軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 ラスト・マン・スタンディング

デニスの拳が、ヒースの頬骨を打ち砕く。

ヒースの拳が、デニスの鳩尾に突き刺さる。

「『 英雄は(バタフライ・) 斃れず(エフェクト) 』ッ!」

「『 反転予知(ラプラス) 』ッ!」

互いに、過去改変と未来予知のスキルを起動しながらの単純な殴り合い。

しかしもはや、互いに全ての過去を改変し、全ての未来を避け切れるわけではない。

勢いに任せたデニスの拳が、ヒースの頬肉を抉るように殴り抜ける。

頭蓋の骨にヒビが入り、ヒースはその場に倒れ込みそうになった。

しかし踏みとどまると、腰から回した素早い返しの拳がデニスの鼻骨を砕く。

「ぐぅうぅっ!」

「がぁぁあっ!」

互いに休みなく殴り合いながら、行動不能に繋がる致命傷のみを改変し、避ける。

余計なスキルを発動させる余裕は無い。

これはつまり、消耗戦だった。

大量出血で半死半生の状態であるヒースは、たとえ数秒の過去を修正しようとも、継続する多量の出血を止められるわけではない。その間にも、スキルを発動するための体力は、身体中の傷口から血の形となって垂れ流れ続けている。

対するデニスも、死ぬわけではない未来を躱す余力は残されていない。攻撃を避けるための体力の全ては、一撃でも多くの拳を振り上げるために注がれている。

打拳が命中するたびに、身体を破壊する惨たらしい音と共に血しぶきが飛び散る。

二人の周囲が互いの鮮血に塗れて、石床の上に血溜まりを作る。

それでも、赤く染まる拳で、血に染まる両者を殴りつけ合う。

自分が倒れることは考えていない。

相手が倒れ伏すまで、殴り続けるまで。

「ごばぁっ!」

腰を回転させて打ち込んだデニスのボディが、ヒースの横っ腹に突き刺さった。

肝臓に衝撃が走り、ヒースの身体が真っ二つにへし折れて、その唇から涎と血反吐が飛ぶ。

「ガァアッ!」

踏みとどまった足を起点として、突き返すように放たれた拳が、デニスの顎に命中した。

脳を揺さぶられて、足がふらつき、その場に倒れ込みそうになる。

しかし結局、お互いに倒れない。

相手を地に伏すために、死力を尽くして。

動かない身体から、無理やりに拳を突き出し合う。

その中でカウンター気味に突き刺さった一撃が、ヒースの顎骨を粉砕した。

彼はなおも踏みとどまろうとするが、その間にも垂れ流れ続ける出血に、ついに膝がポキリと折れる。

「ぐぁっ……」

ゴシャリ、とヒースが倒れた。

受け身を取る余力すら存在せず、殴り倒された勢いのままに、石床へと頭をしたたかに打ち付ける。

その瞬間、赤い閃光が迸って、ヒースは最低限の過去を改変した。

倒れた際に割れた頭蓋骨だけを修正し、震えながら立ち上がる。

「ぐ、ぐぅうぅぅっ……」

しかし……

何とか立ち上がったヒースは、両手を上げることすらできない状態だった。

致命傷は過去改変で無かったことにできるが、絶えず全身の傷から流れ続ける出血が、じわじわと彼を行動不能に追い込もうとしている。

それを見て、デニスが踏み込んだ。

「ぉぉおおおおっらぁああっ!」

「ごぉっ!」

渾身の右ストレートを喰らって、ヒースの口から惨い呻き声が漏れた。

もはや踏みとどまることすら出来ず、そのままの勢いで背後に吹き飛ばされ、固い石床に全身を打ち付ける。

過去改変の赤い閃光が、弱弱しく火花を散らした。

「ぁぁ……ぐぁ……ぁ……っ」

もはや、意識があるかさえ怪しい。

それでもヒースは立ち上がった。

しかし、震える両脚で立とうとも、ぶらりと垂れ下がった両手には、格闘の構えを取る余力すら残っていない。

「立ち上がるな……ヒース。お前の負けだ……」

デニスがそう言った。

「ぐぁ……がぁ……」

それでも、ヒースはふらふらと、いつ倒れてもおかしくないような歩みで、デニスに向かって来ようとする。

「お前は強いよ……俺よりも強い。ジーン料理長が、みんながいなけりゃ……倒せなかった。お前が……お前が最強だ」

「が……ぁ……」

「だから……もう倒れてくれ。もう、やめてくれ」

デニスの言葉は、ヒースに届いているのか。それは定かではない。

彼はふらつきながら、酔っ払いのような足取りで、なおも向かってくる。

「もう……やめろって! 言ってるんだろうがぁ!」

踏み込んだデニスが、ふたたびヒースを怒りと力に任せて殴りつけた。

何かが砕けて弾けるグロテスクな音が響いて、また彼の身体が床に転がる。

「はぁ、はぁ……」

あまりに惨い感触に、デニスは泣きそうになっていた。

パチリ……と小さな赤い火花が飛び散って、ヒースの身体がゆらりと立ち上がる。

「ぁ……ぁ……」

彼は右手を前に伸ばして、歩き出す。

その手は何かを求めるように、探るように差し出されていた。

何が、見えている……?

デニスはふと、そんなことを思った。

二人は同じ場所で立ちながら、

全く別の物を見て、全く別の物と戦っているような。

そんな不思議な感覚が、デニスの脳裏に過る。

「うぁぁぁああぁぁああっ!」

デニスは雄叫びを上げながら襲い掛かり、ふたたび、ヒースの顔面を殴りつけた。

◆◆◆◆◆◆

王国騎士団本部の通路。

不思議なことに、そこには誰もいないようだった。

ヒースはそこで、一人で立っていた。

「…………?」

見てみると、ヒースは騎士団の白い幹部礼服を見にまとっている。

なんの用があって、ここにいるんだっけ?

ふと目の前を見てみると、通路の奥に。

ネヴィアやヒマシキ、それにキャノンが立っているのが見えた。

「ヒースさーん。遅いですよー」

「置いてっちまうぜ、大将」

「…………………………………………………………………………先、行きますよ」

三人はそんなことを言った。

「おいおい、待ってくれよ」

ヒースはそう言って、三人の下に歩いて行こうとする。

しかしなぜか、足がうまく動かない。

ふらついてしまって、うまく前に進めない。

「どうしたんですか、ヒースさん」

通路の奥から、ネヴィアの声が聞こえる。

「わからん……」

ヒースは、弱弱しくそう呟いた。

「足が、動かなくて……うまく歩けないんだ……いま、行くから。待ってくれ……」

◆◆◆◆◆◆

立ち上がったヒースは、よろめきながら、デニスの方へと歩いて来ようとする。

拳を喰らわずとも、途中で膝が折れて、ゴシャリと倒れてしまうこともあった。

しかしそれでも、ヒースは震える小鹿のように立ち上がって、デニスの方へと歩いて来る。

何度殴りつけても、何度床に転がそうと、

手を伸ばして、何かを掴もうとするように、彼は歩みを止めない。

その血まみれの顔に、涙が伝うのが見えた。

「もう……やめろ……!」

目の前まで歩いてきたヒースを、デニスはふたたび殴りつける。

顔面の骨を砕き、吹き飛ばし、床の上で何回も転がす。

あまりに弱弱しい、過去改変の火花が、一瞬だけ迸った。

もはやヒースに意識が無いことは、デニスも気付いている。

何かの執念で。

何かに辿り着くために。

彼はすでに死に絶えようとする身体で立ち上がって、歩こうとしている。

デニスは石床から、肉切り包丁を一本だけ錬金した。

それを握って、彼はヒースを待ち構える。

ヒースは何かに手を伸ばして、よろめきながら、デニスに向かってくる。

◆◆◆◆◆◆

騎士団本部の廊下を、ヒースは苦労しながら、少しずつ歩いていた。

奥に見える三人の所へ辿り着こうとするが、むしろ距離が遠くなっていくような感じさえある。

彼は一歩一歩、何とか足を持ち上げて、よろけながら手を伸ばした。

「待ってくれ」

ヒースは泣きながら、そんな声を漏らす。

「僕を……俺を、置いて行かないでくれ」

歩みが重い。

世界の重力がおかしくなってしまったようだ。

それでも、彼は歩こうとした。

少しずつ進んでいるはずなのに、三人との距離は離れていく。

彼はそれでも、手を伸ばした。

◆◆◆◆◆◆

デニスが踏み込んだ。

目の前の自分へと手を伸ばす、ヒースに対して。

その身体に向かって、倒れ込むようにして、渾身の肉切り包丁を叩きつける。

もはや、包丁を振る力すら残っていないデニスの一撃。

床に膝を突きながら、何とかその刃をヒースに押し当てて、デニスは声を張り上げる。

「『強制退店の一撃』!」

ヒースの胸元に包丁が命中し、一瞬だけ彼の動きの全てが止まった。

その瞬間、最後の力を出し切ったデニスの身体が、床に倒れ込む。

効果の強制発動までのタイムラグ。

座標移動の強制が付与されるまでの、刹那の猶予時間。

それが終わった瞬間。

ヒースの身体は、何かに引っ張られるようにして、凄まじい勢いで背後へと吹き飛んでいく。

空中を飛びながら、過去改変の火花が一瞬だけ迸った。

『強制退店の一撃』の効果付与を無かったことにする、なけなしの過去改変。

しかし。

ゴツン、と惨い音がして、ヒースは背後の壁面に強く叩きつけられた。

飛んで行った勢いで、固い石壁に背中と後頭部を打ち付けて、彼の首の骨が砕ける。

彼の身体はそのまま落下して、石床の上にグシャリと転がった。

うつ伏せのままで倒れた彼の身体は、それ以上動かない。

過去改変によって生じる、赤い閃光も炸裂しない。

この世の全てが、動きを止めたように感じられた。

デニスはその場に跪きながら、ピクリとも動かなくなった彼の身体を、しばらくの間眺めていた。

階段から、みんなが駆けあがって来るやかましい音が響いている。

デニスはその音を聞きながら、もう動かないヒースの身体を、ただ茫然としながら見つめていた。

最後に生き残ったのは……俺だ。

デニスはそう思った。

彼の身体がぐらりと倒れて、石床の上に転がる。

薄れゆく意識の中で、彼はこう思わずにはいられなかった。

しかし、最後まで立っていたのは……奴の方だ。

◆◆◆◆◆◆

「やっと追いついた」

ヒースはそう言った。

いつの間にか通路の奥まで辿り着いたヒースは、その場で膝に手をつきながら、疲れたように息を吐き出す。

「ははは……追いついた。やればできるもんだ」

ヒースがそう呟くと、目の前に立つ三人……ネヴィアとヒマシキ、それにキャノンは、彼に対して困ったように微笑んだ。

「なんだ?」

そんな三人の表情を見て、ヒースが尋ねる。

「なんか、文句でもあるのか?」