軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31話『誰がために』

気づけば空は夕焼けに染まっていた。

王城の客室で一人、ひたすら無言で考え事をしていた俺は、城下町の屋根を照らす橙色の陽光を見てようやく時間の進みを実感する。

ルシラの龍化病が発覚してから、数時間が経過したらしい。

思わず溜息を吐くと、バルコニーの方にいきなり人影が現れた。

「ネット」

そこにいたのは、レーゼだった。

突然の登場にやや驚きながらも、俺はバルコニーの扉を開いてレーゼを部屋の中に招く。

「……何処から入ってくるんだ」

「正面から入ってもよかったが、この方が手っ取り早いと思ってな」

そう言ってレーゼは、甲冑の内側から通信石を取り出した。

「返しておくぞ」

「……ああ」

投げ渡された通信石を、俺は受け取ってポーチに入れた。

ルシラはメイルに通信石を持たせることで、会話を盗み聞きしていたようだが――実は俺とレーゼも同じことを行っていた。

昨晩、城へ突入する前、俺はレーゼに通信石を持たせた。

万一のことがあっては困るため、城にいる間は常に通信状態にしておき、もし俺が危機に陥ればすぐに駆けつけてもらう手筈だったのだ。

幸い、危機に陥ることはなかったが……会話を盗み聞きしていたレーゼは、知っている筈だ。

ルシラの身体が、龍化病に蝕まれていることを。

「しかし……あれだな。この構図、まるで私が夜這いに来たみたいだな。今はまだ夕方だが」

「……暢気だな、おい」

「二人揃って余裕がないよりはマシだろう」

ごもっとも、と俺は思った。

俺の心境に余裕がないこともお見通しらしい。

「それで、どうするんだお前は? このまま予定通り、インテール王国の国王を脅迫して、一件落着とするのか?」

レーゼは淡々とした声音で訊いた。

何かを責めているわけでも、何かを促しているわけでもない。きっとここで俺がどんな答えを述べようと、レーゼは「そうか」と頷いて尊重するだろう。

だからこそ、口が重い。

どんな判断でも尊重されるということは……何が正しくて何が間違っているのかを、全部、自分一人で決めなくてはならないということだ。

「あー……くそっ」

見栄を張って、平静を装う気力はもうない。

俺は後ろ髪をがしがしと掻いた。

「本当に、いつもいつも……どうして、俺ばかりこんな目に遭うんだ。……こういうのは、お前らみたいな……もっと強い奴らの役割だろ……」

日頃思っていることが、つい口からこぼれ落ちる。

「こっちはただの凡人なのに……どいつもこいつも、面倒なものを抱えやがって……」

「それがお前の運命なんだろうな」

「やかましい」

胸中で、怒りとやるせない気持ちが綯い交ぜになる。

「………………まあ、利害は一致しているしな」

元より、脅迫は禍根を生む手段だ。

仲間たちを使って汚いことをしたくないという気持ちの他にも、なるべく避けたい手段ではある。……などと理屈をこねて、自分を納得させようとしていると、レーゼが子供を見守るような温かい視線を注いできた。

「私はお前のそういうところが好きだぞ。なんだかんだ、お前は誰かのために立ち上がれる男だ」

「茶化すな」

「茶化してなどいないさ。それがお前の最大の魅力だ」

レーゼは真っ直ぐ俺の目を見て告げる。

「伊達に勇者を目指していたわけではないな」

「……それは言うな」

あまり突かれたくない過去だったので、俺は視線を逸らした。

そんな俺を見てレーゼは優しく微笑む。

「しかし、どうする? なんとなくお前の考えは分かるが、恐らく鍵となるのはルシラ殿下だろう? ……馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできないぞ」

レーゼの言葉の意味は分かる。

馬を水辺に連れて行くかどうかは飼い主の自由だが、そこで水を飲むかどうかは馬の自由だ。……無理矢理、どこかへ連れて行ったとしても、そこで何をするかは当人に委ねるしかない。しかし――。

「生憎……俺の仕事はいつだって、その馬に水を飲ませることだ」

「……そうかもしれないな」

レーゼは納得した様子で頷く。

「とはいえ、馬が一匹だけでは絶対に戦力が足りない……」

その戦力を埋める役割は、目の前にいる冒険者に任せよう。

「レーゼ。『白龍騎士団』を貸してくれ」

「……他ならぬお前の頼みだ。断る理由はない」

レーゼはすぐに首を縦に振った。

そして、何故か背後を振り返り――。

「そうだな、皆?」

レーゼがバルコニーの方を見て尋ねる。

いつの間にか、そこには大勢の甲冑を纏った女性たちが、片膝をついて待機していた。全員、見覚えがある。……『白龍騎士団』のメンバーたちだ。

「……連れてきていたのか」

「こうなることが分かっていたからな。……本当は昼間のうちに駆けつけたかったところだが、招集に少し手間取ってしまった」

いや、というよりここ……王城なんだが。

下手したら全員、不法侵入で捕まえられるところだ。

「ネットさーん、お久しぶりっすー」

「おひさですー」

「相変わらずのトラブル体質ですね」

レーゼに負けず劣らず、暢気なメンバーたちだった。

その様子を見た限り、どうやら俺がこれから何をするのかしっかり理解しているらしい。

溜息を吐いた俺は、レーゼと共にバルコニーに出る。

甲冑を纏った女性たちが所狭しと密集していた。団長の気まぐれでこんな場所にまで足を運んで、さぞや窮屈だろうと思ったが……何故か彼女たちの表情は、どこか誇らしげに見える。

「……頼む。皆、力を貸してくれ」

名うての冒険者たちに、俺は頭を下げた。

彼女たちの代表であるレーゼが、俺の正面で片膝をつく。

「『白龍騎士団』、総勢十二名――これより、お前のために剣を振るおう」