軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

貴種流離 後編

「エステル殿下が、『王剣』の発動に失敗したらしい」

「本当にか? 最上層部ときたら、『王剣の儀』があったはずなのに何も通達が無い」

「どちらにしろ、何か問題があったんだろう。態度を決めかねているんだ」

「王位継承は? それがもし本当なら、第二位のレオノール殿下に移るのか?」

「それが、レオノール殿下がその場で『王剣』を発動させて、その場を収めたらしいぞ」

「それじゃあ?」

「決まってるだろ、もうそういうことだよ」

「エステル殿下はどうなるんだ?」

「前例が無い」

「いや、もはやこれはそういう問題では……」

「レオノール殿下で決定なのか?」

「そもそも、『発動』させた時点ですでに王位は継承されたという解釈になるだろう」

「『王剣』に何か間違いがあったというのは?」

「おい、あまり大それたことを言うなよ」

「鑑定スキルで証明済みだ。『儀』の一環であり、覆ることはない」

「エステル殿下はどうなる?」

「我々はどちらに付くべきだ?」

「いや、こうなってしまっては、すでに……」

◆◆◆◆◆

その夜。

エステルはひとり、ベッドの中で震えていた。

自分はどうなるのだろう。

これから、一体どうすればいいのだろう。

答えの無い問いが、ぐるぐると頭の中で巡り続けている。

どうしてこんなことに。

生きた心地がしない…………。

エステルが枕に顔を埋めながら、布団の中で恐怖と不安に身を縮こまらせていると、

不意に扉がノックされて、エステルはビクリと飛び上がった。

「な、何者だ! 名を名乗れ!」

エステルがそう叫ぶと、扉の奥から男の声が響く。

「え、エステル殿下。参謀補佐のイスタルです」

「何用だ……」

「ご安心ください、吉報です。『王剣の儀』の執り直しが提案されまして……」

エステルはそれを聞いて、ベッドから跳ねるように飛び起きた。

ぺたぺたと素足で寝室を歩いていくと、『儀』の時以来、初めて顔を綻ばせて扉を開ける。

「ほ、本当か! それでは、余は……」

扉を開くと、エステルはふと違和感を覚えた。

開けた先に立っている、参謀補佐のイスタル。

彼の表情が、いやに強張っているように見えたからだ。

「い、イスタル……?」

「すみません、殿下。すみません……」

イスタルが悲痛な顔色で謝ったとき、

誰かが、彼の横っ腹に飛びついて通路に押したえた。

「ぐがぁっ!」

イスタルはメイド服の人影に床に倒されて、呻いて暴れる。

エステルはその様子を眺めながら、混乱しきっていた。

「え……え……?」

「お逃げください! 姫! 危険です!」

イスタルに飛びついたのは、エステル付きの専属メイド……デラニーだった。

デラニーはイスタルを床に組み伏せながら、彼が後ろ手に握っていた刃物を取り上げる。

そのまま彼の首筋に一撃を食らわせると、デラニーは刃物をその辺りに投げ捨てながら、エステルに歩み寄った。

「ど、どうなってる。何が……」

「姫、王城からお逃げください! 一刻も早く!」

「ひ、姫は無事でおじゃるか! 姫! ご無事でおじゃるか!」

そう叫びながら、腹を揺らしてやって来たエピゾンドを含め、エステルの身の回りの世話にあたっていたメイド達や近しい役人たちが、息を切らせた様子で集まってくる。

エステルはその様子を見て、頭をクラクラとさせながら、声を震わせた。

「え、エピゾンド、余にきちんと説明しろ、何が、どうなって……」

「レオノール王が、姫の処刑を命令されたのでおじゃる! 秘密裏に! ここは危険でおじゃる!」

◆◆◆◆◆◆

締め切られた、エステルの寝室。

その扉が、スキルの発動によって粉々に破壊された。

扉が破壊されると同時に、その中へと剣を握った甲冑の騎士たちが殺到する。

騎士たちは広い寝室の中で、中央の二人を取り囲むように散開した。

剣を握った複数の騎士たちに囲まれたデラニーは、エステルを背にしながら彼らの出方を窺っている。

そして、破壊された扉から……最後に入ってくる男がいた。

「デラニー……一体どういうつもりだい?」

黒色礼服の男……ヒースは、騎士たちに囲まれる二人に対して首を傾げながら、そう聞いた。

「正気ですか……ヒース一等護衛官」

「それはこっちの台詞だよ、デラニー」

ヒースはそう言って、困ったように鼻をかく。

「新王の勅命だ。大人しく、そちらのエステル殿下をこちらに引き渡したまえ。今ならお咎めなしだ」

複数の騎士たちを部屋中に控えさせたヒースは、様子を見るようにそう言った。

デラニーの後ろで、エステルが彼女のメイド服のスカートを掴んでいる。

それを一瞬だけ確認しながら、デラニーが口を開く。

「……姫を渡すつもりはありません。どうして、新王はそんな命令を?」

「どうして? 当然の判断と言って欲しいがな」

そう言って、ヒースの後ろから顔を見せたのは、レオノールその人だった。

金髪碧眼の男……レオノールは、ヒースの背後から部屋の中を覗き込むようにして腕を組む。

その顔を見て、デラニーが歯噛みした。

「レオノール……!」

デラニーが向けた強い殺意を無視して、レオノールがヒースの背後から言う。

「仮にも王位継承権第一位であった姫が……王剣を発動させることができなかったとなれば、混乱は避けられん。血統の疑惑……王政府を揺るがす大スキャンダルになりかねないよなあ?」

レオノールは、ヒースの背後で笑いながらそう言った。

「これは当然の判断だ。あの小娘……エステルは、『王剣の儀』の前に急死されたということにする。前王である父の死を嘆き、その後を追って気高く自死したのだ。そうであれば、何の問題も無い。むしろ美談になるんじゃないか?」

「決断の早い新王で助かりますよ、まったく」

「そうおだてるな、ヒースよ」

「き……貴様ら……!」

デラニーは怒りを露わにすると、

とつぜん、服の袖の仕掛けで自分の両手首をかっ切り、動脈から血液を噴出させた。

デラニーの手首から流れ出した大量の血は、外気に触れると同時に彼女の制御下におかれ、左手側の血液が網目状の盾のような形状を取って腕全体を覆い、右手側の血液が前腕部に沿って巨大な刃物のような形状を取る。

「貴様らは、わたくしがこの命に代えても打ち倒す! レオノール、貴様に王たる資格があるものか!」

「く、口を慎め! 卑しいメイドの分際で、新王たるこの俺を愚弄するか!」

「わたくしは、貴様のような性根の腐った王族に忠誠を誓ったわけではない! わたくしの背後にいらっしゃるのは、真の王であるエステル姫である! 口を慎むのは貴様の方だ!」

「ひ、ヒース! 殺せ! この腐れメイドめ……殺してしまえ!」

「はいはい、了解いたしましたよ……」

ヒースはそう言うと、スキルを発動させているデラニーに向かって歩み寄る。

それを見て、デラニーは血液の制御によって両腕に出現させた武器を構えた。

「来い……ヒース! わたくしの命に代えても、貴様らは道連れにしてくれる!」

「大した忠誠心だな、デラニー……お前の忠誠に敬意を払い、この僕が直々に相手をしてやる……」

「たとえわたくしを殺せたとしても、わたくしの忠義まで殺せるものか!」

「見せてみろ、お前の『スキル』」

二人が両手を伸ばせば届く距離まで接近した瞬間、

先に動いたのは、デラニーの方だった。

「『 流動性の致命(フェイタル) 』!」

デラニーが踏み込み、右腕の血刃を振りかぶった瞬間、

その巨大な血刃が弾け、瞬時に大小様々な禍々しい刃の形に再構築されて、その無数の血刃で圧し潰すかの如く襲い掛かる。

それを見て、両手をだらりと垂らしたままのヒースも、スキルを応発させた。

「『 ガラクタ趣味(アンパルフィクション) 』」

◆◆◆◆◆◆

数秒後。

デラニーらを取り囲んでいた騎士たちの甲冑に、大量の鮮血がべったりと付着していた。

その光景を見て、恐怖で甲冑の中の脚を震わせている騎士もいる。

部屋の中に居て、血を浴びていないのはヒースだけだった。

数瞬前までデラニーだった塊があちこちに散らばる寝室に立つヒースは、振り返ると、レオノールに尋ねる。

「ああと……これでいいですかね? あとどうします?」

「ヒース……貴様のスキル、いつ見ても身震いするな……」

「まあ色々と持っているんですが、これが一番楽なんで」

レオノールは寝室に足を踏み入れると、一人残されたエステルを前にして、腰に帯剣していた金色の剣を抜いた。

「くくく……エステル、貴様はこの俺が、直々に処刑してくれる」

レオノールが邪悪な笑みを浮かべながらそう言うと、その手の中で金色の剣が光り出す。

「新王である俺に『王剣』で殺されるならば、名誉なことだろう? “元”王位継承権第一位には、これくらいの礼儀で迎えてやらねばな」

「では、あとは任せましたよ、新王殿」

ヒースがそう言って後ろに下がると、レオノールはエステルの前で金色の剣を振りかざした。

鮮血で汚れた白い寝間着を着たエステルは、その様子を黙って見つめている。

「怖くないのか……?」

レオノールがそう聞いても、エステルは表情を変えずに、じっと立っているだけだった。

その様子を見て、レオノールは唾を飛ばして叫ぶ。

「泣き叫べ! 怖いだろう!? 貴様のことはずっと気に入らなかったのだ! 序列一位だからといって、俺の上であるように振舞いやがって! それがどうだ、今は俺が王だぞ! 馬鹿め! 『王剣』の秘密も知らずに、哀れな野郎だな! 泣き叫べ、このガキが! どうだ!」

レオノールがそう叫んでも、エステルはじっと彼のことを見つめるだけだった。

レオノールは、その姿を見て……

「こ、この……ガキが! ぶち殺してやる!」

叫びながら、振りかざしていた金色の剣を……

その小さな身体めがけて、一直線に振り下ろした。

発光する剣がエステルの首筋にめり込み、そのまま胸の当たりまで斬り刺さる。

その瞬間、

エステルだった……エステルの服を着た身体の輪郭が突如として弾けて、膨張し、不定形な塊となってぶよぶよと膨れ上がった。

「なっ……?」

突然エステルの形を崩したその不定形の塊は、苦しくもがくようにして粘着質な身体の輪郭を震わせると、じきに落ち着くように収縮し、身体に金色の剣を刺しながら、その場に倒れる。

段々とそれは形を変えて……最後には、丸々と太ったエピゾンドの姿になっていった。

「な、なんだ!? これは!?」

レオノールが驚愕しながら叫ぶと、その輪郭をぶよぶよと震わせるエピゾンドは、身体に突き刺さった剣に顔を苦痛に歪めながら、笑った。

「く、くくく……馬鹿はお前でおじゃる……く、く……ぐ……」

レオノールが目の前の事態を理解できないでいると、

その後ろで立っていたヒースが、とつぜん拍手を始めた。

「ど、どうなっている、ヒース!? なんだ、これは?」

「いやいや、お見事」

ヒースは拍手をしながら言った。

「エステル姫の傍に常にいるデブは何だろうと思っていたら、まさか 流体性幻獣(スライム) だったとは。いやはやお見事。最高の影武者というわけか。こりゃ納得だなあ、すごく面白い。フィオレンツァにも見せてやりたかった」

「質問に答えろ、ヒース! どうなっているんだ!? これは!」

「まだおわかりでないんですか? 新王殿」

ヒースは呆れたように腰に手をやると、にっこりと微笑む。

「一杯食わされたというわけですよ、こいつはね」

◆◆◆◆◆◆

月明かりの中、王城の裏手で、召使たちがエステルを馬に乗せている。

「エステル殿下! お逃げください! どうかこのまま、振り返らずに!」

「い、嫌じゃ! デラニーは!? エピゾンドは!?」

「彼女らは、自身の忠義を全うしています! 我々も、ここで追っ手を食い止めます! どうか! どうか、姫! ご無事で!」

「そんな! 嫌だ! 余は逃げぬぞ! お前たちを置いては逃げぬ! あいつらを置いては逃げぬ!」

「姫! お許しください!」

馬から降りようとするエステルを押さえつけて、メイドの一人がエステルの腕に手綱を回し、きつく固結びに結んでしまった。

その背後で、遅れて駆け付けて来た騎士たちが裏手の扉を開けて、エステルらを見つける。

「『恐慌』!」

召使の一人が魔法を発動させると、エステルを乗せた馬に状態異常が付与される。

馬の目が一瞬赤く光って、とつぜん前脚を上げていななくと、恐慌状態となってその場から一目散に走り出した。

突然暴れて走り出した馬にしがみつくエステルは、やっとの思いで後ろを振り返る。

「そんな! みんな! みんな! デラニー! エピゾンド!」

勢いよく走りだしていく馬は、その場からどんどん離れていく。

背後の闇夜の中で、自分を送り出した召使たちが騎士たちに囲まれ…………

その後は、暗闇に飲まれてわからなくなった。

「そんな、なぜ、なぜだ! ヒース! レオノール! 貴様ら! 貴様らぁ!」

エステルの悲痛な叫び声が、闇夜に溶けていく。

彼女の身体を結び付けて乗せた馬が駆けていき、闇の中へと消えていく。

これは、そうして始まる。

貴種流離は、こうして始まる。

◆◆◆◆◆◆

繁盛時の追放者食堂で、デニスが大量の注文を捌いている。

「アトリエ―! そっちのお客さんにこっちの定食セットと、あっちのお客さんに炒飯セット持って行ってくれー!」

アトリエもやや早足で歩くと、その二つのお盆を器用に両手に置いてカウンターから出ていく。

「あー、アトリエ! あとこっちも頼む! あとあのお客さんのお会計!」

デニスが鍋を振りながらそう叫ぶと、アトリエが一瞬だけ振り返って、やや焦ったような無表情で返した。

その慌ただしい店内の中で、デニスはふとため息をつく。

「はー……やっぱ足んねえなあ」

デニスがそう呟くと、カウンターに座っていたビビアが反応する。

「従業員ですか? オリヴィアさん、いなくなっちゃいましたもんね」

「ああ。そろそろ、新しい奴を雇わねえとなあ」

「あはは、また追放された人かもしれませんね」

「馬鹿言えこの。そうそういるか、そんな奴よ。しかし……」

デニスは鍋から皿に料理を移しながら、やや疲れ気味の表情を見せた。

「どっかにいねえかね、ちょうど良いやつがよ」