軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19話 追放料理人は二人いる!? (中編)

「見せてもらおうじゃあねえかヘズモッチ、お前の腕前とやらよお!」

「デニスさん、語調と恰好が合ってないぞ! ナイフとフォーク握ってミニエプロン姿のウキウキ顔で言う台詞じゃなさそうだぞ!」

「こちら、ランチメニューのステーキセットとなっております」

ヘズモッチが、デニスの前にすっと料理を出した。

複雑な模様が刻印された丸皿に、火の通り具合がわかるように角の一片だけカットされた見たこともないほど肉厚のステーキ。

控えめに散らされた黄土色の濃厚そうなソースに、肉汁に合うように添えられた蒸し野菜が載っている。

どこからどう見ても一流で、上品で、気品のある高級そうな料理。

デニスが作る毎食食べたくなるような料理とは方向性が異なる、口に運ぶ前から見る者を圧倒するような料理だった。

「うおお! すげええ! で、でもデニスさん! これどうなんですか! デニスさん的にはどうなんですか!?」

出てきた料理の迫力に度肝を抜かれたビビアだったが、すかさずデニスの反応を伺う。

デニスはすでにナイフとフォークを使ってステーキを口にしていて、

「うんめ、うんめえわあこれえ」

目を閉じてにんまりしながら、幸せそうに料理を食べていた。

「で、デニスさんの顔が蕩けてる! 声も溶けてる!? 無条件降伏状態だ!」

「こちら、幻の部位であるセントブリアンの中でも厳選された、一級中の一級品となっております」

「な、なんかわからないけど、凄そう!」

「しかしヘズモッチよ。こんな高級な肉を使ってちゃあ、ランチといえども庶民には手の届かない値段になるんじゃあねえのかあ? 貴族相手に商売してるんじゃあねえんだぜ、俺たちはよお」

「おお! デニスさんが調子を取り戻したぞ!」

デニスとビビアがそう言うと、ヘズモッチはすかさず切り返す。

「こちらのランチ、銅貨五枚で提供させて頂いております」

「や、安い!? 追放者食堂の炒飯にワンコイン追加でこんなステーキランチが!? 食堂だったらワンコイン追加で拉麺セットになるだけなのに!?」

「てめえビビア馬鹿にしてるのか拉麺セットで上等だろうがこの野郎!」

「うふふ……すでに勝負あったというところですかね」

ヘズモッチは柔らかそうな手の平を見せて口元を隠すと、静かに笑った。

「いかに町民人気の高い追放者食堂といえども、人はより“上等”で、より“美味しい”料理を求めるもの! それが“同じ価格帯”で提供されるとなれば、副料理長に勝ち目はありません!」

ヘズモッチがそう言い放つと、ビビアがこそこそと、デニスに話しかける。

「あの……ヘズモッチさんとデニスさんって……同門? なんですよね」

「ああ、そうだが? それがどうかしたか」

「いや、二人だと料理の感じが全然違うなあと思って……」

「まあそうだな。真逆と言ってもいいかもしれねえ……しかしよ、ヘズモッチ」

デニスはミニエプロン姿で、ヘズモッチのことを見た。

「お前、さっきから勝つとか負けるとか言ってるが……料理に勝つも負けるもあるのか? そもそも俺は、ジーン料理長の一番弟子は俺じゃなくて、お前だと思ってるんだぜ。間違いなくお前が一番、料理長の料理を受け継いだんだ。俺は徹頭徹尾、好き勝手やってただけだからよ」

「うふふ……強者の余裕というやつでしょうか? 副料理長」

「いやいや。俺はもうとっくの昔から副料理長じゃねえし……」

「わかってないようですね。これはケジメなんですよ、デニス副料理長」

ヘズモッチはか細い腕を組むと、デニスのことを睨みつける。

「いつか、実力であなたのことを抜いてやろうと思ってました。料理人として、あなたより上に立ってやろうと思ってました。ブラックス・レストランの唯一無二として君臨する、デニス副料理長のことをね」

「…………」

「それが何ですか? 副料理長はわけのわからない理由で飛び出して、その後釜に私が据えられました。まるでデニス副料理長の代わりみたいに……仕方ないから、ヘズモッチでいいよね、みたいな調子でね」

「そんなこと思ってる奴なんて、誰もいねえだろ……」

「私は、入った時から! デニス副料理長を目標にして頑張っていたんですけどねえ! いつかあの人を超えてやろうと思って! 誰もが超えたと思わせようと! でも、デニス副料理長は、結局私のことなんて眼中になかった! そうですよね!」

「ヘズモッチ、おまえ……」

「これはもう理屈じゃあないんです。ケジメです。あなたを超えない限り、私は料理人として次のステージに進むことはできない! この街が戦場です! ここで私はあなたを超える! 料理人としても、店長としても! もう誰にも、デニス副料理長の次席だとは思わせない!」

「戦場ねえ……」

デニスは複雑そうな表情を浮かべた。

「そんなものかねえ、料理ってえのは……」

ヘズモッチからの宣戦布告を受けた、追放者レストランからの帰り道。

「……ヘズモッチさんと、仲悪かったんですか?」

デニスの隣を歩くビビアがそう聞いた。

「……いや、むしろ良かったと……もはや兄妹みたいなもんだと思ってたんだけどなあ……たしかに、ちょっと先輩風は吹かせてたかもしれねえけどよ……」

「料理人の世界っていうのは、複雑ですね」

「俺が中途半端だったのかなあ……それで、あいつのことを苦しめてたのか……」

「……考えすぎですよ、デニスさん」

「しかし……あいつの店、採算取れてるのか? あんだけの食材であの値段って……原価割るとかそういう問題じゃねえような気がするんだが……」

数年前、王都。

早朝、ブラックス・レストランの店の裏口前。

「……副料理長、なんで筋トレしてるんですか?」

上裸で逆立ち腕立て伏せをしていたデニスに、ヘズモッチが眉間に皺を寄せながらそう聞いた。

デニスは逆立ちしながら支えも無しに二本の腕で自分の身体を支持して、身体を反らせて地面と胸が接触するギリギリまで身体を下ろしては上げるというわりと意味不明な動きを繰り返しながら、顔を横にしてヘズモッチを見た。

「……そりゃ筋トレくらいするだろ、料理人ならよ。お前だってするだろ?」

「いや、しないですけど」

「なら、お前も一緒にやるか? 朝から身体動かすと気持ちいいぞ」

「そんな人間の可動限界みたいな動きできないです」

早朝の筋トレを終えたデニスは、ヘズモッチが持ってきてくれた蒸しタオルで身体を拭くと、裏口前の段差に座り込んで、同じくヘズモッチが煎れてくれたお茶を飲んだ。

「なんか最近、筋トレの限界を感じてきたんだよなあ」

「限界ですか?」

「ああ。いくらやっても疲れねえんだよなあ。重いとも感じねえし」

「バッキバキですもんね」

「紙ペラでも上げ下げしてるみたいな感じだぜ。千回やっても何ともねえ。小せえ頃から毎日やってたけど、この辺が俺の限界なのかなあ」

「副料理長の限界というよりは、人間の限界なのでは?」

ヘズモッチがそう言うと、デニスはお茶を一気に飲んで、立ち上がった。

「よーし、今日も料理でも作っかあ! 行くぞ、ヘズモッチ!」

「あ、あの、副料理長?」

「あ? なんだ?」

「副料理長に付いてから、いくらか経ちます。そろそろ、教えて頂いてもと思うのですが」

「……何をだ?」

「副料理長の秘密ですよ。だって、どう考えてもおかしいです。副料理長は料理学校も魔法学校すら出てなければ、聞くところによると何らかの専門的な訓練を受けたわけでもありません。なのに、どうやってそんなスキルとレベルが?」

「ああ? 秘密だって?」

デニスがヘズモッチのことを見ると、ヘズモッチは真剣な眼差しを返した。

「それを知れば、私も急成長できますか?」

「……なーんだ、そんなことか。それが秘密ねえ? 教えてやろうか」

「はい、ぜひ」

「いいか、誰にも教えるなよ?」

「約束します」

デニスは悪戯っ子な顔を浮かべると、腰をかがめて、背の低いヘズモッチに目線を合わせた。

「俺の秘密は、“毎日コツコツ、好きなことは徹底的に”、だ。わかったか?」

「……はい?」

「なんだってそうだ! ようし、今日も仕事するぞ、ヘズモッチ!」

「こ、答えになってません! 副料理長!」

「なはは、教えることは教えたぞ!」

そして現在。

追放者レストラン、ホール。

「……店長? 店長」

ウトウトしていたヘズモッチはそう声をかけられて、ふと我に返った。

夜の閉店後、追放者レストランのホールの椅子で、疲れてついつい座りながら寝入っていたヘズモッチは、自分に声掛けした従業員のことを見る。

「あの、本日の売り上げです」

「ああ、ありがとうございます。ご苦労様」

ヘズモッチは売上表をサッと眺めると、その表をそのまま従業員に突き返した。

「保管しておいてください。今日はもう上がっていいですから、また明日」

「それで……店長」

「……なんでしょう?」

「あの、大丈夫なのでしょうか。原価分すら回収できていません。このままだと、とんでもない大赤字です」

「心配しなくていいです。最初だけですから、大丈夫」

ヘズモッチはそう言うと、手で払いのけるような仕草をして、従業員を下がらせた。

何か言いたげにしながら、結局は下がっていく従業員の背中を眺めて、ヘズモッチは考える。

……正攻法では、あの人には勝てない。

今は物珍しさも相まって客を獲得できているが、このまましっかりとホールドして固定客にしなければ、すぐに客足を戻されてしまうだろう。

完全に勝利するまでは、この価格帯と話題性、料理の質を維持しなければ。

利益を上げていくのはそれからでも遅くない。まずはこの市場で不可逆的な勝利を手にするのが先決。

資金面については問題ない。

私は、大資産家の莫大な融資を受けている。それまでにどれだけ赤字を出したとしても、そこから利益を重ねていくためのシナリオは用意しているのだ。

しかし、勝てるだろうか? あの人に。

私は本当に勝てるのか?

一度だって、勝てたと思ったことはないのに?

いや、勝てる。

弱気になるな。

圧倒的な資金力に裏打ちされた広告、宣伝、内装、高級食材、そして私の料理人としての腕前。

負ける要素は無い。

ただ勝つのではない。完全勝利する。

それを成し遂げて、初めて、私は、

あの人の呪縛から逃れられる。

生涯で初めて、絶対に超えられない壁として立ちはだかった、あの人の呪縛を。

場所は移り、王都。

そこには、ギャアギャアと五月蠅い鳴き声が響いていた。

ロストチャイルの邸宅、その洋服室。

数々の珍しい洋服が収められているこの部屋には、衣服だけではなく、彼の収集趣味である幻獣たちも、数多くの檻の中に押し込まれて所狭しと並べられている。

もっともこの光景は洋服室だけではなく、彼の邸宅中がそうなのだが。

その幻獣たちの煩い鳴き声が響き渡る洋服室で、ロストチャイルは外出用の洋服を着こんでいた。

「ハームよ。人生において成功する人間と、成功しえない人間……つまりは勝利者と敗北者の違いとは何だと思うかね」

ロストチャイルはそう聞いた。

その傍で、彼の荷物を両手に持ったハームが答える。

「私にはわかりません、ロストチャイル様」

「それは成功に対する感覚の違いだよ、ハーム」

ロストチャイルはハームに向かって振り向くと、にっこりと微笑んだ。

彼の頬に深い皺が刻まれて、顔全体がくしゃくしゃに丸めた紙のようになる。

洋服室には、常人が聴き続ければ精神を病んでしまうような不協和音の鳴き声の重奏が響き渡っている。

中には、わざと悲痛な鳴き声を上げさせるために、檻の中で身体に杭を打ち込まれたまま放っておかれている幻獣もいる。彼らは生命力の高さゆえに死ぬことが無ければ、杭が刺さったままで自然治癒することもない。

そんな鳴き声が絶えず響いている。

しかしそれは、ロストチャイルにとっては心地良いオーケストラの演奏のようなものだった。

「成功者は常に努力している。彼らは突如として華々しい才能に開花して成功者となったのではなく、経験と努力の積み重ねの結果として莫大な成功を手にする。彼らにとって、成功とは突如手にした眉唾物の幸運ではなく、得るべくして得られた当然の結果にすぎない。誰かが言っていたよなあ。一夜にして成功するためには、十年の歳月が必要だと」

「はい」

ハームがそう応えると、ロストチャイルは鏡から目を離して、幻獣たちの檻をちらりと眺めた。

洋服室に揃えられている幻獣たちは、色とりどりの毛皮や体表色をした、珍しい体色の者たちだ。

この部屋にはそういった幻獣たちが合う。

「しかし敗北者は、その成功が、その卓越した能力が、まるで神からの福音であるかのように思い込む。彼らが費やした年月を無視して、自らも一夜にしてあのようになれるかのように思いこむ。手の届かない物に手を伸ばして飛ぼうと試みて、二度と立ち上がることができないほど落下する。初めから星に手が届く者など、この世界のどこにもいないというのに。彼らが見上げる星を手にした者たちも、そこに至るために、長い歳月をかけて階段を建てたというのに」

ロストチャイルは可笑しそうに微笑むと、首元の蝶ネクタイの具合を鏡で確かめた。

「翻って、敗北者を騙すのは容易い。彼らは常にチャンスを求めている。千載一遇の機会さえあれば、自分もすぐに何かを成し得ると信じ込んでいる。能力の高い者ほど、誰かがかけてやった梯子に喜んで足をかける」

ギャアッ、と一際大きな鳴き声が鳴り響いた。

檻の中で態勢を変えようとした幻獣の一匹が、打ち込まれた杭で肉を抉ったのかもしれない。

「あとは自分では降りられないほど梯子を上らせた後で、その梯子を外してやればいい」

ロストチャイルは蝶ネクタイの具合に満足すると、ハームを引き連れて、聞く者の神経を弓でこするような鳴き声が飛び交う洋服室を出た。

「さあ出向こうじゃないか。あの小娘を引っかけて、あわよくばブラックス・レストランも手に入るかと思ったが……そんなものよりも価値のあるものがあの街にある。それを手に入れる! 人類史上の伝説の宝物、必ず手に入れよう! この収集家の威信にかけて!」