軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7話 このアトリエ、約束は破らぬ。

ペラリ。

王都の病室で、本のページがめくられる音が響いた。

めくったのはアトリエ。

彼女は背もたれの無い小さな椅子に座りながら、分厚い本に視線を落としている。

ボロリ。

王都の病室で、全身に包帯を巻いた男からそんな音が聞こえそうだった。

大量の包帯が巻かれているのはデニス。

彼は大き目のベッドで上体だけを起こしながら、自分の隣で静かに座って本を読んでいるアトリエのことを眺めている。

「なあアトリエ」

「なに?」

「お前、学校行かなくていいのか」

「臨時休校」

「なら、家帰っていいぞ」

「大丈夫」

「宿題とかあるだろ」

「この本が宿題」

「家で読んでいいぞ」

「ここで読める」

ペラリ。

本を読みながらそう答えたアトリエは、またページをめくった。

ハア。

この銀髪の少女が意外と頑固なことを知っているデニスは、そんなため息を漏らした。

都立ユヅト魔法学校に、突如として巨竜が襲来したのは昨日の話。学校側の損害は時計塔と一部校舎の半壊、生徒に若干の軽傷者と、教員に若干の重傷者。そして、単騎にてドラゴンと交戦したデニス・ブラックスの重傷であった。

全身に火傷を負ったデニスは、ほぼ死にかけの状態だったらしい。しかし驚異的な回復力によって復活したデニスは、現在はそれなりに身体を動かすことが出来るようになっている。治療にあたった王政府の病毒術師ポワゾン曰く、自動回復系のスキルを所有しているとしか思えない、とのこと。念のため、デニスの血液は少量採血されて研究機関に回されている。

「バチェルは大丈夫だったのか?」

「軽傷と重傷の間」

「死んでねえなら良かった」

教員に発生した重傷者の中には、バチェルも含まれていた。ドラゴンを封じようとした教員たちに対し、突如として発せられた極大の範囲攻撃。これによって数人が意識不明状態の重傷となっているらしいが、その場にいたバチェルに関しては、隣に居たオリヴィアに守ってもらえたらしい。とにかく本当に、死んでいないようで何よりだ。

カチャン。

病室の扉が開かれる音がして、デニスはそちらの方を見やった。立っていたのは、肌面積の極大な深紅の装甲を身に纏った女性剣士。

『銀翼の大隊』二代目大隊長、『深紅の速剣』ケイティその人である。

「デニス! あんた大丈夫なわけ!?」

「おうケイティ、久しぶりだな」

「おひさ」

焦った様子でツカツカと病室に足を踏み入れたケイティに対して、デニスとアトリエがそんな挨拶をする。

「アトリエちゃん、お久しぶり。それでデニス! あんた大丈夫なの!? ほとんど死んだって聞いてたんだけど!?」

「大丈夫だ。全身に火傷を負っただけだから」

「全身火傷ってわりと死ぬんだけど?」

ジトリとした目でそんな風に返したケイティは、現在齢23と少し。4年前から着用しているビキニアーマーには若干の改良が加えられ、やや装甲の面積が増加。胸周りによりしっかりと下乳を支える胸甲と、手甲足甲が追加されていた。

彼女はチラリとアトリエのことを見ると、彼女に優しい口調で語り掛ける。

「ねえアトリエちゃん? 私、これからデニスとお話があるから。ちょっと席を外してくれないかしら?」

「どういうお話?」

「大人のお話よ」

「卑猥」

「ねえデニス。あんたアトリエちゃんに変なこと教えてないでしょうね」

「思春期なんだ」

◆◆◆◆◆◆

アトリエに退席してもらい、彼女が座っていた椅子には代わりにケイティが座り込む。彼女はやや煽情的に脚を組みながら、全身包帯姿のデニスのことを眺めた。

「生きてて何よりだけど、その分だとしばらくは動けなさそうね」

「さすがにな」

「なんだか厄介なことになりそうだってのに。あんたが戦力外なのは厳しいわね」

「どういうことだ?」

「あんたが戦ったドラゴンのこと。私の方にもいくらか話が回って来たんだけれど……聞く?」

「もちろん」

わかりきっていたデニスの返答を聞いて、ケイティは組んだ脚の上で頬杖を突いた。

「襲来した竜は、『古龍ニールフリート』っていう個体。初代王の時代から生きてるヤバい奴らしいわ」

「そんな奴が、どうしていきなり?」

「さっぱり不明。だけどニールフリートは、今から十六年前にも王国に現れたことがあった。ガト辺境伯の領地にね」

「ガトと言ったら……アトリエの友達に、チムニー・ガトっていう子がいる。あの時もちょうど、一緒に居たんだ」

「そのガトよ。チムニー・ガトの父親は、ガト家の現当主。十六年前に襲来したニールフリートをほぼ単騎で撃退し、『龍殺し』として名を馳せた当代きっての強者。レベルは100ではないものの、90後半らしいわ」

「そんな猛者だったのか」

ということは、その娘であるチムニーちゃんも……成長すれば、相当な使い手となる素質を秘めているのだろう。デニスはふとそんなことを考えた。

「その辺の関係で、色んなところが動き始めてるらしいの」

「というと?」

「今のところ唯一の焦点となってるのは、そのチムニー・ガトだから。古龍は十六年前にガト家に襲来。しかもそれはちょうど、チムニーちゃんの出生日と重なっていた」

「なんだそれ?」

「あの子の母親は、彼女を生んだその日に古龍の襲撃で死んだわけ。そして十六年後の今日、古龍はもう一度王国に現れた。王国に現れたというよりは、あのチムニーの目の前に現れたみたいにね」

「なにか関係があるのか?」

「さっぱり不明。だけれど点と点ではある。噂によれば、王国騎士団や王政府、さらにはエステル真王直属の秘密部隊がすでに動き始めてるらしいわ。もしも古龍が、今度は王都のど真ん中にでも降り立ったら大変なことになる。それを未然に防ごうとしてるんだと思う」

「まあ……あのエステルに任せておけば、大丈夫か……?」

「そうだと良いんだけど。あと言っときたいのは、アトリエちゃんのこと」

「アトリエ?」

「アトリエちゃんって、あのチムニー・ガトと仲良いんでしょ?」

「そうだが……」

「親友なのは結構なことだけど。しばらくは離しておいた方が良いんじゃない? 今、あのチムニーって子の周りは危なそうなんだから」

「……そうだな」

◆◆◆◆◆◆

ということで。

ケイティから一連の事情を聞いたデニスは、戻って来たアトリエにそれとなく話を振ってみる。

「なあアトリエ」

「なに?」

「お前……このあとさ、なんか用事とかあるの?」

「ある」

「どんな用事?」

「チムニーと一緒に勉強」

「あー……そうなんだ」

「そう」

ペラリ、とアトリエがまたページをめくった。

「あー……今日はさ、別にやんなくても……いいんじゃない?」

「なにを?」

「いやその……宿題な? 昨日、あんなことがあったばっかりだからさ」

「やる」

「ふーん……あそう……」

デニスは困った。

「チムニーちゃんじゃなくてもさ。ビビアとかと……やればいいんじゃない?」

「なにゆえ」

「ほら……あいつ、頭良いだろ。説明上手いし」

「一理あり」

「だろ?」

「でも約束は約束」

「うーん……まあ、そうだよな……」

デニスは困り果てた。

「あー……そうだ! 俺が教えてやるよ」

「なにを?」

「だから、宿題」

「デニス様が?」

それを聞いて、アトリエは少しばかり目の色を変える。

おっ、食いついた。

「見せてみろよ。ほれ、教えてやる」

「う、うん」

何となくドギマギとしだしたアトリエが、デニスに宿題の本を見せる。

高等魔法学序論

『魔法』が『スキル』の一形態にすぎないということは、一般的にもよく知られた話である。奇械王が『魔法の祖』と称されるのは、この世界から魔法を発見したからではなく、『スキル』の魔法形態としての運用法を、具体的かつ体系的、尚且つ実用可能かつ習得可能な形で纏めた功績からであろう。確かにこういった事実から考えるならば…………『魔法』と『スキル』の代表的な差異の一つは、それが使用者にとっての外的な作用か内的な作用であるかだが…………近年では区別自体が無意味であると言わざるを得ず……解析スキルによっても、両者は同様に『スキル』として認識されることが大半であることから…………。

………………。

…………。

……。

設問1

スキルの『魔法形態としての運用』とは、具体的にどのような行為を指すか。400字以上800字以内で説明しなさい。

「教えてデニス様」

「お、おう。任せとけ」

わっかんねええええええええええええ!?

デニスは心の中で叫んだ。

えっ、そうなの? スキルと魔法って別物じゃないの? 俺その辺気にしたこと無いんだけど? あーわかんねえなこれ。全然わかんねえわ。大体何書いてあるのかもわかんねえわ。難しい言葉が多すぎるわ。ストリートチルドレン出身には荷が重すぎるわ。どう誤魔化すかなあ。いやわかんねえなこれ。素直にわからんって言うべきかなあ。

「これは……つまり、アレだよ」

「うん」

「いや……なんだろうなあ」

「うん」

「やっぱ、アレじゃないか」

「うん」

「ビビアとかに聞いた方が、良いんじゃないか?」

「デニス様もわかんない?」

「いや、わかんないわけじゃないんだけど。ほら、あいつに聞いた方がさ。良い感じに纏めてくれるかなっていう……」

「わかった。じゃあチムニーもわかんなかったら、そうする」

「いやだから、チムニーちゃんじゃなくてビビアに……」

「約束は約束。このアトリエ、約束は破らぬ」

「ちょこちょこ強キャラみたいな口調になるのなんで?」

ケイティから『チムニーとアトリエは離しておいた方が良い』と忠告されたばかりではあるが、当のアトリエは鋼の初志貫徹少女である。主張せずとも妥協せずの女の子であった。

一体どうしたものかな、とデニスは思う。

いやこれは、正直に言うのが一番だろう。

「正直に言うぞ。チムニーちゃんとの勉強は、今日はよしておけ」

「なにゆえ」

「ちょっと、あの子の周りが危ないかもっていう噂を小耳に挟んでな。できれば一緒にいてほしくない」

「危ない?」

「詳細はわからないんだが、危ないかもしれないっていうことだ。厄介事に巻き込まれるかもしれん」

「なるほど」

「ということで、今日は無しだ。大人しく家に帰っておけ」

「でも、危ないときこそ一緒にいてあげるのが友達」

アトリエに真っ直ぐそう言われて、デニスはやや困る。

「そういう考え方もある」

「デニス様ならそうする」

「たしかにそうするかもしれん。だが俺だって、自分じゃどうしようもないことには関わらん」

「そんなことない」

「今まではたまたま、腕力で解決できることが多かったからそう見えるだけだ。あとは……後に引けない状況になったりな」

「エステルも言ってた。『死んでも守ってくれた友達がいる』って。アトリエも、友達が危ない目に遭うなら、死んでも守ってあげたいと思う」

「でも、お前には守ってあげる力は無い」

「なら、もしも本当に危なかったとしたら。見捨てるということ?」

「そういうことじゃない。むやみに話を大きくするな」

「…………」

アトリエは黙ってしまった。

デニスは言葉を選びながら、続ける。

「なにも、友達をやめろって言ってるわけじゃない。ドラゴンに襲われたり色々あったわけだから、落ち着くまでは大人しくしてた方が良いってことだ。わかるか?」

「うむ。わかった」

「よし。それじゃあ、これからどうする?」

「家に帰る」

「それでいい」

アトリエの頭をワシャワシャと撫でてやると、彼女はくすぐったそうに片目をつむった。

そのまま読んでいた本をパタリと閉じたアトリエは、病室からパタパタと歩いて出て行く。

それを見送ってから、デニスは「ふう」と息を吐き出す。

わかってくれたみたいで何よりだ。

あのアトリエはこの世界でも指折りの頑固者であることは間違いないのだが、デニスの言いつけを破ったことは……おそらく、一度もない。久しぶりに大怪我もしてしまったし、厄介事の色々はエステルや他の面々に任せることにして、ゆっくり休んでおこう。

そんなことを考えながら、デニスはもう一度寝入ることにした。

◆◆◆◆◆◆

デニスの病室を出てから、アトリエは足早で廊下を歩いている。

その目的地は、親友であるチムニーのもとである。

親友の身に何かあるかもしれないと聞いて、黙っていられるアトリエではない。その気質はデニスから継いだものなのか、それとも実親であるファマス卿から継いだものなのか。

それとも、これまでの全てから育まれたものなのか。

とにもかくにも。

アトリエは初めて、デニスの言いつけを破ることにした。

でも一旦家さえ経由すれば、約束を破ったことにはならない。