軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8話 追放魔法使いは夢見がち (後編)

翌日の昼。

デニスはいつも通りに店を開店させたが、心中は落ち着かなかった。

もうビビアは、ダンジョンに潜っている頃だろうか?

やはり、無理にでも止めるべきだったか?

しかし何を言ったって、冒険者の世界は自己責任が原則だ。

自分で決めて、自分で潜る。そこに介入するべきではない。それができない奴は遅かれ早かれ死ぬだけだ。

しかし、そうは言ったって……。

そんなことをデニスが考えていると、最初のお客が入ってきた。

中年の、なかなかに年季の入った冒険者の二人組だった。

「いらっしゃい……」

「よお、最近見つけたんだがな? ここの店がうめえんだよ」

「本当かよ、兄弟。お前のうめえは信用ならねえからなあ。なんだって馬鹿みてえにうめえうめえだからよ」

「本当だって。マジでうめえからさ、食ってみろよな」

そんなことを言いながら、二人はカウンター手前のテーブルに座った。

注文を決めるのを待ちながら、デニスは二人の話を聞いていた。

「しかし団長も、怖えことするよな」

「それがウチのやり方なんだからよ、今更だろ」

メニューを眺めながら、一人が言った。

「第五層まで潜らせて、生きて帰って来れるかどうか、なんてよ」

「生きて帰って来れたら、しっかり育成すりゃいいんだ。通過儀礼みたいなもんさ」

「ほとんど死んじまうがな」

「そういう奴は、運が無えのさ。結局、冒険者なんて運なんだよ。運の強い奴しかうちはいらねえんだ」

「ぐはは、あんなひょろっちいガキが強運の持ち主だとは思えねえがね。というか、運以前の問題だろ。とんだ勘違い野郎がよ」

「しつこくウチに来やがってたからな、実質厄介払いだ。綺麗な顔してやがったから、死なせちまうより、入団試験だっつって男娼でもやらせた方がうちも潤ったかもな」

そんなことを言いながら、二人は顔を突き合わせて高笑いした。

「おう、大将。おれ、この焼肉定食で頼むわ」

「俺はこの焼きうどんもらうかな」

デニスはバンダナを脱ぐと、アトリエに外の暖簾を降ろすように言った。

「悪いが、今日は仕舞だ。帰ってくれ」

「ああ? なんだお前。せっかく来てやったのによお!?」

「俺達が、一体どこのパーティーの冒険者だか知ってて言ってんのか? 痛い目みないうちに、さっさと飯くらい……」

十数秒後。

店の前で転がる二人の前に立ちながら、デニスは手の汚れを払った。

「アトリエ、すまんが店を閉めててくれ。昼は……作り置きがいくらかあるはずだから、それ食ってくれ」

「デニス様」

「ん?」

アトリエは、デニスの目を真っすぐ見据えていた。

身長差があるので、どうしてもデニスは見下ろす形になる。

「気を付けてね」

「うん。まあ、心配すんな。二十四層くらいまでは一人でも潜れるから」

「う、うわあ! うわあああっ!?」

ビビアは第五層の暗闇の中を松明片手に逃げ回りながら、半泣きになっていた。

第五層で、突然置いて行かれた。

入団試験だと言われて、たった一人で置いて行かれてしまった。

「く、来るな! 来るな! あああっ! くそお!」

死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ!

立ち止まったら、死ぬ!

せめて、なんとか第四層まで、いや第三層まで戻らないと!

そんなとき、ビビアは何かに躓いて、盛大に転がった。

「あっ!? ぐあぁ!?」

石ではない何かに躓いたのだ。

ビビアは尻もちを付きながら松明を振りかざすと、右脚に紐が絡みついてるのを発見した。

「なんだ!? なんだ、これっ! くっそぉ!?」

通路に仕掛けられたトラップに引っかかったらしい。

壁の岩肌に括りつけられた紐は簡単に千切れそうなのに、脚に絡みついてしまって解けないし千切れない。

何か魔法が込められているのだ。

こんな古典的なトラップに引っかかるなんて!

ビビアは震える手で杖を振りかざし、なんとか解呪の魔法を構築しようとする。

しかし、それができない。

頭が真っ白になってしまって、一体どうやって解呪をすればいいのかわからない。本を読み込んで何度も紙に綴って暗記したはずの術式が、頭からすっぽりと抜け落ちてしまったかのように出てこない。

そうしている間に、ダンジョンの奥からビビアを追ってくるゴブリンたちの足音がどんどん大きくなってくる。

動悸が激しくなる。

心臓がバクバクと高鳴って、頭まで揺さぶられるようだ。

何とかしなければいけないのに、どうにもできない!

八つ裂きにされる! あの刃こぼれしたナイフで何度も突き刺されて、ズタボロにされて、バラバラにされて、焼かれて食われて…………

「やめろ! 来るな! くそぉ! うわあ! 嫌だ! 嫌だぁ!」

ビビアは脚に絡まった紐を引っ張りながら、限界まで後ずさる。

パニック状態だった。

「……きみ! きみ!」

突然、そんな声が横から聞こえた。

見てみると、壁の影になった部分に小さな横穴が空いており、そこからビビアを呼ぶ声が聞こえる。

誰かいる!

隠れられる場所があるのだ!

「だ、誰だ!? きみは誰なんだ!?」

「いいから、落ち着いて聞いて! 解呪の手順は……」

女の子の声だった。

ビビアは声の主から解呪の正確な手順を教えてもらい、松明をその辺りに置いて、震える手でトラップを解いた。

やけに古めかしいやり方だったが、なんとか理解できた。

ありがたい! 助かった!

ビビアが這って横穴に潜り込むと、そこは真っ暗闇だった。

通路に置いてきた松明の明かりが少しだけ差し込んではいるが、ほとんど何も見えない。

ビビアはその穴の中で口に手をあてて、物音を立てないように身体を緊張させた。

そのすぐ後に、ゴブリンたちの騒々しい足音が聞こえてきて、ビビアたちが隠れる横穴には気付かずに、通り過ぎて行く。

ビビアはほっと息をつくと、暗闇の中で、声の主に小声で言った。

「た、助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして」

「こんな隠れ場所があるなんて。本当にありがとう、君がいなかったら……」

「安心するのはまだ早いわ。ここから、どうにかして脱出しないとね」

「君も……ここに迷い込んでしまったの?」

「恥ずかしながら、そんなところ」

女の子はそう言って、微かに笑い声をあげた。

暗闇の中で、女の子の姿は全く見えない。

おぼろげに、魔法使いのようなローブの布地の形が見えるが、それだけだった。

ビビアが逃げ込んだ横穴には、人が二人は寝そべることのできるスペースがあった。

狭苦しいが、仕方ない。

「君の名前は?」

ビビアがそう聞いた。

「私? 私はシンシア」

「僕はビビアだ。これからどうしよう……」

「助けが来たりは、しないの?」

シンシアが、暗闇の中でそう聞いた。

ビビアは首を振った。

「僕のことを助けに来てくれる人なんて……いないよ」

「そう……孤独に生きてきたのね」

「そうじゃないけど……なんでだろうね」

ビビアはそう言うと、何だか可笑しくなってきてしまって、静かに笑った。

「意地を張りすぎなのかな。どうしても喧嘩しちゃうんだ。性格悪いんだよね、僕って」

「そんなことないと思うわ」

シンシアはそう言った。

「そんなこと言われたのは、初めてだよ。でも、君は僕のことを何も知らないからね」

「君だって私のことを知らないわ」

「それは言えてるね」

ビビアとシンシアは、その狭い横穴の中でしばらくじっとしていた。

シンシアは絶えずビビアに囁き声で話しかけて、励ましてくれた。

ビビアにはそれがありがたかった。

恐怖と不安で圧し潰されそうになるところを、この顔も知らない少女がずっと寄り添ってくれるのだ。

それが心強かった。

ビビアは狭い横穴の中でも、シンシアの身体に触れないように気を遣っていた。

そんなことを気にしている場合でも無いはずなのだが、ついついそうしてしまう。

とにかく、暗闇の中でも、彼女がすぐ傍で息を潜めているのはわかった。

なるべく余計な音を立てないようにして、息をひそめる。

しかし、ずっとこうしているわけにはいかなかった。

「なあ、名案があるんだ」

ビビアは囁くように、そう言った。

「名案?」

「僕が囮になって、あのゴブリン達を引き付けるよ。その間に、君だけでも第四層まで逃げてくれ」

「そんなの駄目よ。君が生き残ってくれないと、意味ないのよ」

「僕なんて、君が助けてくれなかったら死んでたんだ」

ビビアは一世一代の勇気を振り絞っていた。

こんな気持ちは初めてだ。

思えばビビアは、いつも自分、自分という風に生きて来た気がする。

だけれどビビアは、この顔を見たことすらない少女に命を助けられて、ずっと励ましてもらって、恩を感じていた。

彼女のために何かをしてやらないといけない、と心の底から思っていた。

「いいかい。先に僕が飛び出すから、君は後から出てきて、僕が囮になっている内に逃げるんだ。わかったね?」

「駄目よ。行かないで。一緒に助けを待ちましょう」

「いいんだ。僕は君にこそ、生きてて欲しい。こんな気持ちになったのは初めてなんだ!」

ビビアは汗ばむ手で杖を握りながら、横穴から這い出る。

「待って! 行かないで! 駄目! 一人にしないで!」

「僕はビビア! ビビア・ストレンジだ! 僕のことを覚えていてね! きっと、生きて脱出してね!」

ビビアは横穴から出ると、叫んだ。

「来い、ゴブリン! このビビア・ストレンジが相手だぞ!」

すぐに、洞窟のどこかから足音が聞こえてくる。

ビビアは横穴から少し離れた場所に立ちながら、杖を構えた。

さあ、来い。

どうせ無くしていたはずの命だ。

あの顔も知らない女の子が、シンシアが生き残ってくれるなら、僕はそれでいいんだ!

それが、冒険者だ! それが男の子だ!

洞窟の角から、ゴブリン達の姿が見えた。

醜悪な姿のゴブリン達は、ビビアを見つけると、刃こぼれした短剣を構えて一斉に駆けてくる。

く、来る!

一秒でも長く持ちこたえるんだ!

一秒でも長く戦ってやる!

「う、うおおおおおっ!」

ビビアはそう叫んで、杖を構えた。

すると背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

「『錬金』! 『 厚底鍋(スチール) 』!」

それと同時に、ビビアの目の前の通路が突然流動的に変形し、大きな丸い壁となって道をふさいだ。

しかしそれは、壁というにはあまりにも丸すぎた。

大きく、分厚く、重く、そしてやはり丸過ぎた。

それはまさに、つまりはバカでかい鉄鍋だった。厚底の。

ビビアが背後を振り返ると、そこには走ってきた様子のデニスが見えた。

「しょ、食堂の店長!?」

「冒険者食堂、初の出前だこの野郎! いや二回目かあ!? まあいいやこの馬鹿が!」

デニスはビビアの下まで駆け寄ると、とにもかくにも拳骨を一発食らわす。

「い、いったあ!?」

「心配かけやがって! 道はふさいでやったから、早く戻るぞ!」

見てみれば、巨大な厚底鍋が通路を完全にふさいでしまっている。普通に異様な光景だった。

その鍋底の向こう側で群れているらしきゴブリン達は、鍋の底を叩いたり引っかいたりして破ろうとしているが、無駄な努力だった。

厚底鍋はそう簡単には破れない。

デニスがビビアの手を引っ張って連れて行こうとすると、ビビアは叫ぶ。

「ま、待ってください! もう一人いるんです!」

「もう一人?」

「は、はい! 僕を助けてくれた女の子が……もう逃げたかもしれない! 探さないと!」

「あ? 誰ともすれ違ってねえぞ」

「なら、その横穴にいますよ! シンシア!? 助けが来たよ!」

ビビアに言われて、デニスは横穴を覗いた。

指先に火炎のスキルを発動させて、暗い横穴を覗く。

「…………」

その中を見て、デニスは押し黙った。

「い、いますか? シンシア! 助かったんだよ! 一緒に戻ろう!」

「なあ、お前の言ってるのは……」

デニスは狭い横穴の中を凝視しながら、ビビアに聞く。

「この、白骨死体のことか……?」

「えっ?」

ビビアも、デニスの火炎の明かりで横穴を覗く。

その狭い空間の中には、汚れた魔法使いのローブを着た小さな骨格の白骨が、仰向けに寝転がっていた。

ギルドの受付のお姉さんは、古い書類を眺めながら言った。

「ああと……シンシア? シンシア……ドレッド……ああこれだ。十六歳、魔法使い。十三年前に、第五層でパーティーメンバーとはぐれて、そのまま行方不明……まあ、そのまま死んでしまったでしょうね。ずいぶん昔のことですし。お二人は親族の方か、何かですか?」

デニスとビビアは、街のはずれの共同墓地に足を運んでいた。

デニスがスコップで穴を掘って、持ち帰った遺骨を埋めてやる。

その横で、ビビアはずっと泣きじゃくっていた。

「ぅっ、ぅぐぅ……ほ、本当に、助けてくれたんです。この娘が、僕のことを、助けてくれて。話をしてたんです、励ましてくれて、ずっと……ぇぐ……」

デニスは遺骨を掘った穴の中に置くと、上から土をかけながら、ビビアに言う。

「聞いたことがあるよ。ダンジョンで死んだ冒険者の霊魂が、生きている冒険者を助けてくれることがあるって」

「ほ、本当に、いたんです。さっきまで話してて、ぇぐっ、ぅえっ……」

「魔法みたいなものかもしれないよな。この娘がお前のことを助けてくれたんだ」

「し、信じでぐれるんですが?」

「信じるよ」

デニスは土をかけ終わると、スコップの背で叩いて土を固めて、木の枝で十字架を建てた。

デニスは手を合わせた。

ビビアは泣きっぱなしで、両手で涙を拭きながら、掠れた声を上げている。

「ありがどう……ありがとう……また来るから、ずっと、お墓参りにぐるがら……」

ビビアは涙で目を腫らしながら、シンシアの墓に向かって言う。

「僕、絶対に、世界一の魔法使いになるから。絶対に、強い魔法使いになって、君みたいな子を助げるがら……絶対になるから……」

デニスとビビアは墓地から歩いて、帰路についていた。

もう夕方で、夕焼けが辺りを赤く染めている。

「あー、腹減ったなあ」

デニスは歩きながら、そう言った。

ビビアは俯いたまま、何も答えなかった。

「お前も腹減ったろ。炒飯でも作ってやるから、食って行けよ」

「……食べます」

「よしきた。カニ炒飯だっけ?」

「……はい」

「そんな気を落とすなって! シンシアちゃんも、お前がそんなだったら浮かばれないだろ!」

「ああ! もう! わっかりましたよ! ちょっとはしんみりさせてくださいよ!」

ビビアがそう言うと、デニスはその背中を叩いて笑った。

ビビアはふと、振り返った。

共同墓地の奥には、新しく立った一つの十字架が見える。

不思議なことがあった。

大昔の人は不思議なことを、説明のできない全てのことを、心を動かす何かを、『魔法』と呼び始めたらしい。

それならば、彼女はたしかに、『魔法使い』だったのだ。