軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

AFTER2 ビビア (中編)

誰も来ない部屋に、女の子に二人きりで呼び出されたとあっては……

男の子としては、まさか行かないわけにはいかない。

ビビアは呼び出された先の実験室へと向かいながら、色々と思考を巡らせている。

これは……つまり、そういうことなんだろうか?

やっぱり告白とかされて……それで、その先も……?

いやいや! やっぱりそこはだな!

僕も男として、彼女にバシッと言ってあげないといけないよなあ!

たとえば……

「ヴィンツェさん。気持ちは嬉しいけど……僕も実は、あれから気持ちの整理がついてなくてね……返事は、その後でもいいかな……」

なんてね! なんてねー!!

色々な妄想をはちきれんばかりに膨らませたビビアは、つい先ほどの自分の失態など、頭の片隅の極北の向こう側へと消えてしまったようだった。

ドキドキの胸を抱えながら実験室の扉に手をかけて、嫌にひんやりとした金属製のノブをひねる。感覚が鋭敏になっているような感じがあった。

扉を開いてみると、実験室の机の一つに、ヴィンツェが腰かけていた。

彼女は窓から差し込む夕焼けの赤光を浴びながら、部屋に入って来たビビアの方を振り返る。

「ビビアくん。来てくれたんだ」

「ああ、ヴィンツェさん。そのさ……」

ビビアが小さな鼻頭を指で掻きながら、気恥ずかしそうにそう言った。

そんな彼の様子を見て、ヴィンツェが微笑む。

「ちゃんと来てくれて、嬉しいな」

「う、うん。あの、それで、用件って……」

「ありがとう。チョロくて助かったよ」

「はい?」

ビビアはそんな声を上げた。

次の瞬間、後ろから伸ばされる手が、ビビアの首元を捕まえる。

「……ぅえっ?」

背後から襲い掛かられて、ビビアはそのまま床に組み伏せられた。

視界がドタドタと倒れて、意味がわからないまま地面に転がってしまう。

細い首を掴まれて、後ろ手に関節を極められ……頬を床に押し付けながら、ビビアは目を白黒とさせる。

「へっ……へっ!?」

ビビアは身体を捻り、自分のことを組み伏せた男の顔を確認した。

その顔を見て、彼はさらに混乱してしまう。

「べ、ベルペン先生……?」

先の授業で「幻霧祭の夜に戦った」と自称して、ビビアの不信感を買っていた男性教諭。

彼が表情を押し殺した顔で、大人の力を使ってギリギリとその細腕を極めていた。

「ちょっとは手こずるかと思ったら。案外あっけないものね」

机の上に座っていたヴィンツェは、そう言ってピョコンと床の上に降り立った。

全くもってわけがわかっていない様子のビビアは、彼女のことを見上げながら、震える声を絞り出す。

「あ、あの? ヴィンツェさん?」

「やっぱり、思春期の男の子ってどいつもこいつもこうなのかな……? ちょっとチョロすぎない?」

「えっ、これは、なんで……」

半分泣きそうになっているビビアを見下げて、ヴィンツェは微笑んだ。

「あなた。あのデニス・ブラックスに、大層可愛がられてるみたいじゃない」

「デニスさんが……なんだ? どうしたんだ?」

「ビビア君。あなたは餌なの。あのデニスを引き出すための、可哀そうなエサ。この世界に、ヒース様を再臨させるための……生贄ってとこね」

「ヒース、様……?」

そこまで聞いたところで、ビビアはハッとした。

「まさか君は、『子供たち』の……」

「ご名答。あの夜に、ミニョンもメルマも絵描きもフィオレンツァ様も。みーんな一網打尽にされちゃったけれど。私はその残党ってとこね」

懐から小杖を取り出しながら、ヴィンツェはそう言った。

「私たちと一緒に来てもらうわよ、ビビア・ストレンジ! あなたを人質にとって、あのデニスをおびき出す!」

「そ、そんなことをして……どうするつもりだ!」

「ヒース様は死んでしまったわ。だけどまだ……その実弟であるデニス・ブラックスがいる! 血の繋がった双子である彼なら……きっと、ヒース様の代わりになってくれるはず!」

うっとりとした表情を浮かべながら、ヴィンツェは杖の先に魔法を蓄え始める。

「あのデニスなら! きっとヒース様の思想に目覚め、同じことを成し遂げてくれるはずだわ! 私たちを率いる、第二のヒース様になってくれるはず! お前はそのための人質になってもらうっ!」

「そ、そんな! 上手くいくかあ!」

「あはは。そう思えるのは私の魔法を知らないから」

ヴィンツェは微笑みながら、杖の先から紐状の魔力を引き出した。

カーテンの隙間から零れる陽光の帯のような、不思議な魔力の紐。

それに魔力を再充電すると、バシンッ! という音を立てて光量が増し、白く輝く縄のように実体化した。

「物体と非物体を問わず、がんじがらめに縛り付けて意のままに操る拘束魔法! 人の心を拘束することで疑似催眠のような効果を発動する、この私の魔法があれば! あははは! あはははは!」

高笑いするヴィンツェを見て、ビビアは背筋が凍るのを感じた。

あのヒースを信望する、『子供たち』の残党……!

幻霧祭の夜にみな拘束されたと聞いていたけれど、まだ残っている者もいたのか……!

「べ、ベルペン先生っ! どうして、なんでこいつに協力するんだ!」

身をよじりながら、ビビアは自分の背後にそう投げかける。

この先生も、すでに彼女の魔法の拘束下にあるのか――?

ビビアを組み伏せるベルペンは、何かに憑りつかれたような眼をしていた。

「彼女から話を聞いたよ……私も、彼女の大いなる野望に参加させてもらう! あのヒースが目指したという『世界の終わり』! このまま学校の一教員として終わるなんて、まっぴらごめんだ! 私も、大きな計画のために戦うのだ!」

自分を拘束するベルペンの目を見て、ビビアは何かを感じた。

同じだ……この男は、昔の僕と同じだ!

自分の才能が、正しく評価されていないという劣等感。

自分には、もっと大きな何かが出来るはずという妄想。

そのために手っ取り早い非日常と承認を求める……自己実現欲求。

そんな激しく渦巻く内面を、彼女の魔法によって捕らえられたのか――?

「くそっ! お前ら、どうするつもりだ! 僕を、デニスさんを! どうするつもり――」

ビビアがそんな叫び声を上げようとして、ベルペンの手で口が塞がれる。

「んぅー! んんぅーッ!」

「痛くしないから、心配しないでね。ビビアくん」

ヴィンツェがそんな声をかけながら、ビビアの身体に魔法の縄を巡らせる。

彼の身体を縛り付けて食い込み始めた光の縄は、そのまま皮膚を通過して、もっと深い部分を縛り付けようとした。

「大丈夫。あなたの心を拘束してあげるわ。言いなりにしてあげる……」

「んんぅーっ! んんー!」

口を塞ぐ手のひらの奥から、ビビアのくぐもった悲鳴が響く。

そこで、不意に。

とつぜん、実験室の扉が開いた。

「ビビア―。お前、こんなとこで何してんだ」

扉を開きながら、登場した人物。

その大きな背格好の男を見て、実験室の三人が全員固まった。

「……はえっ?」

思わず、ヴィンツェまでもがそんな間抜けな声をあげる。

実験室に入って来たその大柄な男……筋肉質な、コック風の服装をしたその男は……

スキルを発動しようとしていたヴィンツェと、ビビアを組み伏せているベルペンと、床に這いつくばっているビビアを順番に見てから。

一瞬間を置いて、口を開いた。

「なんだこりゃあ!」

「で、デニスさん!?」

ビビアが叫ぶと同時に、ベルペンが組み伏せていた身体から手を放し、ヴィンツェと共に戦闘の構えを取った。

「で、でででデニス、ブラックス!?」

ヴィンツェが混乱した調子でそう叫ぶと、デニスも同じくらい混乱しながら叫び返す。

「な、なんだこれは!? どういう状況だ! ビビア、お前なんで縛られてるの!? そういうプレイなの!? なんで学校でそういうプレイをしてるの!?」

「いや、違うんです! 違くないんですけど、違うんです!」

光の縄で全身を複雑に縛られるビビアが、そう叫び返した。

混乱の渦中にあるヴィンツェも、負けじとデニスに向かって叫ぶ。

「で、デニス! どうしてこんなところに!?」

「ビビアのクラスメイトに聞いたんだよ! 実験室に歩いて行ったって!」

「いや! なんでこんな、魔法学校に!?」

「だ、駄目かよ! 俺、ここの食堂の監修やってんだよ!」

「はっ! そんなこともあったなあ!」

ビビアは以前に、デニスと一緒にこの学校を訪れた時のことを思い出した。

「ビビア! 何やってんだてめえ! これはどういうことだ!?」

「あのですねえ、デニスさん! これはですね!」

「学校は、その……そういうことをする所じゃないだろ!」

「いや! これは魔法が悪いんですよ! そういう見た目になってしまう魔法の方が悪いんですー!」

「お前、ついに襲われる側になったわけか!? 性的な目的で襲われる感じの魔法使いになったわけか!? どういう方向で成長してるんだお前は!」

「違う! 違わないような気もするけどちがーう!」

ビビアが微妙に服をはだけさせながら、身動きの取れない様子で叫んだ。

ベルペンと共に対峙するヴィンツェは、歯ぎしりを立てながら杖を構える。

「ま、まあ! 手間が省けたということね! デニス・ブラックス! ここで、あなたは捕まえさせてもらうわ! ヒース様から譲り受けたレベル90級スキル、喰らいなさい!」

「魔法学校の教員を舐めるなよ、デニス!」

「ああ? なんだこの野郎」

デニスは面倒くさそうにそちらを見ると、指をポキポキと鳴らす。

「まあ、ちょうどいいや。最近ありがてえことに料理ばっかりだったからな。たまには、身体動かしたっていいだろうよ」