軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 共同存在

極夜が近づきつつあるからか、日照時間もどんどんと短くなってくる。そんな中で解体した獣の肉や毛皮を商人に売ったり、保存食を作ったりしながら過ごしていた。

保存食は主に瓶詰めを作っている。

調理を行うのは家の裏にある剥き出しとなった調理台で行うようにしていた。ここは野生動物を豪快に料理する為の場所で、ルルポロンの聖域ではないので自由に使うことが出来る。

本日の一品は今が旬、雷鳥のレバースプレッドの瓶詰め。

数羽分の肝臓の血や脂などを丁寧に洗い流し、家畜の乳に一晩漬け込んで臭み消しを行う。

翌日、香味野菜と肝臓をじっくりと煮込み、香辛料や酒、粉末状にした鳥の骨などを入れて味を整える。材料の汁気が飛んでくたくたになるまで煮込んだら、バターを入れて混ぜ、最後に清潔な革袋の中に鍋の中の品を入れてから、渾身の力で叩くのだ。

以上でパンに塗ってもビスケットに塗っても美味しい、雷鳥の肝臓練りの完成だ。

これを瓶の中に詰め、煮沸によって長期保存を可能とする為の脱気及び殺菌を行う。

寒空の下、レバースプレッドの瓶詰めを行っていると、森にミルポロンと薪用の木材を採りに行っていたジークが何をしているのかと覗き込んで来た。

「何をしている?」

「雷鳥の保存食作り。ジークは肝臓料理って大丈夫?」

女性は苦手な人が多いと聞いていたが、ジークは好んで食べていたという。そんな奥さんの手の甲に出来たてのレバースプレッドを匙で掬って乗せる。

ジークはそのまま手の甲を口に運び、雷鳥の肝臓を食べていた。

そして一言。

「美味い」

「本当?」

「ああ、料理も上手いんだな」

予想外に褒められてしまったので頬も緩んでしまう。今まで自分しか口にしていなかったので、感想を聞けて舞い上がってしまうような気分となった。

次に作るのは鴨肉を使って作る脂肪漬けだ。

まずは塩と砂糖を肉全体に揉み込み、香草を肉に差し込んで一晩寝かせる。

それを低温油の中で煮込み、瓶の中に入れてその上に鴨から取った脂肪を隙間無く詰めて完成だ。

油で煮て、さらに脂に漬け込むという調理法だが、肉は案外さっぱりとしている。酸味の効いたベリーソースにも良く合うという、薄暗い極夜の日々の中でのご馳走とされる一品だ。

地下に作ってある食物保管庫はこの時期は隙間無く食料が運び込まれる。棚に瓶を並べて、自己満足ではあるがよく出来たと一人で頷いてしまった。去年よりも充実しているので、今年の極夜も問題なく過ごせるだろうと安堵する。

しかしながら、極夜の前の仕事はこれだけでは無かった。

夜、ジークといつもの息抜きを言えた後で明日の予定を伝える。

「また明日はミルポロンの手伝いをしてくれるかな」

「分かった」

「俺は明日……」

進んでしたい仕事では無いので、口にする前にはあっとため息を吐いてしまう。

「どうした?」

「いや、明日はね、村人の家を一軒一軒回って極夜の備えが出来ているか訪ねるんだけど」

極夜の備えはわざわざ確認をしなくとも完璧な家がほとんどだ。だが、準備期間の直前にその家の男が怪我をしていたり、寝込んでしまっている家も稀にある。他人を頼らない人たちなので、その困った状況も周囲に知れ渡ることもない。

普段は訪問販売を行っている商人から村人の状況などは聞きだしていたが、彼らも全ての家の情報を握っている訳ではないので、今回ばかりは聞いて回らなければならないという。

困っている家があれば一時的に経済的な支援を行い、自分の家の食料を分け与える事は勿論のこと、他の家にも頭を下げながら食料を分けて貰う様に頼み込む。これは祖父が決めた領主の仕事であった。

頭を下げて回ることは苦痛ではなかったが、行き先々で嫌がられるのは辛いものだ。

毎年行われる憂鬱な仕事の一つである。

そんな風に説明をしていると、ジークは突然思いがけない提案をして来た。

「それは、私も同行出来ないものか?」

「え!? ……いや、それは止めた方がいいと」

「どうして?」

「この村出身の俺でさえ嫌がられるから、異国出身者のジークが来たら余計に拒否反応を示すと思う」

「……」

自分がお年寄りや村人の一部から酷く嫌われている理由は異国の血が混じっているからだと思っている。それと、他にも心当たりが数点。

父は世界を旅する冒険者だった。

そんな父親は少数民族に婿入りするという、謎の勇気と冒険者心を併せ持っていた。

異国の都会育ちで射撃も最後まで下手だったし、最終的には母親を連れて世界を旅する冒険に出かけてしまったという、いつまでも少年の心を持っている困った人だった。

まあ、そんな上流階級出身の父のお陰で異国の社交界との繋がりが持てた訳だが。

「う~ん」

こちらが困った素振りを見せても、相手は引く事を知らないようで頭を抱えてしまう。

なんとか村のお年寄りの凶暴さを伝えたが、ジークは依然として村人の家の見回りについて行くと言っていた。

俺だってジークリンデを自慢して回りたい。だが、待っているのは祝福ではなくて、異国人嫌いの古い考えを持つ村人達の罵声だ。

「村人の顔は一人でも多く覚えたい」

「そうは言いますが」

「頼む」

「……」

真面目な顔で頼まれたらお断りなんか出来ない。

「分かった。でもジークは俺の後ろに居てね」

「感謝する」

「……」

なんだろうか、この上司と部下みたいな会話。

もっと甘い話をしたいのに!

明日予定が決まればジークは猪の急所についての話を始めてしまう。

……違う。そんな話ではなくて。もっとこう、夫婦にしか出来ない会話をしたいというか。

「もしも猪が突進して来たらどうすればいい?」

「それはね、ぶつかる直前に真横に飛び込むようにして避ければいいんだよ。猪はすぐに方向転換なんて出来ないから」

「なるほど」

「……」

この話の流れでどうすれば甘い雰囲気になるかと考えを巡らせていたが、とうとうジークが解体の話にまで移ってしまったので、その日は諦める事にする。

「ここ最近の雄の猪肉は少し臭う気がするが、何か理由があるのか?」

「ああ、もうすぐ発情期なのかも」

「そうだったのか」

「猪狩りはしばらくお休みしないとね」

「了解した」

「……」

一体どうしてこういう話題になったのかと、心の中で何度も繰り返すこととなった。

◇◇◇

翌日。

朝から村人の家を回る為に家を出る。ジークも自分の後に続いた。

最初に酷く嫌われている家から行くべきか。それとも初めからきつい人の居る家では心が折れるから、比較的愛想が良い家主の元へと行くべきか。

どうしようか悩んだが、結局は村に入ってすぐの家から訪問をすることにした。

一軒目。

「あ、どうも~。極夜の準備は」

すぐに扉を閉められてしまった。これは問題ないから帰れという意味なのだ。

ジークを振り返って両手を挙げて肩を竦めるような仕草をすれば、何も言わないで励ますように背中を叩いてくれる。

二軒目。

「ああ、これっぽっちも困っていないから、早く帰ってくれ!」

「あ、はい」

「……」

またしてもつれない態度で扉を閉められてしまった。このような反応は三軒目、四軒目と続いていく。

村の家は全部で七十程。一日では回りきれないので、今日のところは終わりとする。

「ジーク、ごめんね」

「……いや」

何軒か回る中で、目敏くジークを見つけて罵る者も居たのだ。こんな展開を予想していたので連れて行きたくなかったのに、彼女は翌日も見回りについて行くと言った。

「お願いだから明日は家に居て」

「……」

ジークはこちらの懇願に対してなかなか頷こうとはしない。

こちらは真面目にお願いをしているというのに、ジークは腕を組んだ状態で座り、表情すら動かそうとしない。

こうなったら子悪魔のように媚を含むようなお願いでもしてみようかと思ったが、それをしている自分を想像しただけで気持ち悪くなったので止めた。もう三十前のおっさん進化前だ。言動や行動には十分気をつけなければならない。

「分かったよ、ジーク、本当に仕方が無い人だ」

「!」

明日もお願いね、と言ってからその日は毎日していた遊戯盤もしないで別れる事となった。

別に言う事を聞かないジークに腹を立てている訳では無かったが、一日中罵られ続けたので酷く疲れていたのだ。

布団に潜り込めばすぐに意識は夢の中へと飛んでいく。

翌朝。

早めに起きたので居間に行けば、いつも先に起きているジークは姿を現していなかった。

珍しいこともあるのだと食卓の席に座れば、机の上に交換日記が置かれていることに気がつく。

また『異常なし』と書かれているのではと思い、文字だけでも拝見しようと最新の頁を開けば、いつもとは違う内容がびっしりと綴られていた。

ジークは昨日のお宅訪問は村人の態度に驚きはしたものの、別に不快になる事は無かったという。

しかしながら、領主である俺が一方的に責められ、落ち込んだような顔を見せていたのは何とも言えない気分になったと書かれている。

だが、ジークが言葉を掛ければ元気になったかのように見えたので、安心することが出来た。なので、明日も同行をしたい、という内容が丁寧な言葉で記されていたのだ。

――まだこの村での自分の技量はどれも未熟で、隣に並ぶことは出来ないが、背後で支えること位はしたい。

そんなジークの言葉に目頭が熱くなってしまう。

日記の内容を何度も読んでいると、ジークが起きて来る。

彼女の目の下には隈が出来ていた。もしかしたら夜遅くまでこれを書いていたのかもしれないと思い、胸の中がじんわりと温かくなった。

「ジーク、ありがとう」

交換日記を示しながらのお礼の言葉に、ぶっきらぼうな奥さんは短い返事をするばかりだ。

そんな彼女を抱きしめたいと、そんな風に思ってしまう朝の出来事であった。