軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十六話  大反省会

自分の犯してしまった罪を胸に、重たい足取りで帰宅を果たす。

こんな日に限って、遅い帰りとなった自分を奥様は玄関で迎えてくれていたのだ。

「……あ、あの」

「遅かったな」

「はい。ただ今、帰りました。こんな時間になってしまってすみません」

「……」

今回ばかりはジークリンデも何もなかった風に装う事はしなかった。灰色の目の、責めるような視線が無慈悲に突き刺さる。

玄関先では寒いので、居間に来るようにと導かれた。暖炉で沸かしていた水が煮え立っていたようで、蓋がカタカタと音をたてながら揺れている。

ジークはコーヒーを淹れてくれた。角砂糖を三粒落としてから、カップは差し出される。

ジークの淹れてくれたコーヒーは世界一美味しい。お礼を言ってから一口啜っていつものように感想を言っても、他人に接するかのような硬い声で「そうか」と言うばかりだった。

昼間のことを責められると思いきや、ジークは何も言葉を発しない。

チラリと顔を盗み見れば、向こうも見ていた様で視線が交われば逸らされてしまう。

「ジークリンデ」

「……」

その後の言葉が続かない。

久々となる二人での食事も、終始無言。重たい空気に押し潰されそうになる。

だが、このままではいけないと、弁解を口にした。

「ジーク、昼間の事なんだけど」

ジークは声を掛けてもそっぽを向いたままだったが、気にしないで話を続ける。

「あれは、ジークとゆっくり過ごす時間がなくっておかしくなったというか」

「……」

そう。昼間の荒ぶった行動に名前を付けるとしたら、『ジークリンデ欠乏症』。日々のジーク成分が足りていなかった為に発症したものなのだ。

そんな事を伝えたら、呆れたような顔をされてしまった。

「馬鹿か」

「その通りでございます」

ジークの言う通り、本当に馬鹿な行動だったと潔く認めた。

「衝動的な行動だったことは認めるけれど、軽い気持ちでしたことじゃないよ」

「……」

そんな風に言っても、一方的な愛は相手にとって迷惑でしかない。そこは反省をして謝った。

「ねえ、ずっと思っていた事を言ってもいい?」

「そんなの、黙っている方が問題だ」

「ありがとう、ジーク」

ここで終わったらただの軽薄男なので、胸に秘めていたことを言う事にした。

「……」

「……」

心臓が今までの人生に無い位、どくどくと激しい鼓動を打っている。

息を大きく吸い込んで、吐き、それから思いの丈を告げることにした。

「――ジークリンデさん、仮の奥さんじゃなくて、俺の、本当の奥さんになって下さい」

「!?」

あ、好きですとか言った方が良かったのかな? いや、付け加えたら軽い感じになるから駄目か。

早速残念な点が発覚して半笑いとなってしまう。一回目の求婚より最悪かもしれないと頭を抱えた。

そろそろとジークに視線を向ければ、驚いた表情でこちらを見ている。

「どうして……?」

「ごめん、約束の期限まで待てなかった」

一年という期間で互いを良く知ってから結婚は考えようという契約。

彼女が定めた約束を破ってまで求婚をしてしまったのだ。

勝手なことだと自覚している。ジークが来て数ヶ月。忙しいだけで、心休まる時も無かったのではと思い、申し訳なくなってしまう。

けれど、自分にとって彼女はなくてはならぬ存在となっていたのだ。少し離れただけで強く欲してしまうほどに。

ジークのどこが好きだとか、何に惹かれたとか、いっぱいある筈なのに、何故か言葉に出来ない。

ジークリンデ、大好きだよ、と素直に言えたらいいのに、急に拒絶されるのが怖くなって、感情の蓋がぎゅっと閉まってしまったのだ。

再びジークの顔を見れば、困った顔をしていた。

これは、いつも自分が彼女に好意を向けた時にする表情だった。

「――私は」

「待って、ジーク!」

「!?」

言葉を遮り、答えは待って欲しいと願った。

「夜会の時みたいに即決即断ではなくて、よく考えて欲しいんだ」

「……」

「まだ、残りの期間は楽しく暮らしたいから」

全ての緑が目を覚ます春はまだ訪れていない。過ごしやすい夏も、瞬く間に過ぎていく秋も、まだ巡って来てはいないのだ。

叶うならばそんな季節を、今まで通り仮の夫婦という状態でジークと楽しく過ごしたい。

だから、返事はゆっくり考えてと願ったのだ。

「……分かった」

「ありがとう。それから」

「まだ何かあるのか」

「うん、ごめん」

ジークへの最後のお願いは、何か嫌なことをされたら全力で殴って欲しいと伝える。

彼女の前では出来るだけ紳士的な態度でいるようにと思ってはいるものの、好きな人との共同生活という中では様々なことが起きるのだ。今日みたいなことも、この先絶対に無いとは言えない。

幸い、ジークは自分の身を守る方法を知っている。彼女にとって成人男性を徹底的に叩きのめすことはきわめて簡単なことだろうと予測していた。

「そのことも了承した」

「ごめんね。ありがとう」

「だが、まあ、この先私が手を上げる事は無いだろうと、思っているが」

……手じゃなくて、足が出てくるんですよね、ジークリンデさん。

彼女の回し蹴りを思い出し、ぶるりと肩を震わせてしまった。

エメリヒは軍人だから咄嗟に防御体勢とかを取って衝撃は軽減出来たかもしれないけれど、自分がジークの蹴りを受けたら二度と立ち上がれないような気がすると、そんな風に思ってしまった。

ジークに触れる時はお伺いを立ててから、という決まりが出来た日の話である。

◇◇◇

それからなんとか観光の繁忙期は乗り切ることが出来た。あの期間は一番オーロラが出る確率が高いので、お客さんが毎年集中してしまうのだ。

今年はジークリンデ効果で例年よりも多くのお客さんが来た為に、目が回るような毎日を過ごす事となった。

だが、まだまだお客さんは途切れることはない。

そして、我が家にも特別なお客さんが訪れた。

「久し振り! というほど期間も空いていなかったかな?」

「……そう、だな」

「こんなに早く来てくれるとは思ってなかったから嬉しいよ、エメリヒ」

お客様はジークの軍人時代の元同僚、エメリヒ・ダーヴィットである。

何通か手紙を交わすうちに、近日またやって来るという返事が来たのが二週間前。今日やって来るという手紙が届いたのは昨日という、驚きの行動の早さであった。

滞在中は我が家に泊まっていくようにと誘ったが、今回は宿を取っているからとお断りをされてしまう。

そして、手紙に相談があると書かれていたので、それを聞く為に家に来るように言った。

まあ、何を相談したいのかはだいたい想像出来るけれど。

男同士の相談と思いきや、彼はあっさりとジークの同席を認めた。

緊張の面持ちをしているエメリヒを、ジークと二人で眺める。

「――で、相談って?」

「……」

一向に話そうという気配が無かったので、ついつい言葉を求めてしまった。

相談事を急かされたエメリヒは、異国の言葉でゆっくりと語り始める。

「相談と、いうのは――」

手紙に書くのは恥かしいので、という言葉で始まり、この村に好きな人が居る、という一言で相談は締め括られた。

「……」

「……」

「……」

エメリヒが以上と言ったので、外野の沈黙は破られた。

「いや、直接言う方が恥ずかしくないか?」

ジークはうっかりと指摘する。

そんな言葉を聞いて、エメリヒは俯いてしまった。

彼、エメリヒ・ダーヴィットは、さわやかで人当たりが良さそうな外見をしているが、実際は大人しく繊細な青年であった。慣れているジークとはよく喋るが、慣れていない自分とは少しだけぎこちない感じになってしまうのだ。

先ほどの言葉を受けてエメリヒ青年は若干涙目になっている気がするが、見なかったことにする。

そんな傷心な彼に 止(とど) めを刺すのもジークだった。

「言っておくが、この村の娘は外に連れ出せない。その恋を叶えたいならば、お前は全てを捨ててからここの村に移り住むしか道は無い」

「!?」

エメリヒは愕然とした表情を見せていた。

「一体誰を好いたというのだ」

「……」

「言わないと特定出来ないだろう」

「……し、白い髪に、青い、目」

ジークはこちらを見る。いいえ、わたくしではありませんよ、と首を振った。

この村の老若男女のほとんどが白髪に青目なのだ。

「もっと詳しく言え」

「……髪の毛を、三つ編みにしていて」

ジークは再びこちらを見る。いえいえ、だから、わたくしではありませんよ、と手を振って否定した。

この村の老若男女のほとんどが髪型を三つ編みにしている。精霊信仰の証なのだ。

「他に情報はないのか?」

「……とても、可愛い」

ジークはまたしてもこちらを……って、可愛くないからそれは該当しないでしょうと言えば、ジークは眉間に皺を寄せて「そうか」と呟く。

エメリヒの好きな娘情報は、驚く程に僅かだった。

「残念だが、諦めるしかないな」

「!?」

「……」

エメリヒの探している女性に心当たりがあったが、言っていいのか悪いのか、悩みどころであった。