笑んだオリヴィアの鼻から、つつーと鼻血が垂れた。

「あ……っ」

「おっと失礼いたしました!」

ティアラローズが何か言うよりも早く、オリヴィアが自分のハンカチでさっと鼻を押さえた。まったく動揺の色を見せず優雅に座ったままなので、逆に心配になってしまいそうだ。

「……今のはいったいなぜ鼻血が出たのでしょう?」

興奮するような話ではなかったですよね? と、ティアラローズが首を傾げる。

「その……少し未来を想像してしまいました」

「未来ですか? もしかして、オリヴィア様にもどなたか――」

「もしアカリ様とハルトナイツ殿下に子どもが生まれて、ティアラローズ様の子どもと結婚したとしたら……互いにヒロインと悪役令嬢の子どもの義母になるじゃないですか……!」

なんだかめちゃくちゃテンション上がりませんか? と、オリヴィアが眼鏡の奥の燃えたぎる瞳で訴えかけてきた。

「…………」

「よくある展開ではありますけど、ゲームファンとしては見逃せません! ティアラローズ様のお子様は両親どちらに似ても美しいですし……きっと社交デビューをしたらモテモテ間違いなしですね!」

どうやらオリヴィアは妄想が止まらなくなっているみたいだ。

「――ハッ! 今は仲がいいですが、もしティアラローズ様とアカリ様が仲たがいしたままだったら……ロミジュリパターンもあったかもしれませんわね!」

「オリヴィア様、想像力が逞しすぎです!」

ティアラローズが「落ち着いてくださいませ!」と声をあげる。

もちろんアカリが子どもを授かれば婚約、結婚と進む可能性はあるかもしれないが、現時点ではまったくそんな予定はない。

オリヴィアも興奮しすぎてしまったことを自覚したらしく、顔を赤くして俯く。

「すみません、嬉しすぎてしまって……お恥ずかしい」

「いえいえ。お気持ちは嬉しいですから」

子どもが生まれてきたら、自分以上にオリヴィアとアカリが構いにやってきそうだなと考えると、笑ってしまう。

「生まれたら遊びに来てくださいませ、オリヴィア様」

「もちろんです! すぐに駆けつけますわ!!」

それからしばらく雑談をすると、あまり長居するとティアラローズが疲れてしまうかもしれないからとオリヴィアは帰っていった。

今日は本当に妊娠のお祝いのためだけに駆けつけてくれたみたいだ。

自室に戻る道すがら、けれどオリヴィアは将来どうするのだろうと脳裏に浮かぶ。とはいえ、ティアラローズが簡単に口を挟める案件でもない。

自分に出来ることといえば、オリヴィアが助けを求めたときそれに応えることだけだ。

「……続編の悪役令嬢の末路は、どうなってたんだろう」

とはいえ、元気に生きて趣味の聖地巡礼をしているので問題はないのだろうけれど。お腹が大きくなる前に、どこかおすすめ聖地に連れて行ってもらうのもいいかもしれない。

運動も兼ねて少しだけ遠回りをして部屋に戻ると、すでに仕事を終えたアクアスティードが帰って来ていた。

バルコニーからのんびり外の様子を眺めていたようだ。夕日が庭園をオレンジに染めて、美しい。

「おかえり、ティアラ」

「ただいま戻りました、アクア様」

アクアスティードの横に行くと、優しく腰を抱き寄せられる。

「オリヴィア嬢はなんて?」

「実は……妊娠したことがばれてしまっていて……。贈り物をいただいてしまいました」

「やっぱり」

どうやらアクアスティードは予想していたようで、くすくす笑った。

「いろいろと工事の指示を出したからね。でも、ちゃんと公にしないようにはしてあるから大丈夫。ちょっと食事や飲み物のメニューが変わるくらいかな」

「ありがとうございます」

まだ公にはしないけれど、かといって気を付けてもらわなければアクアスティードとしては困ってしまう。

なのであえて、そういった雰囲気を出して注意するように仕向けたというところもある。

「明日からは医師の定期検診も入るだろうし、少しずつ知る人は増えていくと思う。何か嫌だと思うことがあれば、遠慮なく言うんだよ?」

「はい。アクア様も何かあれば、わたくしに相談してくださいね?」

「もちろん」

ティアラローズは微笑んで、自分からアクアスティードに寄り添う。

「ん?」

「……わたくしとこの子は、その……アクアに守ってもらえて幸せだなと……思いまして」

「――私だって、二人を守れて幸せだよ」

アクアスティードはティアラローズを優しく抱きしめて、その唇にキスを落とす。

「体が冷えるといけないから、中に入ろうか」

「はい」

夕日に染まる庭園に背を向けて、ティアラローズとアクアスティードは二人寄り添いながら室内へ戻った。