軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6話 冒険者食堂へようこそ! (後編)

「ええと、今日からよろしくお願いします! 初級剣士のヘンリエッタといいます!」

冒険者ギルドの待合室で、ヘンリエッタはそう言って頭を下げた。

受け入れ先のパーティーのリーダーと思われる男が、人の良い笑みを浮かべて彼女と握手を交わす。

「よろしく、ヘンリエッタ。おれが、一応このパーティーのリーダー。軽量剣士のスティルだ」

「よろしくお願いします!」

「食堂の大将から、話は聞いてるよ。おれが一応リーダーやってるけど、みんな上下関係なしでやってるからさ。気楽にやってもらっていいから」

「は、はい!」

ヘンリエッタは他のパーティーメンバーと挨拶を交わすと、さっそく聞く。

「えーと、今日はどんな依頼に出るんですか?」

「簡単な採取の依頼だよ。ちょこっとダンジョンに潜って、ささっと採取して終わりさ。初日だからね」

「わかりました! えっと、何を採りに行くんですか?」

「大したもんじゃないからさ。ダンジョンで話そうよ。腕試しみたいなもんさ」

「えっと、ああ、そうですね!」

ヘンリエッタはきちんと聞きたかったが、初めての面子ということもあり、とりあえず従っておくことにした。

変に意固地になって、空気を変にしてもいけない。

たぶん顔合わせ用の、本当にどうってことない依頼なのだろう。本格的な依頼をこなしていくのは、この次からといったところか。

ダンジョンに潜ると、最初に遭遇したインプに、ヘンリエッタが一撃を食らわせた。

「やああっ!」

かけ声と共に、気合一閃でインプを真っ二つに切り裂く。

剣を鞘に納めると、背後でパーティーメンバーが拍手した。

「おお、一撃! すごい! さすが重剣士だね!」

「ま、まあ、これくらいは……」

「いやいや、うちも火力不足でさ。ヘンリエッタさんみたいな人が居てくれれば、心強いよ」

「そ、そうですかー? えへへ」

ヘンリエッタはそう言われて、気を良くした。

今まで女だからと軟弱扱いされたり、変に気を遣われたりといったことばかりだったので、こういう風に頼りにされるのは初めてだった。

食堂の若くて親切な大将は心配もしていたけれど、この人たちは良さそうだ。

ここでならやっていけるかもしれない。ヘンリエッタは嬉しく思った。

ダンジョンを少しずつ、奥まで進んでいく。

最前衛にヘンリエッタを置き、前衛後方の両脇を軽量剣士のスティルと、ハンドックという短弓使いが固める。後衛には魔法使いと治癒師の二人が待機していた。

接敵と同時に、火力の高いヘンリエッタが一撃でモンスターを屠り、討ち漏らしたのを前衛後方が即座に狩る構えだ。効率が良いといえば良いが、連戦にヘンリエッタは疲弊し始めていた。

頼りにしてくれるのはありがたいが、そろそろ陣形を組み替えて後方で休まなければ。

まだいくらかは大丈夫だが、そろそろ剣を握る手に力が入らなくなりそうだった。

「す、すいません。少し、疲れてきました」

ヘンリエッタは立ち止まって、後ろで松明を持つスティルにそう言った。

「おや、もうかい?」

「すいません……ところで、どこまで進むんですか? 少しだけ潜るはずでは?」

ヘンリエッタはそう言って、周囲を見渡した。

もう、結構奥まで来たのではないか。モンスターのレベルも少しずつ上がってきている。

「もう少しだけ進んで、休もうか。目的地はすぐそこなんだ。この先の開けたところに生息する植物が欲しくてね」

「そ、そうですか。わかりました」

スティルの言った通り、ヘンリエッタ達はすぐに開けた場所に出た。

青白い光を放つ鉱石が剥き出しになっている場所で、松明を点けなくとも明るい。

ヘンリエッタは壁際に座り込んで、疲れた身体を休めようとした。

「おい、マーモック。ヘンリエッタさんに回復魔法をかけてあげろよ」

「了解、リーダー」

マーモックという治癒術師が歩み寄ってきて、ヘンリエッタの傍にしゃがみ込む。

何やら魔法の準備をしているマーモックに、ヘンリエッタが言う。

「すいません、助かります」

「いやいや。これで結構体力が回復するはずだよ」

ヘンリエッタは少し荒くなった息をつきながら、マーモックに身体を任せた。

マーモックの発動した魔法の明かりが肩の辺りで溢れ出し、彼の回復魔法が……

「————っ!?」

異常に気付き、ヘンリエッタは素早く剣に手を伸ばした。

その腕を、目の前に歩み寄っていたスティルが蹴り付ける。

「ぐっぁああっ!?」

剣を握ろうとした右腕を足の裏で思い切り踏みつけられて、ヘンリエッタは声を上げた。

その間に、マーモックの発動させた状態異常の魔法が完了し、ヘンリエッタは全身が痺れるのを感じた。

力が入らない。

『スタン』状態だ。

「き、貴様、らぁ……」

「はー、マジで馬鹿で助かったなあ」

スティルは今まで見せたことのない醜悪な笑みを浮かべると、周りのメンバーにそう言った。

「ちょっとおだてたら調子に乗りやがって、この馬鹿女」

「バカバカ言ってちゃいけねえよ、リーダー。こういう馬鹿が居るおかげで、俺たちが良い思いできるんだからさあ」

「女剣士が一番美味しいよな。賢者や魔法使いみたいに変に頭が良くねえしよ、身体も良いし」

ヘンリエッタは痺れ切った四肢を何とか動かそうともがくが、やはり力が入らない。

緊張と恐怖で頭が真っ白になり、呼吸すらおぼつかなくなる。

こ、こいつら……。

「じゃあ、小一時間楽しんだら、放置して帰るか」

「最後に武器を取り上げてもう一回スタンかけておけば、帰って来れないだろ」

ヘンリエッタはおぞましい予感に恐怖しながら、涙目になっていた。

た、大将の言う通りだった。

もっと、慎重になるべきだった。

そもそも注意していれば、違和感に気付けたのでは。

もう、何を考えても遅いのか……。

そのうちにヘンリエッタは舌も痺れてきて、頭を持ち上げることも難しくなっていた。

「や、やめろ、き、貴様らぁ…………」

「ははは、自分の馬鹿さ加減をせいぜい反省するんだな」

スティルがそう言って、近づいてくる。

ヘンリエッタは意思の力で身体をどうにか動かせないかと、額を地面に擦り付けながら這いずる。

このままではだめだ。このままでは、このままでは、

しかし、焦燥と怖気がつのるばかりで、意識と身体が完全に分断されてしまったようだった。

ヘンリエッタは頬を土で汚しながら、掠れるような声を絞り出す。

「だ、誰か! 誰か! られか! たすれて! 助けて!」

「ははは、こんなとこ誰も来ねえよ! ダンジョンの構造くらい覚えておけっての!」

くそっ。くそっ。くそっ…………。

ヘンリエッタは、脳が焼けるような恐怖と屈辱を感じた。

容易に想像できる絶望の未来に、目から涙が溢れる。

そんなとき、

……シャキーンッ……シャキーンッ……

不意にどこからか、刃物が擦られるような音が聞こえてきた。

シィっ、とスティルが合図する。

「別のパーティーか?」

メンバーの一人が、小声で言った。

「だとしたら面倒だぞ。おい、見てこいハンドック――」

スティルがそう命令するのと同時に、その音の主は現れた。

その場にいる全員が、絶句した。

洞窟の影から出てきたのは、

両手に肉切り包丁を握り、頭に紙袋を被った、薄汚れた半袖のシャツを着た筋骨隆々の男。

頭部を隠す紙袋には視界を確保するための二つの小さな穴が空けられており、両手に握った大振りの肉切り包丁の刃を、威嚇するように絶えず擦らせている。

大男とは言えないまでも、その鋼のように鍛え上げられた筋肉と、頭部を隠す紙袋に肉切り包丁二振りという異常な佇まいは、見る者に威圧感と意味不明な恐怖を与えるには十分すぎた。

「な、なんだあのモンスター……」

「あんなの見たことねえぞ!? というかモンスターなのか!? 筋肉ムキムキのバカでかい包丁持った変態か!?」

「肉切り包丁でダンジョンに潜る変態なんているわけねえだろ! モンスターだよ!」

「さ、サーチをかけろ! 弱点を割れ!」

魔法使いの男がサーチをかけると、裏返った声で叫ぶ。

「や、やべえ! サーチが効かねえよ! おい!」

「効かねえわけねえだろ!」

「レベル差がありすぎるんだ! あいつのレベルが高すぎてサーチが通らねんだ!」

「こんな浅い所にそんな化物がいるわけ――」

スティルがそう叫んで振り返った瞬間、

茶色い紙袋を被って肉切り包丁を握った男は、いつの間にかスティルの目の前に立っていた。

「…………え?」

肉切り包丁が無造作に振られる。

スティルは持っていたショートソードを構えたが、ガードの上から肉切り包丁の一撃をもらい、構えていたショートソードが一撃でへし折られた。

魔力が付与されたその一撃は、スティルの身体を切断するのではなく、接触の衝撃で固い壁まで吹き飛ばしてその身体を叩きつける。

スティルはその一撃で気絶して、口から泡を吹いた。

「う、うわあああ! やばい! なんだこいつ! うわああ!」

「誰か! なんでこんな化物が! うわあ! ぎゃあああ!」

「ぎゃあああ! 死にたくない! 死にたくねえ!」

阿鼻叫喚の渦だった。

逃げようとする者から、風のように移動して振られる肉切り包丁の餌食になる。

ヘンリエッタは薄れゆく意識の中で、その不思議な光景を眺めていた。

大きな包丁が振られる度に、一人ずつ壁に叩きつけられる。

上に切り上げられて、落ちる時にもう一撃喰らった者もいた。

不思議なことに、その光景にヘンリエッタは恐怖を感じなかった。

頭まで痺れていたからかもしれない。

それよりも、ヘンリエッタの目には、その男が、

まるで、手際の良い料理人のように見えた。

「……ということが昨日ありまして、はい……」

ヘンリエッタは食堂のカウンターで、そう言った。

「ははーん」

デニスはカウンターでヘンリエッタの話を聞きながら、適当に相槌を打っていた。

「それで?」

「気が付いたら、冒険者ギルドの待合室で寝かされてて……別のパーティーが、気を失っていたところを助けてくれたらしいんです。変な声に呼ばれて駆けつけてくれたらしいんですけど、本当に謎だらけなんです……」

ヘンリエッタは、カウンターで縮こまっていた。

色々と反省することも多かったのだろう。前に見せた能天気ぶりもどこへやら、という調子だった。

「そうか。まあ、無事だったならいいじゃねえか」

「それがですね! まだ続きがあるんですよ! そのわたしを襲ったメンバーっていうのも、気絶したまま縄でぐるぐる巻きにされて、ダンジョンの入り口に放置されてたって! それで、ギルドが身元を調べたら、指名手配中の犯罪者パーティーだったらしくて……」

「不思議なこともあったもんだ」

「本当ですよ……もう何ていうか、夢でも見てた気分です」

ヘンリエッタはそう言って、疲れたように額に手をやった。

デニスは洗い物をしながら、ヘンリエッタに言う。

「まあ何にせよ、仲間は慎重に選ばねえと駄目だってことだな」

「はい……反省してます……」

「まあ、俺もそういう失敗はしたことあるからよ。これから気を付ければいいのさ。今回は、俺だってきちんと調べてやればよかったんだし」

「いやいや。ご飯からパーティーの紹介まで面倒見てもらって、それ以上言えないですよ」

「それで、何食うんだお前」

デニスはそう聞いた。

「いえ……わたしは、その、まだお金が無いので……」

「いいから何か食え」

デニスは皿を洗いながら、ぶっきらぼうにそう言った。

ヘンリエッタは俯きながら、申し訳なさそうに言う。

「それじゃあ……」

「ま、好きなもん食えよ。遠慮すんな」

「この特上ステーキ定食で……」

「一番高い奴いったな!? 遠慮すんなとは言ったけども!?」

「ああすいませんすいません調子のりました! 一番安い奴でいいです!」

「一回注文したら食いやがれこの馬鹿野郎! アトリエー! もう今日は上がっていいぞ! こいつと一緒に夕飯食え!」

アトリエがこくりと頷いて、カウンターでヘンリエッタの隣に座る。

デニスが料理を作っていると、二人組のお客が入ってきた。

一昨日に来ていた、二人組の女性魔法使い……ツインテールとポニーテールだった。

「店長―、また来たよー! あ、アトリエちゃーん! こんばんは!」

カウンターで座っているアトリエが、こくりと頷く。

「いらっしゃい! 悪いけど、水は自分で頼むわ! アトリエにも夕飯食べさせるからさ!」

「ぜんぜんいいよー!」

二人組の魔法使いはカウンターの上に並んでいるコップに水を注ぎながら、デニスに言う。

「店長、昨日なんでお店やってなかったのー?」

「開店して二日目に店閉めるってありえなくなーい?」

「えっ?」

とヘンリエッタが言った。

デニスは料理を作りながら、二人に言う。

「すまんな、色々野暮用だったんだ」

「ま、店長のご飯美味しいからいいけどー!」

「あ、私炒飯!」

「こっちはガストロチーノー!」

「はい了解! それじゃあ特上ステーキ定食! お待ちどうさま!」

デニスが定食を置いて注文のメモを取ると、また来店の鈴が鳴る。

「いらっしゃい! 冒険者食堂へようこそ!」