軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魚釣りと春の装いのジークリンデ

春も終わりになれば雪もほとんど溶けて、大地にはやわらかな緑色の絨毯が広がっていた。

夏のやって来る兆しに、村人たちも心躍らせているのが分かる。

暗いだけの冬とは違い、暖かな春の訪れは人の心を豊かにしてくれた。

本日は魚釣りに出掛けている。

少し前にアイスフィッシングをした湖も、今は所々氷の塊が浮いているだけになっていることだろう。

雪が無くなれば、移動手段は徒歩か商人から馬を借りるかの二択になる。

湖へは歩いて行けない距離でもないので、荷物を乗せた滑車付きの小型ソリを牽きながら、散歩を兼ねて犬も引き連れて森の中を歩いて行った。

久々の釣りなのでジークと二人、頭の中は魚でいっぱいだ。

春と言えば 北川魳(ノーザンパイク) の旬となる。口が筒状で体には斑点がある淡水魚だ。

「今の時期はカマスが美味しいかな~。釣れたらいいけど」

「そうだな。たまに魚も恋しくなる」

……いいなあ、魚はジークに恋しいとか言って貰って。

そんな空しいことを考えながら、若葉が美しい森の中を進んでいく。

一時間ほど歩き、村で一番近い場所にある湖に到着をした。

「ここは、前に来た所とは違うんだな」

「春になったらみんなこの湖に毎年来るんだよ」

ここは日当たりが良すぎるので、アイスフィッシングには向かない湖と言われている。

「ああ、確かにこの辺りは雪が残っていない」

「そう。ここだけ完全な春の景色なんだよね」

釣りをするので犬は紐を外して遊んで来いと放した。犬笛を吹いたら帰って来るので心配はいらない。

犬が居なくなったので、静かになった湖をジークと共に眺めた。

「綺麗だな」

「でしょう?」

青い空と白い雲、生え揃ったばかりの若葉が、美しい姿を湖表に映している。

とは言っても、小さなころから見慣れた景色なので、うっとりと魅入るほどでもない。

ここでジークの横顔でも眺めれば、即座に猛禽のような目で射抜かれてしまうので、気付かれないように気配を殺して二、三歩下がる。

なにをするのかと言えば、ジークリンデの後ろ姿をじっくり愛でるのだ。

――うん。いい。素晴らしい。

春先に着る為の民族衣装は女性らしい意匠で作るように依頼を出した。

以前作ったものはどちらかと言えば男性寄りの形だったので、村の女性たちのスカートのように、腰からお尻までの線が美しく見えるようにと熱い意見を寄せていた。

以前のものよりもぴったりとしているので、動きやすいように裾に切り込みが入っている。ジークがしゃがみこんだりすれば、太ももが剥き出しになるという仕組みになっていた。

まあ、そうは言っても下にズボンを履いているので、生の太ももが見られるわけではないが、それでも嬉しい。

彼女のきゅっと締まった腰を引き寄せてから、素敵な景色を眺めるという妄想を浮かべていたが、ジークの回し蹴りを一回見ているので、下手なことは出来ない。

「どうした?」

「え!? いや、良い景色だなあって!!」

「?」

言えない。

まさか、ジークの腰やお尻をいやらしい目で見ていたなんて。

「さ、さあ! 釣りでもしようか――あっ!!」

じりじりと後ずさりながらソリのある方へと移動していたら、石に躓いて転んでしまった。

なんという自業自得。

◇◇◇

「使う餌はねえ、これ!」

トナカイの角で作った小魚の形を模した疑似餌で釣り上げる。

「へえ、こんなもので釣れるんだな」

一通りジークに使い方を教えてから、カマス釣りの準備を始める。

「カマスはね、猛魚とも言われているんだよね」

「強そうな名前だな」

ジークの『紅蓮の鷲』には負けるけどね。

頭の中に浮かんだ言葉は口に出さずにカマスについての説明を続ける。

「歯がね、棘みたいになっていて、かなり鋭いんだよ。糸も噛み切ってしまうんだ」

歯を引っかけたりしたらかなり痛い。なので、釣り上げた際には注意が必要だということを伝える。

「やっぱり、ジークには小さな魚を狙って貰おうかな」

手渡した疑似餌は虫を模したもの。

カマスを釣り上げて怪我でもしたら大変なので、小魚釣りを担当して貰うことにした。

一通り説明が終わったら、釣りを始める。

糸に付けた疑似餌をポーイと投げて、魚が泳いでいるような動きをするように竿を操りながら魳が食いつくのを待つ。

最初に魚を釣り上げたのはジークだった。

「あ、マスだ」

ジークが竿を強く引けば、水面を跳ねる魚が見えた。

近くまで引き寄せれば、網で掬って捕まえる。

「見事なお手前で」

「今日は調子がいいみたいだ」

それからジークは二匹の魚を釣り上げた。

自分は釣果ゼロのまま、昼食時を迎えてしまった。

「さてと、お食事にしますか」

その辺で木の枝を拾い、火を熾す。

ナイフで枝の先を鋭くして、家から持って来ていた腸詰めを刺した。

四本ほど作り、ジークに面倒を見て貰うようにお願いをする。

腸詰めを焼いている間に、ジークが釣ったマスを捌く。

「それも焼くのか?」

「いや、これは生で食べるよ」

三枚に下ろした魚は塩で揉んで臭み消しをして、家から持って来た水で洗い流す。

その後、塩コショウをして、酢と香草を揉み込んでしばらく放置。

湖で手を洗い、荷物の中からパンを取り出す。

「なんだ、それは?」

「ハパンコルップだよ~」

まな板のような平たくて大きなパンを見たジークは、目を見張っていた。どうやら初めて見るものらしい。

ハパンコルップはうす焼きの乾燥パンで、今日みたいな少ない荷物で遠出をする時には嵩張らないので重宝している食べ物である。

一口大に砕いてから薄く切ったチーズと、先ほど下ごしらえをしていた魚を載せる。

「腸詰めも焼けたようだな」

「だったら戴きましょう!」

まずはジークが焼いてくれた腸詰めを一口。

パキっという音と共に、腸詰めの皮が口の中で弾ける。

香辛料が効いているので味付けは要らないと商人は言っていたが、その通りで、粗挽きの肉には肉汁がたっぷり。ほどよい塩気が堪らない。お酒に合いそうな味付けだった。

これは家で食べるべき腸詰めだったかもしれない。

次に魚の載ったパンを食べる。

「これは、面白いな」

ジークは美味しいと言いながら食べてくれた。

ビスケットより硬めのパンには、細かく砕いた木の実が入っている。

ザクザクとした食感も楽しいし、木の実の風味も香ばしい。

新鮮な魚も美味しかった。

昼食が終われば釣りを再開する。

一時間後。

「はあ~~……」

全く釣れないので、草むらに倒れ込んでしまった。

生えたばかりの草の良い匂いを吸い込み、心を落ち着かせる。

「ジーク、もう帰ろうか?」

「いや、あと少し」

ジークは既に十匹ほど釣り上げていた。

狩りの時はすぐに帰ろうと言うのに、釣りの時は妙に粘る。

真面目に水面を眺める奥さんの姿を見上げながら、ゆったりとした時間を過ごす。

「リツ!」

「なあに? ジーク、また釣れたの?」

「いや、違う、リツの竿が!」

「え?」

起き上がってみれば、竿の先が微かに動いていた。

手に取れば、先端が大きくしなった。

「う、うわ!」

慌てて引けば、確かな手応えを感じる。

「重い!」

力任せに引っ張れば糸が切れてしまう。慎重な駆け引きが重要なのだ。

しばらく魚と力比べをすれば、だんだんと引きが弱くなってくる。

頃合いを見て、一気に竿を引けばずるずると水の中を泳ぐ黒い影が見えた。

ジークが網の付いた棒を伸ばして掬い上げようとしてくれる。

「ジーク、歯に気を付けてね!」

「わかった」

釣り上げたのは、自分の膝から足首までとほぼ同じ長さのカマス。

思いもよらなかった大物に、ジークと二人して呆然としてしまう。

「て、適当に作った竿でこんな大きな魚を釣るなんて……」

人生なにが起こるかわからないものである。

◇◇◇

遊び疲れた犬達はこちらが呼んでないにも関わらず自主的に戻って来た。

夕陽を背にしながらの帰宅となる。

釣りあげた魳はテオポロンの家と半分に分けた。

半身を全て使って作った香草焼きは旬の魚とあって大変美味しい。脂も乗っている。

春にしか味わえない食材に舌鼓を打ちながらの夕食となった。