軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23話 史上最大の危機はクライマックスの前に その2

正面門から中央通りを真っすぐ北上しながら、ヒースは声を張り上げている。

「僕たちは国王直属の近衛兵団だ! この街に、国賊であるエステル・キングランド姫が潜伏しているとの確かな情報を掴んでいる!」

一個騎馬中隊を背後に整列させながら中央通りを歩くヒースを見て、町民たちはみな自分の家に隠れたり、窓からその様子を窺ったりしていた。

「国賊の捕縛に協力してくれた者には、国王陛下から直々に莫大な報奨金が授けられる! しかし! 下手に庇ったり! 知っていることを隠したりした者は全員、女子供関係なく処刑台に上げてくれよう! 国賊を匿おうとする者すなわち国賊である! さあ、今の内だぞ!」

その行進の様子を、ビビアは路地の影から遠目に眺めていた。

「な、なんだあれ……しかも、あの声……デニスさんにそっくりだぞ……?」

ビビアはそう呟くと、ツインテールとポニーテールの魔法使いに目配せする。

朝からダンジョンに潜るために、偶然一緒にいたのだ。

「て、店長に知らせなきゃー!」

「どうしようー! どうしようー!」

ツインテールとポニーテールは口々にそう言った。

その後ろから不意に肩を叩かれて、ツインテールは絶叫する。

「キャー! 許してくださーい! 捕まえないでー!」

「何も知らないんですー!」

「ククク……静かにしろ。俺だ……ククク」

「えっ? なんだ、グリーンじゃん」

ツインテールとポニーテールの背後から忍び寄って来たのは、グリーンとその舎弟だ。

西の方角から来た様子の二人に、ビビアが尋ねる。

「グリーンさん、そっちの様子はどうでしたか」

「フフフ……向こうからも何十……いや何百っていう兵隊が来てるぜ……フフフ」

「ククク……東も同じだろうな……めちゃくちゃ怖かった……ククク」

クールな表情を浮かべながら膝をガクガク言わせているグリーンは放っておいて、ビビアが顎に手をやりながら呟く。

「完全に包囲……いや侵攻されてるってことですね……」

「どうする!?」

「どうしよう!」

「と、とりあえず! デニスさんと接触しないと! ポワゾンさんも既に動いてるはずだ! 僕たちもできることをしましょう!」

「フフフ……それじゃあ俺たちは……フフフ」

「ククク……家に帰って押し入れに閉じこもっているとするか……ククク」

「あんたらも来るのー!」

◆◆◆◆◆◆

ヒースは街の広場まで辿り着くと、そこで一旦立ち止まった。

「ふむ。怯えてしまって出てこないな」

「適当な家に入って、町民を引きずり出しましょうか」

背後から馬で追従する第一騎馬中隊の中隊長が、ヒースにそう聞いた。

「中隊長殿。引きずり出すなんて物騒なことを言ってはいけない。彼らは立派な王国臣民であるぞ」

「申し訳ございません。言葉が過ぎました」

「ま、心配するな。彼らなら、きっと我々の言うことをわかってくれるさ」

ヒースは顎をしゃくって合図すると、門前で捕えた馬車屋の親父を連れてこさせた。

近くの騎馬兵から剣を一本拝借すると、ヒースは彼のことを蹴りつけて叩き起こす。

「ぐぉっ!? ぐえ……おえっ」

足元に転がした親父が呻いて起きたのを確認すると、ヒースは広場の中心に陣取って、深く息を吸い込んだ。

「よく聞け! ここにいるのは、我々に非協力的な行動を取ったけしからんペテン師だ! 誰か、この男の名前を知っている者はいるか!」

広場に陣取ってしばし周囲を眺めると、ヒースは後ろ手に縛られて転がる親父の胸を踏みつける。

「ぐあっ……!」

「誰もお前の名前を知らないのか? そんなことがあるものかな」

「お、俺は……この街の人間じゃないんだ。偶然、ここを訪れていて……」

馬車屋の親父がそう言った瞬間、ヒースはその太腿に剣を突き立てる。

「うっぐあぁっ! ぐぁああぁっ!」

「おいおいおいおい。見え透いた嘘をつくなよ。僕はそういう下手な嘘は嫌いなんだ。上手な嘘なら良い。マジシャンとかは好きだぜ。彼らはとても上手に嘘をつくからな。それが彼らの仕事なんだ。ところでお前はマジシャンか? あ? どうだ? お前はマジシャンなのか?」

「ち、違う……! 痛い、痛いぃ……!」

「まったく、どうしようもない奴だ。お前たちも覚えておけよ。僕はこういうくだらない嘘は嫌いなんだ。チャーハンに入ってるグリーンピースくらい嫌いだ。わかるよな?」

ヒースがそう言って振り返ると、背後に控えていた騎馬兵たちは、どう返していいかわからない表情を浮かべて、互いに顔を見合った。

特に返答を求めていたわけではなかったヒースは、また正面を向くと、腿から剣を引き抜く。

その剣先には鮮血が付着しており、ようやく見えて来た太陽の光にあてられて痛々しく輝いた。

「いいか! 今からこの男の首を切り落とす! この男は全くとんでもない奴で、我々国王直属の近衛兵団を二度も欺こうとしたのだ! 我々に嘘をつくということは、国王陛下に唾を吐きかけているのと同じである! 断じて許すことはできない!」

首筋に剣先があてがわれる。

馬車屋の親父は泣き出しそうになりながら、奥歯を噛み締めた。

「この男の鮮血をもって知るがいい! 国賊に対して、我々は決して容赦しない! どれだけの首を斬り落とすことになろうと、我々は決してあきらめない!」

そうして、ヒースが首へと伸びる剣に体重をかけようとした瞬間、

「待て! 待ってくれ!」

そんな声が聞こえてきたので、ヒースは一旦、その剣を首に突き刺し、ねじって首を落すのを中断した。

見てみると、焦った様子で……もしくは意を決した様子で姿を見せた町民たちが、ヒースたちの前に現れていた。

どうやら様子を窺って、扉前や路地の影に隠れていたように見える。

「おや。さっきまでビクビクしながら家に隠れてたってのに、一体どうしたのかね」

「そ、その男を……離してやってくれ。彼はただの……ただのカツ丼好きな、馬車屋のおっさんなんだ」

町民の一人がそう言った。

彼以外にも多くの町民たちが、覚悟を決めた様子で続々と姿を見せている。

ヒースはその一人一人の顔を品定めするように眺めた。

途中、ひどく太って脂ぎった顔をした商人風の男がいたが、ヒースはその超肥満男には声をかけないようにしようと思った。一日に三十個はドーナッツを食べてそうな奴だ。

「それじゃあ君に聞こう。そこの君だ。」

最初に声を上げた中年の男性に、ヒースが剣を握った手で指さす。

「お、俺か?」

「エステル・キングランド姫は、この街のどこに居るか知らないかね」

「それは、その……いや……」

「もしかしたら、君も知らない内に顔を合わせているかもしれない。桃色の金髪をした女の子で、尊大ぶった喋り方をするはずだ。そういう子が、最近この街に住み始めていないかね?」

ヒースがそう聞くと、町民たちはヒソヒソと囁き始めた。

「な、なあ。やっぱり……」

「待て、まだ言うな」

「あ、あの子だよ。お前らだって、薄々気付いてただろ」

「にしたって……」

「可哀想に!」

とつぜんそんな叫び声が響いて、町民たちの意識が一挙にヒースへと戻る。

「お前たちは、自分たちも知らぬ間に国家反逆の片棒を担がされようとしていたのだ! だが心配するな! お前たちの無垢なる罪はこの僕が許してやろう! 今告発すれば、ここに居る皆を許してやる! この街の全てを許してくれるぞ!」

ヒースがそう叫ぶと、町民たちはさらに混乱した様子で顔を見合わせる。

「な、なあ……! やっぱり駄目だ。みんなを危険に晒せない」

「やめろ、早まるなよ……!」

「あの子には悪いが、知ってることを言うしかねえんだよ……! このままじゃ、みんな逮捕されるぞ!」

「じゃあお前が言えよ!」

「いや、お、俺っちは……!」

そのざわめきの中から、最初に声を上げた町民が葛藤した様子で声を絞り出す。

「も、もし居たとしたら……ど、どうするんだ?」

「我々近衛兵団が責任を持って捕える。どんな情報でも、教えてくれたなら莫大な報奨金をやろう」

「捕えて、捕えてから……どうするんだ?」

町民の一人がそう聞くと、ヒースはニッコリと微笑んだ。

「そうだな。二度とこの王国を脅かすような者が現れぬように、エステル姫にはその見せしめとなってもらうことだろう」

「見せしめ?」

「国賊は人に非ず。王国に害なす悪魔である。悪魔に衣服は要らんから、裸にして市中を引き回し、王都の中心で全身の皮膚が剥がれ落ちるまで鞭打ち、火刑に処してくれる」

「そ、そんな、惨いことを……」

「この正義は正当な裁判の下に執行されるだろう。もっとも。牢屋番には気性の荒い奴が多いから、エステル姫が牢屋で何をされるかは知らんがね。幾晩も慰み者にされて、処刑の日を迎えるよりも早くズタボロになって死んでしまうかもしれん。悲しいことだが、それはそれで再発防止に役立つことだろう」

それを聞いて、町民たちはざわついた。

「悪魔はお前の方だ……!」

ヒースが踏みつけていた馬車屋の親父は、苦々しい顔を浮かべてそう呟く。

その話を聞いて、町民たちはすっかり怖気づき、沈黙してしまった。

その中から、一人の中年の男が歩み出ようとする。

町民たちはその姿を見て、次々に声をかけた。

「お、おい。どうするんだ、お前」

「お前らが言わないなら、俺が言ってやる。邪魔するな」

「ま、待てよ。あ、あんな奴らに捕まったら、あの子!」

「いいか! お前たちが手を汚したくないなら、俺が言ってやる! 軽蔑するなら軽蔑しろ! 俺にも家族がいるんだ!」

彼は町民たちの中から歩み出ると、ヒースに向かって叫んだ。

「知っているぞ! 俺は知っている! お前たちの役に立つ情報をな!」

ヒースはそれを聞いて、嬉しそうな表情を浮かべた。

「おお、知っているか。勇気と正義に溢れた者よ。ぜひお聞きしたい。姫はどこにいるかね」

「その子なら……その……この街に……その、食堂に……」

「なんだ? もっとハッキリ言ってみろ」

彼は全身から冷や汗を噴出させながら、パクパクと口を動かした。

その脳裏に、ふと先日の光景が浮かぶ。

彼も、ある少女の葬式に足を運んでいた。

そこでずっと棺にしがみついて、泣きじゃくり、その死んだ少女の名前を叫んでいた小さな姿を思い出した。

その小さな身体を棺から何とか引き剥がすのに、彼も協力していたのだ。

ひどく小さく、華奢な身体で必死に抵抗していた。

誰よりも深く悲しんでいた。

「そ、その子なら……こ、この街に、その、その……」

彼は緊張で何度も瞬きしながら、声を絞り出す。

「あの……だから……」

「だからなんだって? あまり緊張するなよ。ほら、落ち着いて」

口の中が渇いて、言おうと決めていた言葉が出てこない。

「いや……そ、その子は……」

その代わりに、彼自身制御できない気持ちが心の底でふつふつと煮えたぎり、溢れ出ようとするのがわかった。

それがどういう感情なのか、彼は上手く理解できない。

「あ、あの……」

そしてそれは、ついに、彼の喉をこじ開けた。

「こ、この街には……い、いない……」

「なんだって?」

ヒースがそう聞き返すと、彼は怯えた眼差しで、しかし確かに正面を睨みつけて、力の限りに叫ぶ。

「お、おお前たちが探しているような悪魔は! この街にはいない! 俺たちが知ってるのは、友達のために街中駆け回って車椅子を作ってやって、葬式で心の底から泣いてやるような、誰よりも優しいただの女の子だ! お、おお前たちに渡してやるものか! この、この人でなしどもが!」

その雄たけびを聞いて、背後の町民たちがみな、驚愕の表情を浮かべる。

「あ、あいつ!」

「い、言っちまったぞ!」

「言ったは言ったけど!」

「そうじゃないだろ!」

その様子を見て、ヒースは困ったように笑った。

「……やれやれ。この街は話の通じない連中ばかりのようだな……いや、これはつまり、そういうことなのか?」

ヒースはそう呟くと、背後の騎馬中隊に向けて挙手で合図をする。

「総員抜剣! 戦闘用意!」

ヒースの背後で馬たちがいななき、数十の抜剣の音が響く。

町民たちは口々に叫んだ。

「お、お前ら! ご、ごめん! い、言えなかった! やっぱり言えなかった!」

「この馬鹿が! てめえ! 自分が何してんのかわかってんのか!」

「もういい! 誰か、走ってこのことを伝えるんだ!」

「もう行ってる! みんな逃げろ!」

「くそっ! やっちまった! 近衛兵団に喧嘩売っちまった!」

「もうやるしかねえ! 俺たちはどうせ馬鹿だ!」

「いいか! 全員ひっ捕らえろ! 一人残らず……」

声を張り上げていると、ヒースは何かに気付いて、その命令を途中でやめた。

その視線の向こうで、一人の男が歩いて来ている。

自分と同じ背丈をした男。自分と同じ顔立ちをした男。

自分と同質のレベル帯の男。

その姿を見て、町民たちは思わず、安堵の表情を浮かべる。

「で、デニス……!」

「食堂の店長……!」

臨戦態勢に入っていた町民たちが次々にその名前を呼び、期待の眼差しを向ける。

この男なら、きっと何とかしてくれる。

ずっと何とかしてくれたのだ。

この男を待っていたのだ。

その男……デニスは、食堂の店長然としたラフな格好と、料理人の前掛け姿のままで、ここに足を運んでいた。

歩いてきたデニスは、ヒースの姿を見とめると眉をひそめる。

「なんだあいつは……俺じゃねえか」

「で、デニス……あいつ何なんだ。お前にそっくりだぞ」

「兄弟か?」

「いや、兄貴や弟が居た覚えはねえんだが……なんだありゃ。変装系のスキルか?」

ヒースは満面の笑みを浮かべると、デニスに声をかける。

「久しぶりじゃないか、デニス」

デニスはそう呼ばれると、ヒースに向かって歩いた。

「なんだてめえは? 俺みてえな顔しやがって」

「おいおい。お兄ちゃんのことを忘れちゃったのか?」

その言葉に、また町民たちがざわついた。

デニスは距離を取ったところでヒースと対峙すると、彼のことを睨みつける。

「兄貴だと? あんまりわけのわからないことを言ってるとしばき倒すぞ」

「やれるものならやってみるといい。お前がくだらんレストランで料理人ごっこをしている間、お兄ちゃんは修羅場をくぐっていたんだ」

デニスとヒースは互いに睨み合い、その場に迸るような緊張が生まれた。

背後から、騎馬隊の中隊長が小声で尋ねる。

「……我々が相手にしましょうか。一等護官殿」

「いいや。お前たちは手を出すな。どうせ歯が立たん……いいか! 僕がこの男に負けたとしたら、兵を引いて王都へ戻ってやれ! これは命令だ!」

「い、一等護官殿!? し、しかし!」

「国王陛下には、収穫無しの誤情報と伝えろ! わかったな!」

ヒースはそう叫ぶと、デニスに向かって歩み出した。

デニスもそれを見て両手に肉切り包丁を錬金し、応戦の構えを取る。

「どういうつもりだか知らないが……そこのおっさんはうちの常連なんだ。返してもらうぞ」

「やってみるといい。初めての兄弟喧嘩としようじゃないか。愉しいなあ? 僕たちは、玩具やお菓子を取り合うような環境にいなかったからな」

「記憶に無えことを言われてもな。望み通り、てめえはぶっ潰してやる」

「お前こそ少しは粘ってくれよ。実の弟があんまり弱かったら、お兄ちゃんは悲しくなっちゃうぞ」

剣を握ったヒースと、肉切り包丁のデニスがお互いの射程圏内まで歩を進めた。

互いの制空権を侵犯した瞬間、先に動いたのはデニスの方だった。