軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 子供たち (前編)

「古い機械だ」

ヒースはそう呟いた。

王城の最上部の尖塔。

その内部の広い空間には、幻霧祭のためのスキルの巨大な破砕装置が備え付けられている。

四方に空けられたガラスの張られていない大窓からは、冷たい夜風が吹きすさんでいた。

その古代の魔術装置を眺めるヒースの傍らには、椅子に縛り付けられたアトリエがいた。

彼女はじっと黙り込んで、彼の所作を眺めている。

「奇械王が遺したオーパーツ。スキルの貯蔵庫……この中には、王都中から集められたガラクタスキルが詰め込まれている。手放したって構わない、どうでも良いやつがな」

ヒースはそう言うと、アトリエのことを見下ろした。

彼女は無表情のままで、何かに抗議するように、彼のことを見つめている。

「アトリエ。君のスキルは、きっと初代王の『 全ての美(バタフライ・) しい記憶(エフェクト) 』にすら届きうる代物だ。芽吹く前にも関わらず、この王国全域に干渉する催眠スキル。町一つの意識を変革し、各地から追放者たちを集めた精神干渉スキル……君がもしも、レベル100に到達したとしたら。いったいどんなユニークスキルになるんだろうね」

ヒースはそう言うと、片手で破砕装置に触れ、もう片方の手でアトリエの頭を掴んだ。

「…………っ!」

アトリエの無表情が崩れ、顔がしかめられる。

ヒースの体表に刻まれた幾何学模様が輝きだした。

「『 ガラクタ集め(メリメロ) 』……『 ガラクタ渡し(セレンドル) 』……っ!」

ヒースは破砕装置に貯蔵されたスキルを強奪で奪取しながら、自分の身体を通過させるようにして、そのままアトリエの脳内へと流し込み始める。

彼の身体に刻まれた、スキルの体外表出である幾何学模様が発光して瞬いた。

破砕機から吸い込まれたスキルは、容量ギリギリの状態であるヒースの内部には保存されず、体表のスキルの回路を滑るようにして、譲渡スキルである『 ガラクタ渡し(セレンドル) 』を介してアトリエの頭の中へと詰め込まれていく。

「いぎっ……! ぎゃぁっ……!」

脳内に異物が押し込まれていく感覚に、アトリエは口を大きく開いて嗚咽した。

自分の中にスキルが無理やり詰め込まれていき、レベルが強制的に引き上げられていく。

頭が割れるような、身体が内部から引き裂かれるような、途轍もない苦痛。頭や肺や胃に、入らないものを無理やり詰め込まれるような不快な感覚。自分の中の何かが破裂しそうになりながら、臓器が膜の薄い風船のように引き延ばされていくかのような、異常な圧迫感。

「見せてくれ……アトリエ。お前のレベル100ユニークスキルは、きっと全人類に届きうるはずだ……! 君は全人類の無意識にアクセスできるはずだ! そこまでいかなくたって、この王都全域でもいいぞっ!」

「ぎぁっ! ぎゃあぁっ!」

強引に押し込まれたスキルに反応して、アトリエの身体が七色に瞬く。

個人が保有するスキルと魔法。その総合値の可視化としてのレベルという概念。

それが半ば誤作動を起こしたかのように、無理に詰め込まれた有象無象のスキルによって、アトリエがレベルアップしていく。数値が異常な速度で上昇していく。

「さあ、どんな現象が起きる!? 僕に見せてくれ! きっと君は、この世界の全てを救えるはずだ! 僕と一緒に、この世界の救世主になろうじゃないか! この世界の全てを救ってやろうじゃあないかあっ!」

粗末な椅子に縛り付けられているアトリエは、細い脚をガクガクと震わせて、目を限界まで見開き、あまりに激しく異常な苦痛に涙を流しながら嗚咽している。

彼女の小さな頭を鷲掴みにしながら、ヒースが叫んだ。

「君だって同じなはずだ! 君は共感できるはずだ! 僕たちは、すべてを共有できるはずだ!」

◆◆◆◆◆◆

王都のいたるところで轟音が炸裂し、悲鳴が鳴り響いた。

王都に存在する主要拠点が同時に襲撃を受け、火の粉に包まれる。

大広場に立つジョヴァン団長は、その様子を呆然として眺めていた。

「なんだ……あれは……?」

そう呟くそばから、王都の至る所で叫び声が響き、夜空を濁す黒煙が舞い上がった。

ある所では天を貫くかのような勢いで、巨大な樹木が成長し始める。

またある所では十字架の如き火炎が建物よりも高く立ち上る。

錬金によって形成されたと思われる、雲に手が届くのではないかというほど大きな 石巨人(ゴーレム) が、大地の軋みのような雄たけびを上げながら立ち上がり始めていた。

傍らにいたピアポイント警騎副長が、叫びながらジョヴァンに近づいてくる。

「なんすか一体!? どうなってんすかァ!?」

「わ、わからん! どうなってる! 応援に向かえ!」

「応援に向かうっつったって! どこに向かえばいいんすかァ!」

ピアポイントが叫んだ瞬間、空から鉄球の如き質量の塊が飛来し、二人のすぐ近くへと落下した。隕石が落ちたかのような衝撃に、ジョヴァンは思わず剣を抜き、ピアポイントも自分のスキルを発動させて身構える。

「なんだァ!? 敵かっ! この野郎ォ!」

「待て! 待ってくれ! 俺だ!」

空から飛来した大きな塊は、慌てて叫びながらのそりと立ち上がった。

鉄球の塊ではなく、筋肉の塊。その姿を見て、ジョヴァンは眉をひそめた。

「コールドマン防騎副長……?」

「緊急ゆえ、申し訳ない! 文字通り飛んで行って、飛んで戻って来たんだ!」

コールドマンはそう言うと、広場の地面を割り砕いた自分の筋肉を誇示するようなポーズを取って、ジョヴァンに報告する。

「筋肉でな!」

「筋肉はいい! というか筋肉じゃなくてスキルだろ! いやそれはいいんだ、何がどうなってる!」

ジョヴァンがそう叫んだ。

「重要拠点が片端から攻撃されている!」

「一体誰にだ!」

「子供だ!」

「なんだって!?」

ジョヴァンが群衆の叫び声にかき消されぬようにそう叫ぶと、コールドマンも叫び返した。

「王都のありとあらゆるところで、無差別に攻撃が始まってる! 敵は子供だ! 最高級スキルやらわけのわからん魔法を使う子供たちが、王都中で暴れまわっている!」

「配置している部隊は!? 応戦しているのか!?」

「蹴散らされてる! まるで太刀打ちできていない!」

コールドマン副長がそう叫んだ瞬間、彼らは突風に吹き飛ばされた。

「づぁあっ!?」

「なんだぁあァっ!? うおぉォっ!」

吹き飛ばされながら、ジョヴァンが前衛上がりの動体視力で何とか視認したのは。

王城の前に整列する子供たちの上空に、

まるで天高くそびえる壁のように、

荘厳な様式の教会のように、

無数の魔方陣が出現し、空を埋め尽くそうとしている光景だった。

◆◆◆◆◆◆

暴風によってそのか細い身体をステージ上から吹き飛ばされながら、エステルは空中で王剣スキルグラムのグリップを握っていた。

「づぅっ! このぉっ!」

空高く、暴力的な突風によって揉みくちゃに吹き飛ばされる最中。

彼女は『 虚実重なる王の逸話(エクスカリバー) 』を使って、王城前のスキルの発生源もろとも吹き飛ばそうかと逡巡する。

いや——それはできない。可能だができない。

ここからあの地点まで届くように打てば、出力が高すぎる。

大広場から王城まで全てを吹き飛ばし、その余波によって大勢の死傷者が発生するだろう。

エステルは出力を絞り込んだスキルを地面に向けて一瞬だけ発動させると、それによって落下の衝撃を緩和して着地した。

「……っづぅ! ジョヴァン! ジョヴァンはどこにおるかぁ! ポワゾンよ! 誰でもよい!」

そう叫びながら周囲を眺めると、今の竜巻に飲み込まれたかの如き強風にあてられて、大広場に集まっていた群衆が大勢負傷し、怪我をしていることに気付く。

「だ、大丈夫であるか! お主! おい!」

その中の脚が折れた様子の青年に駆け寄ると、エステルはしゃがみ込んで彼に声をかけた。

「ぐ、ぐぅう……い、痛い……!」

「脚が折れたのか! ポワゾンよ、どこにおる! 負傷者が!」

「ぼ、僕のことは構わず、結婚してください……!」

「何言ってんの!? あっ!? もしかして結婚野郎か!?」

そんな中で、エステルの下へとジュエルが駆け寄って来る。

「エステル!」

「ジュエル!? どうなっておる!」

「ヒースが来たんだ! あいつ、王城の最上部で何か……わからないけど、何かやる気だ!」

ジュエルがそう叫び、エステルが王城の方を眺めた。

先のレオノールのとの闘いにおいて、半壊状態となっている夜の王城。

その前に並ぶ子供たちは、防衛線を張るようにして一列に整列している。

彼らは夜空に無数の、大小様々な魔方陣を並べて、まるで要塞のように立ちはだかっていた。

空中に隙間なく展開されたおびただしい数の魔方陣は、背後に見えるはずの王城を覆い隠し、あらゆる侵入者を阻もうとしている。

「世界の終わりだ!」

広場に転がっていた司祭の一人が、そう叫んだ。

「ついにハルマゲドンの日が来たのだ! この世界は終わるのだ! 我々全ての罪が裁かれる、その時が訪れたのだ!」

そんな狂った奇声が木霊する大広場で、エステルは鞘に納めた王剣を握りながら、歯ぎしりをした。

「……デニスはどこにおる?」

「わからない。王都に来ているかすらも……」

「きっと、何処かにいるはずである! 見つけ出すのだ!」

ジュエルに遅れて飛行してきたオリヴィアに向かって、エステルが叫んだ。

「オリヴィア殿! お主はデニスを見つけ出して来てくれ! 王都に来ていなければ、彼の町まで全速で飛んで連れてくるのだ! できるか!」

「は、ハイ! お任せアレ!」

オリヴィアが飛び立ち、エステルが王剣を抜く。

前方に見える、夜空を埋め尽くす無数の魔方陣による防衛線。

それを睨みつけて、エステルが叫んだ。

「王国家非常事態である! これはもはや戦争であるぞ! そのつもりでかかれ!」