作品タイトル不明
追加話 ジークリンデと!
本日は久々にジークと二人きりでお出かけ。
先日義父のお友達からお酒の作り方を習ったので、材料を買いに行こうと誘ったのだ。
義母に聞いたところによれば適度な運動は妊婦さんの気分転換になると言う。毎日庭や近くの森に行ったりしているが、こうやって街に出かけるのは初めて。
朝の市場は人でごった返しているので、人通りが緩やかな商店街に向かっていた。
今日は天気も良い。頬を撫でる風も優しいというお散歩日和だ。
「ねえ」
「どうした?」
「やっと二人きりになれたなあって」
ここ数日間、なかなかジークと過ごす時間を取れずにいた。なので、家族の目を気にしないで眺めることが出来ると嬉しくなっていた。
デレデレと締まりない顔でジークの横顔を見ながら歩いていたら、前を向いて歩けと怒られてしまう。真面目に歩きますと謝りつつ、横目でこっそり様子を窺う事となった。
ここまでの道のりは、途中まで馬車で連れて行って貰い、商店街から少しだけ離れた場所で降ろして貰ってからのんびりお散歩を楽しんでいた。
辿り着いた商店街は開店したばかりだったからか、人通りもまばら。ゆっくり買い物が出来そうだと話しながら歩く。
「今日は酒の材料を買う予定だったか?」
「そう。でも、他の保存食も作ってみようかなって」
先日義父のお友達から教えて貰ったのは『チャツネ』という保存食。中東などで親しまれているジャムのようなものらしい。
作り方は果物や野菜を香辛料で味付けして煮込むだけ。保存期間は三か月ほど。スープの薬味にも使えるし、そのままパンに塗って食べても美味しいとか。
「あと木の実とか、ピーナッツのスプレッドとかも作ってみたいなあ」
朝食で出てきたピーナッツのスプレッドが素晴らしく美味しかったので、作ってみたいなあと思っていた。
たくさんの店が並ぶ通りに辿り着けば、山のように積まれた色鮮やかな野菜や果物が視界いっぱいに飛び込んでくる。
「あ、ジーク、珍しい果物があるよ!」
喜んで駆け寄ったのはいいものの、お値段はお手頃なものではない。色とりどりの果物は南欧から仕入れたものなので、比較的高価なものらしい。
今の時期はやっぱりキルシェがオススメだと店主は言う。丸みを帯びた赤い実は瑞々しく、宝石のように輝いていた。
「キルシェのお酒もいいかもねえ。美味しそうだし、綺麗な色が出そう」
「キルシェの酒と言えばキルシェヴァッサーだな」
「ああ、 黒き森の(シュバルツヴェルダー) サクランボ(キルシェ) ケーキ(トルテ) に入っていたアレだね」
キルシェヴァッサーはケーキの風味付けに入れるお酒だ。サクランボ水と名前が付いているだけあって見た目は透明のお酒だが、別名『火の酒』と言われていて度数はかなり高い。一体どんな味がするのかと、うっかり口にしてしまって、あまりの辛さに涙目になったことを思い出す。
「そうだ、ケーキも作っちゃおうかな」
サクランボのケーキはジークの好物だし、姪っ子達も砂糖漬けの物ではなく生の果実を使ったものが大好きだと言っていたので、帰ってから作ってもいいなあと考える。
地元産のキルシェは旬の果物なだけあって安かった。大量に購入して伯爵家に届けて貰うようにお願いをする。
それから木の実類にキノコ、果物に野菜と、お義父さんからお小遣いを貰っていたので、気になるものは何でも買ってしまった。
そして、小腹が空いたので、公園の屋台で売っているカリーヴルストを買って頂くことにした。
「ちょっと飲み物を買ってくるね! 先に食べていていいよ~」
カリーヴルストの店には麦酒しか売ってなかった。この国の人たちは普段から水のように酒を飲むので、それ以外の飲み物を置いていないのだろう。少し歩いた先に冷やした果実汁を売っている店があったので二本購入。
早足でジークの許へと急いでいると、声を掛けられてしまった。
「お兄さん、お花はいかがかね?」
声のする方を見れば花を売っているお婆さんが手招いていた。そこで目を奪われたのは真っ赤な薔薇の花。店主の庭で育てたものらしい。
「恋人に贈ったら喜ばれるよ」
「だったら十本下さい」
驚きの安さだったので、衝動買いしてしまう。店主は綺麗に茎を切り揃えてからリボンで縛り、花束にしてくれた。
花束を片手に持ってから、小走りでジークの待つ長椅子に戻って行った。
「お待たせ!」
「ああ、悪かったな」
「いえいえ、とんでもないことでございます~」
ジークに片手で二本持っていた果実汁の一本を取るように差し出した。
「あら、食べないで待っていてくれたんだ」
「子供を見ていてね」
近くでは小さな子供がきゃっきゃと嬉しそうな声をあげながら遊んでいる。もうすぐあの子供達のような新しい家族が出来るんだと思ったら、嬉しくってじんわりと心が温かくなった。
「もう少しで会えるね」
ジークの前にしゃがみこみ、わが子に話しかける。
「それとね」
「?」
ついでに背中に隠して持っていた薔薇の花束を、しゃがみ込んだ状態のまま渡した。
「俺の気持ちです。受け取って下さい」
真面目に渡したのに、ジークはふっと噴き出しながら受け取ってくれる。
「ジーク……」
「だって、まるで求婚をするかのように渡すから」
なんだか恥ずかしくなって椅子に座って果実汁の木栓を抜いてジークに手渡し、自分の分も開けてぐぐっと飲む。
香ばしい軽食の匂いにお腹が空腹を訴えていた。ぴりっとした香辛料が掛かったソーセージ、カリーヴルストはすっかり冷めてしまっていたが、それでも本場のものは美味しかった。以前、祖国の祭りで食べたものとは比べ物にならない位に。
二人して、無言で食べつくしてしまう。
満腹とまではいかないが、とりあえず腹の虫は治まったようだった。
それから話題は初めて行った商店街や街のことになる。
「ここはお肉屋さんが多いよねえ」
街に出てびっくりした事と言えば肉屋の数。通りにずらっと肉屋が何軒も並んでいた時には開いた口が塞がらなかった。
「さすがにトナカイは無かったな」
「だねえ」
トナカイ肉がちょっとだけ恋しくなって二・三軒の店を覗いて回ったが、どの店も置いてあるのは牛か豚で、北欧の国々で愛されている肉の取り扱いをしている所はなかった。
「ジークは、やっぱり早く帰りたい?」
「そうだな。リツは?」
「う~ん、どうかなあ。ここも結構好きなんだよねえ。でも、父さんと母さんが心配だから帰らなきゃ」
ジークが故郷を気に入ってくれたことが嬉しくってお礼を言ったら、同じことを考えていたようで、同じ言葉が返ってくる。
ほどよく賑わっていた公園はお昼時だからか人通りはすっかり無くなってしまった。目の前で遊んでいた子供達も昼食を摂るために家に帰ったようだ。
ジークは隣で薔薇の花の香りを楽しんでいる。
「ねえ、ジークリンデ」
「ん?」
「赤い薔薇の花言葉って知っている?」
「いや」
ジークの肩に腕を回し、ぐっと接近して耳元で囁く。
「あなたのことを愛しています」
「!」
そんなことを言えば、ジークの頬も薔薇と同じ色に染まっていく。
照れた顔をしている奥さんを愛でつつ、爽やかな初夏の昼下がりを楽しませて貰った。
◇◇◇
帰宅をすれば商店街で購入した野菜や果物は既に届けられていた。執事から昼食はどうするかと聞かれたが、ジークと一緒に作りたいものがあったので、準備は必要ないと言ってお断りをする。
なんだか二人きりで過ごしていたら辺境の地での暮らしが懐かしく思ってしまったので、久々に料理でもしようかという話になった。
厨房の片隅を借りて料理を開始する。
「今回作るのはトナカイのスープ! と言いたい所だけれど、無いから羊の肉団子スープにします」
「了解した」
お肉は最近伯爵家で流行っている子羊を使わせて頂く。使用する肉塊を二本の包丁で細かく刻み、ジークには野菜を剥いて貰うようにお願いをした。
ぐらぐらと鍋の中で煮ているのは押し麦という大麦を潰してから乾燥をさせたもの。これを肉団子に混ぜたら独特な食感が楽しめると、乾物屋の店主が教えてくれた。
ボウルの中に細かく刻んだ肉と香辛料を入れて粘りが出るまで混ぜる。押し麦は最後に入れてから団子状に丸めた。
肉団子を作っている間にジークは鍋の中に根菜や香草などを入れてぐらぐらと煮立たせていた。火が通れば粉末のチリ・ペッパーと小さなトマトをそのままの形で入れて、更に沸騰させる。
最後に肉団子を投入してしっかりと火を通し、灰汁取りをして綺麗な赤色のスープになれば『羊団子と押し麦のトマト煮込みスープ』の完成だ。
その辺にあったパンを拝借してスープと共に頂く。
真っ赤なスープを匙で啜るジークの顔を見て、美味しいものが仕上がったということが分かった。
「リツは本当に料理が上手いな」
「そう~?」
ジークに褒められて、ついニヤニヤと頬がだらしなく緩んでしまう。
料理を食べるジークをいつまでも眺めていたかったが、また怒られてしまいそうだったのでスープに手を付けることにした。
乾物屋オススメの押し麦の入った肉団子は初めて食べる食感のものだった。麦自体はつるつるとした舌触りで、噛めばぷつぷつと弾力がある。麦にスープの出汁もしっかりとしみ込んでいて、肉団子の味を引き立てるような役割もこなしていた。
新鮮なトマトとチリのスープは、程よい酸味とピリッとした後味が何とも言えない。今が旬の根菜もほくほくとしていて美味しい。
二杯ほどおかわりをして、久々に動けなくなるまで食べてしまった。
「なんだか眠たくなってきた」
「昼寝でもするか」
「いいのかなあ、こんなにだらけて」
「いいだろう。今まで十分に働いてきたのだから」
お言葉に甘えて午後からは部屋でゴロゴロしながら過ごす。
今日は数ヵ月ぶりにジークとお出かけしたし、久々に料理も振る舞えたので大満足な一日となった。