軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十四話 春のお仕事

今日も朝からジークとお出かけ。トナカイの曳く 橇(ソリ) に乗り、近くにある湖へと移動する。

到着した湖はまだ雪でうっすらと覆われていた。

「大丈夫なのか?」

ジークは湖の上を歩くことを心配している。今の時季は気温が上がり氷が薄くなったとはいえ、人が乗った程度で割れる事もないのだ。

だが、念のために湖の状態を氷の上を踏み締めて安全かを確認する。雪解けの時季なので、表面の雪は水分を多く含んでいた。この状態も毎年お馴染みの事なのだ。

「大丈夫」

「……」

いまだに疑いの視線を向ける奥さんの手を取って、湖の上を歩き始める。

「リツ、トナカイは?」

「いい子にしているから心配はいらない」

「そうか」

トナカイは橇を外して自由に行動が出来るようにしている。そこまで遠くには遊びに行かないし、脅威となる熊に山猫、クズリなどはこの辺には生息していないので問題はないよとジークに説明をする。

氷上に入る前は大丈夫かと心配していたジークであったが、いざ歩き出せば堂々としたものだった。だが、繋いだ手は折角なので離さない。手袋越しではあったが、触れ合えることが嬉しいと頬が緩んでしまう。

そんな自分の横顔を不思議そうに覗かれてしまったので、取り繕うかのように別の話題を振る。

「アイスフィッシングは?」

「初めてだ」

アイスフィッシングとは冬の湖の凍った水面に穴を開けて魚を釣るというものだ。真冬は氷が厚くて割ることが出来ないので、春先の湖のみ可能とするものなのだ。

「寒い時季の 北欧岩魚(アークティックチャー) は最高だよ」

身は薄紅色でさっぱりしている。今は脂が乗っていて一番美味しい時季だ。塩漬けや燻製にもしたいので、何匹か釣れたらいいなあと目論みつつ、湖の真ん中に穴を開ける為の準備を行う。

工具を革袋の中から取り出している間に、ジークが湖の表面に被さっていた雪を払ってくれた。

使うものは氷斧。氷に刃を当て、トントンとゆっくり叩いて地道に穴を開ける。派手に叩けば周囲の氷が一気に崩壊してしまう可能性もあるので、作業は慎重を第一にする。

氷は思っていた以上に厚かった。ジークと作業の交代しつつ、何とか湖の氷を叩き落とすかの如く円形に刃を入れた。

大きな北欧岩魚が一匹通る程の穴を開けた後、少しだけ離れた位置に穴を開ける。

こうして準備が終わったので、背中合わせで釣りを行う事となった。

使う餌は手作りの疑似餌。それを糸に付けて水面から垂らす。

「ジーク、寒くない?」

「ああ、平気だ」

「そう」

極寒の季節は終わったとはいえ、まだ白い息は出るし剥き出しの顔は微かな痛みを感じる。だが、空は澄んだ青空が広がっているので、鬱々とした気分になることもない。

最初に魚を釣り上げたのはジークだった。さすが、村一番の釣り師だと心の中で絶賛をする。

「これは?」

「 鱸(パーチ) だね。 尾鰭(おびれ) のトゲに気をつけて」

ジークが釣ったのは黒い縞々のある魚だ。尾鰭には鋭いトゲトゲがあるので、怪我をしないように鋏で予め切っておく。鱸はあっさりとした白身魚で、季節外れではあるが三枚に下ろして香辛料を振ってカリっとなるまで焼くと美味しい。

それから何も釣れない時間が一時間ほど。

途中でジークに酒を勧めつつ(自分は飲めない)体が冷えないような対策も行う。

「ジーク、今日は駄目っぽい~。もう帰ろうか?」

「あと少しだけ粘ろう」

「そう? 平気?」

「ああ。もう少ししたら釣れそうな気がする」

そんな会話をしていると、体が空腹を訴える。時刻を懐中時計で確認すれば、とっくの昔に正午を回っていた。

昼食はルルポロンが作ってくれた黒麦パンに燻製肉とチーズを挟んだものを食べた。

食事中にジークがパンを細かくして撒き餌にしたらどうかという着想を頂いたので試してみたら、なんとそれが功を奏す。

その後、五匹の 北欧岩魚(アークティックチャー) を釣り上げることが出来たのだ。

「釣れない時って全く釣れないんだよねえ。見極め時が難しくって」

「みたいだな」

ジークは小さな 鱸(パーチ) と 鯉(ローチ) 、 北欧岩魚(アークティックチャー) を一匹。初めてにしては見事な釣果であった。革袋の中に雪を詰めて、魚の鮮度が落ちないような工夫をしてから家に持ち帰る。

トナカイは笛を吹いたらトコトコと走りながら橇のある場所に戻って来た。

帰宅をして魚をルルポロンの居る台所へ持っていけば、喜んで受け取ってくれた。北欧岩魚の三匹は家に持って帰って食べてくれと時間を掛けて伝え、残りは夕食に使うと言っているのを何となくの仕草から読み取る。

夕食。出てきた料理は釣ってきた新鮮な魚尽くしという、春を告げる食卓となった。

鱸と鯉は香草を腹に詰めた状態で塩焼きにして、岩魚はトナカイの乳とジャガイモ、香草と一緒に煮込んだスープに、じっくりと火を通した竈焼きはさっと柑橘汁をかけて食べる。どれもパンに合って美味しい。

「燻製を作りたいから明日も行っていい?」

「ああ、構わない」

寛大な奥様のおかげで明日の予定もあっさりと決まる。

翌日はうまく群の上に糸を垂らしたからか、二人で十八匹も釣り上げるという大漁であった。

だが、そんなにたくさんの魚をいっぺんに加工出来ないので、半分は村に売りに行き、半分を燻製にする。

まずは魚の腸を取り出して血を綺麗に洗った後、身を二枚下ろしにする。それから全身に塩を揉み込むように擦り付け、しばらく放置をする。それから香草や酒を混ぜた汁に一晩漬け込むのだ。その魚を外で水分が飛ぶまで干し、その後燻製を行う。

燻製は長期保存が可能な冷燻と呼ばれるものを行う。手作りの燻製台を使っての調理だ。温度調整をしなければならないので、外にある作業小屋の中で作る。

半年間乾かした白樺の砕いた欠片と香草を使って半月ほど燻すのだ。

「気の長くなりそうな作業だな」

「そう。冬の間スープを飲む為にこんな苦労をしているんだよねえ」

春は狩猟が出来ないので、このような仕事が中心となる。

そして、雪解けがほとんど終われば今度は畑仕事が待っているのだ。

作っているものは主にジャガイモ、カブ、ニンジンなどの根菜類にタマネギ、ナタネ、黒麦、大麦などを植える。

農作物は春に植えて夏や秋に収穫し、冬になれば雪の中に埋めるのだ。それは長期保存を可能とするという目的もあったが、冷たい雪の中に入れておくと野菜が甘くなるという利点もあった。

雪解け後の畑作りは村の男達総出で行う。要塞の外にある畑は冬を越せば無残な姿となっており、それを一から耕すという大仕事が待っているのだ。

声を掛け合った訳でもないのに自然と村人達は集まって表面の雪を除去してから畑を叩くことを始める。雪の圧力で土はカチコチとなっており、結構な力仕事となっているのだ。

土の中に混じった石や根、幼虫などを取り除くという地味な作業を黙々と続ける。

そんな風に働いていると、村の好奇心旺盛な少年が声を掛けて来た。

「なあ、領主様、今日は大きな奥さんは一緒じゃないのか?」

「大きな奥さんって酷いなあ」

「だって背とか領主様と一緒じゃんか」

「まあ、それは確かに」

大きな奥さんことジークリンデは村で観光客を迎える準備をしている。畑仕事は男の仕事で女性は村の中で異国の人たちを出迎える為の支度をしているのだ。

お仕事の内容は宿屋の掃除、寝具などの洗濯、お茶請けの菓子作り、土産物作りも行われているという。

ジークは村での仕事は役に立ちそうにないと言って畑仕事をすることを望んだが、狩猟と違って畑仕事は手がボロボロになるので適当なことを言って女性陣の手伝いをするように言い聞かせたのだ。

「うちの奥さんがどうかした?」

「いや、母ちゃんが羨ましがっていただけ」

「なにを?」

「いつも二人一緒で仲良しねえって」

「ああ、そういうこと」

村での仕事分担はしっかり分かれているのだ。基本的に男は外で女性は家の中や周辺の仕事を行う。我が家の場合は使用人が家の事をしてくれるので、ジークと一緒に行動が出来るというありがたい環境でもあるのだ。

「あ、噂をすれば」

「ん?」

少年は村の出入り口を指してから走り去って行く。その方向を見れば、ジークがこちらへやって来ていた。

我が家の奥さんは昼食を持って来てくれたのだ。

時刻はお昼過ぎ。そろそろ家に帰ろうかと思っていた所だったので、思わぬ差し入れに驚いてしまった。

周囲の村人達は家から持って来たパンなどをモソモソと食べている。村の女性達は忙しくしているので、なるべく邪魔をしないように畑で食事をするのだ。

「ありがとう、ジーク!」

ジークも一緒にここで食べるというので、若草が生える地面に服が濡れないよう革袋を敷いてから座って食べることにする。

温かな豆スープに焼きたてパン、淹れ立てのコーヒーというご馳走をジークと楽しくお喋りしながら堪能する。

食事を終え、二杯目のコーヒーを飲んでいると、ジークが目つきを鋭くしながら言う。

「それはそうと」

「ん?」

「周囲から視線を感じるな」

「それは、まあ……」

ジークのように差し入れをしてくれる村の女性は皆無だった。男達は冷え切ったパンをチビチビと食べながら、「この野郎、爆発してしまえ」と思っているに違いないなと苦笑してしまう。

「ここは女人禁制の地なのか?」

「ううん、違うよ。きっと羨ましいだけ」

「なにが?」

「奥さんとの食事が」

ジークにお礼を言ってから、また仕事を再開させる。

疲労をたっぷり溜め込むような辛い仕事ではあったが、昼食後には不思議と疲れが吹き飛んでいるのに気が付く。

そんな、いつもと違う春はとても暖かいものだと感じるような、満たされた毎日を送っていた。