軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話 竜が堕ちる日

その褐色肌のドラゴンの全長は、王都に立ち並ぶ家屋を凌ぐほどの高さがあるように見える。

空より剛速球で投げられた鋼球のようにして墜落してきた巨竜は、落下の軌道上で学校の南に建つ時計塔と接触して、堅固な石造りの構造を粉々に打ち砕いた。その破壊的な衝撃で、巨体は砕け散る石壁の中できりもみになってよろめき、そのまま中央広場の上空を滑り転がるようにして落下していく。

バサリッと何とか片翼を羽ばたかせるが、それは落下の軌道を気持ちばかり和らげるにすぎない。墜落していく巨体の落下予想地点は、直前にアトリエがチムニーを頭の上に載せて走り出した、その校舎であった。

「ぎょえええええーっ!? なんですの!? なんですのアレぇ!?」

窓から見える光景の意味を理解してしまったチムニーは、アトリエの頭の上に腹で乗りながら、上品に育てられた上流貴族の娘とは思えない素っ頓狂な悲鳴を上げる。

「チムニー。キャラが崩壊してる」

「向かってきますわ! こっちにめちゃくちゃ落ちてきますわーっ!」

「直撃を避けるよう努力している」

「いや、これ無理では!? 死んだのでは!?」

「実はアトリエもそう思う」

チムニーを頭上に載せながらパタパタと走るアトリエではあるが、いかんせん、巨竜の校舎直撃までに避難が間に合いそうにはない。

全力で走った所で、直撃からの即死は避けることができても……崩壊した校舎の瓦礫の下敷きとなって、チムニー共々圧死する未来はなかなか避けがたいように思える。

デニス様の足なら間に合うのに。

アトリエはふと、そんなことを思った。

「うぎゃーっ! 死ぬー!? 下ろしてくださいませーっ!」

「下ろしても死ぬと思う」

「下ろさないで! 頑張って走ってー!」

走りながらそこまで言い合ったところで、時間切れ。

隻翼竜の巨体が、校舎の横っ腹へと……つまりは二人の存在する廊下の壁へと、ついに墜落しようとする。その巨竜の身体が、高速で打ち出された鉄球のようにして校舎を粉々に粉砕し、未曽有の被害を与えようとする……その刹那。

ズガガガガガガガガガッ!!!

突然。

轟音と共に、窓の外が瞬く光に包まれた。

何かが炸裂して爆発するかのような光が窓から溢れ、こちらへと突っ込んできた竜の巨体が、眩い白光の中で姿を消す。その次の瞬間。校舎は巨人の手で揺さぶられたかのような激しい振動に襲われて、チムニーとアトリエはその場に倒れ込んだ。

「ひええーっ!? 一体なんですのー!?」

「落ち着いて。チムニー」

『頭上運搬』スキルを解除したアトリエは、地鳴りの中でチムニーを頭から下ろす。素早く首を振って周囲を確認し、窓の外を見た。そこに、こちらへ突っ込んできていた竜の姿は無い。

しかし代わりに見えるのは、窓の外に垂れる竜の尻尾と思しき巨大な尾と、上からガラガラと振ってきている大小さまざまな瓦礫。凄まじい速度で飛来してきた巨竜は、どうやら何らかの干渉によって墜落の軌道を逸らされ、校舎の上の階層……おそらくは屋根の付近に激突したらしい。

「なるほど」

状況を理解したアトリエが、小さくそう呟いた。

しかしそれならば、巨竜の墜落を逸らすほどの干渉とは一体?

窓の外へともう一度目を走らせると、青空の中にもう一つの小さな影が見えた。

攻撃を終え、空中でホバリング飛行に切り替えながら滑空する小さな人影。

肩から2連装砲を伸ばした、飛行するメイド服。

それが何者かを見止めると、アトリエは思わず叫ぶ。

「オリヴィア!」

アトリエがその名前を呼んだその間にも、竜の校舎への墜落直撃を防いだオリヴィアは、ホバリングからジェット飛行へと状態を切り替えて、弧を描きながら警戒するようにして空を飛翔していく。おそらくは竜の墜落に誰よりも早く気付いて飛び出し、その正確無比な光弾の連射によって墜落の軌道を逸らしてくれたのだ。

「助かった」

アトリエが小さく微笑むと、状況を何も理解していないチムニーが、パニくりながら叫ぶ。

「な、なーにが助かりましたの!? 竜が降って来たんですわよ!? 大変ですわ大変ですわぁ!?」

「チムニー。落ち着いて」

「い、一体どうすればいいですの!? アトリエ、一緒に逃げましょう!」

「落ち着いて」

「いや待って! みんなに知らせないと! いやもうみんな気付いてらして!? ああもうどうすればいいかわからないですワグバァッ!?」

錯乱していたチムニーは、アトリエの鋭い平手打ちを食らって小さく吹き飛ぶ。

「落ち着いて。チムニー」

アトリエは次の平手打ちを構えながら、倒れ込んだチムニーににじり寄る。

チムニーは涙目になりながら、やや血の気が引いた表情で声を震わせた。

「ど、どうしてブチましたの……?」

「攻撃スキル『平手打ち』を使った。落ち着いて欲しかった」

「それ、絶対スキルじゃないですわ……」

「バレた」

「ただのビンタですわ……」

「でも落ち着いた」

アトリエがチムニーを立たせると、何処からか、風の魔法によって届けられた声が響き渡る。どうやら、状況は刻一刻と動いているようだった。

『主任助教授のバチェルです!』

短く名乗ったその声は、校舎全体に魔法的な作用によって力強く響き渡る。

『緊急事態発生、緊急事態発生! 生徒の皆さんは職員の命令に従い、その場で待機するか避難を始めてください! 落ち着いて、決してパニックにならないでください!』

その説明は、早口ながらも念を押すようにして2度繰り返された。

『全職員へ! 第一校舎にドラゴンが襲来、ドラゴンが襲来しました! 現在授業を受け持っている職員は、各々の判断で生徒を保護して避難行動に移るんやで! ……じゃなくて、移ってください! その他の職員は、第一級緊急状況に従い、襲撃したドラゴンの制御に参加してください!』

その指示を聞いてから、廊下で二人ぽつんと孤立しているアトリエとチムニーは、顔を見合わせた。

「先生の指示に従うと言っても、私たち……」

「どうしよう」

◆◆◆◆◆◆

中央広場に手の空いている職員が集結するまでに、それほど時間はかからなかった。

各々の方法で広場へと参上した警備の職員や教授や助教授たちは、すでに自分の杖や得物を構えながら、第一校舎の屋根に突き刺さって覆い被さるようにして墜落した巨竜へと注意を向けている。

その中には、魔法でいち早く指示を届けたバチェルの姿もあった。

「動かへんな……気絶してるんやろか?」

そんなことを呟いたバチェルは、4年前から年を重ねて現在21歳。

身長など大きな部分に変化は無いものの、その顔立ちは大人びて、艶がかった雰囲気がある。

「バチェル様! 具合はいかがデショウカ! オリヴィアにできることはアリマスカ!?」

その隣に、メイド服のオリヴィアが着陸してくる。

魔法人形のオリヴィアについては、4年で外見の変化は一切なかった。その内部的な性能には、様々な改良が加えられているのではあるが。

「いや、まだ大丈夫や。それより、校舎への直撃を防いでくれて感謝やで」

「お役に立てテ、オリヴィアはとってもウレシイ!」

「でも……ここからどうするかやな……」

そう呟きながら、バチェルは辺りを見回す。

墜落の衝撃とオリヴィアの攻撃のダメージによって、あのまましばらく意識を失ってくれれば助かる。そうすれば、すでに救援要請を送っている騎士団や王政府からの人員が到着し、ドラゴンへの対応はかなり楽になるだろう。

しかしもう一つの、最大の懸念事項は…………

そもそも戦闘人員が数百人と到着した所で、あのドラゴンを制御しきれるのか?

という部分だった。

エステルまで話が届いて真王自身が参上してくれれば、『 虚実重なる王の逸話(エクスカリバー) 』の圧倒的な火力によってドラゴンを撃退できる可能性は高い。しかし自分も含めた他の有象無象が束になったところで、あの『動く災厄』たるドラゴンに対して、どれだけの交戦が可能なのだろう。

「ガト家には連絡が取れたんかな?」

傍に立っていた職員に、バチェルはそう尋ねた。

「高等部一年の、チムニー・ガトの父親ですか?」

「そう。『龍殺し』も居てくれると、心強いんやけど……いやそもそも、当主は王都におらへんのかな?」

「おそらく連絡を取っている所でしょうが、その可能性は高いでしょうね」

はあ、とバチェルはため息をついた。

他に王都に居る面子で頼りになるのは、『銀翼の大隊』の長であるケイティ、元『王国騎士団』の団長であったジョヴァン、現騎士団の戦闘幹部陣に、『ブラックス・レストラン』の料理長であるデニス……それに、学校の有力な教授陣。

バチェルが知っている範囲では、それくらいだろうか?

ドラゴンが突然襲来するという未曽有の危機的状況。

他の有力な冒険者パーティーも交戦に参加してくれれば、ありがたいのだが……。

またバチェルがその中の誰よりも信頼を置いているのは、あのデニスだった。

店長がこの場に駆けつけてくれれば、非常に心強い。しかし、ドラゴンがいつ起き上がって来るかわからないこの状況で、重要な対空戦力であるオリヴィアを連絡に飛ばせてしまうのは心もとない。

「とりあえずは、しばらく寝ててくれるのを祈るしか……」

しかしそう呟いた瞬間、その願いは叶わなかったことをバチェルは察した。

第一校舎の上で伸びていた竜の巨大な片翼が、寝起きに上げられた腕のように、バサリと振り上げられる。竜は傷だらけの片翼で力なく校舎の屋根を叩くと、鱗に覆われた太い首を持ち上げた。

「おおお……!」

「お、起きたみたいだぞ……!」

交戦のために出動していた職員たちの、怯えが混じった声が溢れ出した。

歯噛みしたバチェルは、杖を構えてオリヴィアに指示を出す。

「ちっ……! 思ったよりも早いもんやな! オリヴィア! 空から光弾を撃ち降ろして、注意を引き付け――――」

しかしそれを言い終わる前に……

バチェルは目の前の光景に、目を細めた。

いつの間にか。

校舎の屋根に墜落していた竜の巨体が、消えてしまった。

まるで手品のように、蜃気楼のように。

一瞬にして、大質量の巨体が消滅したのだ。

「は?」

目を擦ってもう一度見てみるが、やはり竜は、影も形もなく消えている。

一瞬前まで竜が伸びていたはずの校舎の屋根は、墜落によって破損した部分だけが、そのまま崩れていた。理解が追い付かない状況だった。

いや、まさか。

バチェルは頭で理解するよりも先に、とある直感的な推論に辿り着く。

これは、竜の特性の……つまり……。

不意に、バチェルは凄まじい怖気を感じた。

一瞬にして姿を消した竜がどこにいるのか、バチェルは直感で理解する。

自分の背後から、痛いほどに渦巻く魔力のうねりを感じる。

素早く振り返ってみると、それはそこにいた。

自分よりも数倍背丈の高い巨竜は、いつの間にかバチェルの背後に移動していて、そのまま彼女に向かって倒れ込もうとしていた。

「――――――あっ」