軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 楽しいお買い物とはじまりの日

男同士(?)の熱く硬い握手を交わしたので、今日のお話会は終わりかと思いきや、椅子から立ち上がりかけていた中腰状態で呼び止められた。お話はまだ途中だったらしい。

「座れ」と言われたので、お利口な犬の如く素晴らしいお座りをしてみせる。

「まだ、なにか?」

「いや、レヴォントレット卿はいつ帰るのかと思って」

「五日後です」

一年に一度の自由に過ごせる日なので、仕事などを前倒しにして片付けてから来ているのだ。

年がら年中暇無しという毎日を送っているので、余所の人からは随分な働き者だと思われているようだが、それは違う。日々忙しくしているのは、そうしなければ生きていけないからだ。

国から支給されるお金は村の砦の補修や、害獣退治費用、その他諸々などで無くなり、足りないお金を補填する為に高価で売りさばける獣を狩り、内職という名の伝統工芸品作りを日夜行っていた。

そんな中で年に一度の異国の夜会は自由に羽を伸ばせる唯一の娯楽でもある。だが、今回は女の子と仲良くなれなかったので、残った日は部屋でごろごろする予定だった。

予定を聞いたジークリンデは顎に手を添えて何かを考えている素振りを見せていたが、意を決したようにこちらを見るので、なんでも仰って下さいと聖母のような微笑を浮かべる。

「明後日に、うちに来てくれるだろうか? 両親に紹介をしたい」

「!!」

そうだった。貴族が結婚をするには年齢に関係なく親の承諾が必要だ。しかも異国へと連れ出すのだ。環境についてはしっかりと話をして理解をして貰わなければならない。

「大丈夫だろうか?」

「……はい、喜んで」

確かヴァッティン家と言えばテューリンケン地方を統治する大貴族だったようなと己の残念な記憶を掘り起こす。

「実家は首都から一つの州を挟んだ場所にある。馬車で三時間といったところか」

「テューリンケン州でございましょうか?」

「その通り」

ぶわっと額に汗を掻く。それに彼女の胸元の勲章がやけに眩しく感じた。

自分はとんでもなく止ん事無い高貴な御方に求婚してしまったのだと、今更ながらに焦ってしまう。

「ああ、そうだ」

「はい?」

「話し掛ける時は普段通りの喋りで構わない。名前も気軽に呼んでくれ」

「……お心遣いに、感謝します。名前は、なんとお呼びして良いのやら」

「別に、自由に呼べばいい。なんだったら他の人が呼ぶようにジークとでも」

「は、はい、ジーク様!!」

「……様はいらない」

こうして何とか結婚話は纏まったが、その日の夜はこれで良かったのかという自問自答を繰り返す事となった。

◇◇◇

翌日。

朝から宿屋に手紙が届いており、今日も会えないかというジーク様からの伝言が届いていた。勿論「はい、喜んでー!」という元気いっぱいな返事を送る。

窓の外を見れば雪が積もっていたが、国の大雪にくらべたら可愛いものだった。

予定の時間に遅れないように準備をする。

髭を剃ってから顔を洗い、髪の毛はいつものように三つ編みにして、ささっとズボンを穿く。上から着込むのは初日に買ったアルパカさんのモコモコ外套だ。

羽織った上着の中に腰まである長い三つ編みを入れるのも忘れない。

この国の男は毛を短く刈っている髪型が主流のようで、自分のような長髪を女性のように編んでいるというものは、街では「変な奴」という目で見られてしまう。

夜会などは様々な国の者達が出入りするので悪目立ちすることもないが、市民が行き交う街中は事情が違う訳で。

時計を見ればいい時刻だったので、集合場所に行くことにする。

歩いて数分の世界時計のある広場はたくさんの人で賑わっていた。大聖堂を望めるこの場所は若者達の待ち合わせ場所でもあるらしい。

珍しい髪色の長身女性はすぐに見つかった。手を振ってから近づく。

「ごめん、待った?」

「いや、さっき来たところだ」

ジークは隣に居た女性に「連れが来たから」と言っていた。まさかこの短時間で女の子を釣り上げているなんて、大した釣り師だと羨ましくなってしまう。

なんとなく分かってはいたが、ジークの私服は男らしいものであった。女性らしい格好で無くて少しだけ残念に思う。

今日は何用だと聞けば、異国の地に行くに当たって必要な品があれば買いたいという。

「あ~、でも冬物の衣類はここでは手に入らないだろうね」

「そうか」

寒さを凌ぐには毛皮製品が一番だが、ここに売ってあるのはお洒落を目的とした品ばかりだ。防寒性に優れているものは取り扱ってはいないだろうと予測する。

「先に聞いておけば良かったな。わざわざ来てもらったのに」

「そんなことないよ。誘ってくれて嬉しかった」

困った顔をするジークは案外可愛らしいものだと、遠慮なく眺めていれば顔を逸らされてしまった。残念。

「では適当に店でも見て……」

「刃物! 刃物買いに行こう!」

「刃物?」

「そう。解体用の」

時間は有益に使わなければならないので、歩きながら話す。

人が多いので逸れないようにジークの手を掴み、手袋をしていない手先が冷えているような気がしたので、手を握った状態で勝手に上着のポケットの中に入れてから進む。

ここの国の刃物はよく切れると村でも評判なので、毎年何かしら買って帰っていた。

そんなことを語りつつ、人と人の隙間を縫うように歩いて行った。

待ち合わせ場所の近くの商店街を通り過ぎ、しばらく歩いた先にある下町の路地裏に店を構える怪しい外観の店に辿り着く。

「ここは?」

「表通りにある肉屋の店主さんから聞いたおススメの刃物屋さん」

建て付けの悪い扉を開こうとするが片手では難しかったので、ポケットの中の手を出してジークの手も離してから、力づくでこじ開ける。

店は無人だった。きっと店主の親父は奥の部屋で寝ているに違いないと確信している。

中には壁や棚にぎっしりとナイフや短剣が並んでいるという物騒な店だ。毎日肉と格闘している者の勧める店なので、取り扱う品にも間違いが無い。

「獣を解体する時に使う刃物は一本じゃなくって、色んな種類があってね」

「へえ」

皮剥ぎ専用に骨を断ち切るもの、腱を切る為の変わった形のものから腹を裂く為のものまでと、こだわりだしたら何十本、何百本と刃物の収集が止まらなくなる。

「動物を解体したことは?」

「無いな」

「そう。初心者だったらこれかな?」

無造作に置いてある大振りのナイフを手に取る。

鋼で出来た美しい湾曲を描いているナイフは、獲物に止めを刺したり解体したりなど用途は多彩。手に馴染む大きさなので野外料理にも使えるという一品だ。

ジークはナイフを持ち、手の中でクルリと一回転させてから革の入れ物の中へと滑り込ませる。

「いい品だ」

どうやらお気に召してくれたようなので、購入を決める。

自分も何か買おうと思い、前から気になっていた細長く先端に鉤爪のような刃のついたナイフを手に取る。

「それは?」

「鳥の腸とか内臓をかき出しながら抜き取るやつ」

「……」

ジークは何とも言えない顔をしていたが、これがあればあまり汚れないで済むので購入を決めた。

物騒な買い物を終えた後は適当に街をぶらつく。

途中、ジークが寄りたいと入った店は、玩具を取り扱うお店だった。

「ここで何を?」

「ちょっとした娯楽を」

「?」

ずんずんと進む後姿を追いながら辿り着いたのは、カードや遊戯盤などを取り扱う売り場だ。

「伯爵様は何か嗜んでおられますかな?」

「いいえ、わたくしは何も」

「左様でございましたか」

何故か突然始まった主従ごっこをしながら、ジークは一つ一つ丁寧に商品がどんなものかを説明してくれた。

「本当に何も知らないんだね」

「うん。まあ、遊び相手が居なかったというか、そんな暇も無かったというか」

「……」

玩具屋に来て気が付く。自分はあまり遊んだという記憶が無いということを。

「村に同じ年頃の子供も居なかったし、小さな頃から内職ばかりで」

そんな風に呟きながら、なんとなく空しい気分になってしまった。

友達が出来たのも、異国の社交界で出会った人が初めてだった。

「リツハルド・サロネン・レヴォントレット」

「?」

ジークは何故か恭しく 頭(こうべ) を垂れてから、手を差し出す。

言葉の意図が分からずに首を傾げていると、目の前の男装お姉さんは笑みを深めていた。

そんな状態から発せられたものは、なんてことのない一言だった。

「――遊び相手からはじめて頂けますか?」

「!」

それは自分達の関係の話である。

異国の者同士、文化や習慣の違いなど、様々な壁が立ち憚ることを彼女は危惧していたのかと、今になって気が付く。だから「一年間の仮夫婦」の申請をしたのだと。

初めは気楽な遊び相手でいい。そこから様々な事を理解していけばいい。

こちらに向かって差し出された手を取れば、またしても力強く握り返される。

昨晩同様目頭が熱く感じたが、きっと骨が軋むような痛みがあったからだと思うようにしていた。