軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15話 幻霧祭 (前編)

王都の空に暗色が混じり、夜空へと変わろうとしている。

都の大通りは無数の出店と観光客、それに今日という日を待ちわびていた国民たちで溢れかえり、賑わいを極めていた。

幻霧祭。

この王都で一年に一夜だけ、火花のように輝く霧が瞬き、この世のものとは思えぬ光景が都を満たす幻想的な祭典。

開幕の儀が執り行われる王城前の大広間には、無数の人が集まってぎゅうぎゅう詰めとなっている。

その群衆の中には、オリヴィアやバチェル、それにヘンリエッタの姿もあった。

「コンナ素敵なお祭りがあったんデスネー! わくわくシマスー!」

「そっか。幻霧祭が生まれたのは奇械王から後の時代だから、オリヴィア氏は知らんのやな」

出店で買ったソフトクリームを舐めながら、バチェルがそう言った。

彼女はウキウキのオリヴィアから視線を逸らすと、一般人に混じって隣に立つヘンリエッタの方を見る。

「……ヘンリエッタ氏は、ここに居て大丈夫なんか?」

「まあ、警備なんだけどね! 開幕式くらいはここで見たいなーって!」

ヘンリエッタがそう言うと、バチェルがじとりとした目を向ける。

「……サボりでは?」

「このヘンリエッタ騎士兵長、開幕の儀の警備にあたっているだけですから!」

「まだデスカネー! わくわくシマスねー!」

ヘンリエッタとバチェル、それにオリヴィアがそんなことを話している群衆の中から、その前方に設営されたステージの周辺。

そこでは、王国騎士団の人員たちが大勢集まっていた。

彼らはヘンリエッタのような、すでに警備へと配置されている警察騎士とは別働の部隊だった。彼らは各所に配置された連絡員からの報を受け次第、問題解決のために現場に駆けつけ、これの実際的な制圧にあたる任を負っている。

隊列を組む彼ら実行部隊に向けて、ジョヴァン団長が開幕前の演説を行っている最中だった。

「……ということで。これから始まる幻霧祭の警備は、防衛騎士部隊と警察騎士部隊の混成人員が受け持つ。王国最大の祭典に乗じて、妙な輩が騒ぎ出すのを見逃さないように」

「了解いたしましたぁ!」

そんな叫び声を上げたのは、右翼に整列する騎士たちを束ねていた防衛騎士部隊の隊長だ。

「このラフォン・ドルドラ防騎部隊長! 部下と共に必ずや任務を遂行してみせましょう! 防衛騎士部隊の威信にかけてえ!」

防騎部隊の隊長がそう叫ぶと、その背後に立っていた大柄な男……特注の特大甲冑を身に着けて、先のボディビル大会でデニスと優勝を競い合ったコールドマン防騎副長も雄たけびを上げる。

「頑張るぞ! 待機中に鍛え上げた筋肉を見せつけてやれ!」

「ウオオオ!!」

「まあ、ほどほどにな」

ジョヴァンが興奮した様子の防衛騎士部隊をたしなめるそんな様子を見て、左翼の警察騎士部隊を束ねていた全身甲冑姿のピアポイント警騎副長が若干引いている。部隊長が多忙につき、指揮権二位の彼女が警備長に就いているのだった。

「……あんの野郎共。お祭りの警備しか仕事がねえからはしゃいでやがるなァ……」

ピアポイント副長のそんな呟きは、隣の防騎部隊の叫び声にかき消される。

ジョヴァンはそんな様子を見ながら、ふと思い出すことがあった。

あのヒースを拾ったのは、そういえばこの幻霧祭の夜だったな。

奴は今、どこで何をしているのか。

ちゃんと飯を食べているのか。

ジョヴァンはそこまで思った所で、国賊の第一級の犯罪者の身を案じていることを自覚して、そんな考えを振り払う。

「なあなあ、おっさん」

そんな声をかけられて、ジョヴァンはふと足元を見た。

見ると、背の低い子供が腰元から自分のことを見上げている。

群衆の中から出てきてしまったのだろうか。

取り押さえようとする側近の騎士たちを手で制して、ジョヴァンはその子供に声をかけた。

「どうしたんだい?」

「開幕の儀はまだかな?」

「もうすぐだよ。ほら、親御さんが心配してるぞ。戻りなさい」

「親なんて、もういないや」

その少年はそれだけ言うと、パタパタと群衆の中へと消えて行った。

……ん?

ジョヴァンは、何処か違和感を感じる。

今の子供、妙にレベルが高かったような……気のせいか?

人混みに紛れていった少年は、ポケットの中から小さな石を取り出すと、喧騒の中でそれに向かって話し始めた。

「もしもし、メルマ? ジョヴァン団長は王城前の広場だよ。ステージの近く。うん、わかってる。わかってるよ。あの人のことは極力傷つけないようにだね。わかってるよ。ヒース様の命令だもん。使うスキルを考えろよって、彼らにも伝えておく」

◆◆◆◆◆◆

「あーっ! これめっちゃ可愛いー! ねえ、これ買いましょう! 経費で!」

「副料理長! 経費は下りませんよ!」

キラキラ光るアクセサリーが並ぶ出店の前で、ウキウキのヘズモッチ副料理長がスタッフを捕まえている。

そのスタッフは、ヘズモッチが以前にデニスの町でレストランを出した時に雇っていた、経理の従業員だった。あれ以来、この従業員はブラックス・レストランの経理担当として、ヘズモッチと共に働いている。

「えー。下ろそうよー。経理スキルで何とかならないのー?」

「下りませんー!」

出店の前でそんな風に揉み合うヘズモッチと従業員。

その背後で、背の高い二人の男女が歩いている。

「ビビア君、幻霧祭来るって手紙に書いてたんだけどなあ。ぜーんぜん見つからないわあ」

そんな風に呟いたのは、すらりとした長身の女性……作家のエントモリだった。

彼女は頭にとんがり帽子を被り、透き通るような青髪を首元でぐるぐると巻いている。

「まあ、練り歩いていれば何処かで会えるでしょう。デニスさん方も一緒なのかもしれませんし」

隣を歩くエントモリにそう言ったのは、王立裁判所の法官、セスタピッチだ。

彼ら二人はここのところ、王政府のラ・ポワゾンに召集されて国家事業に参画している。法官のセスタピッチは法整備面の相談役として、作家のエントモリは各種パンフレットや文書作成の事務員として。

「会えたら、早速新作読んでもらおうと思ってたのにい。ぜったい捕まえなきゃいけないわあ」

「おや、新作ですか。どんなお話に?」

「18禁だからこんなところで話せないわあ」

「それ、ビビア君に読ませてはいけないのでは?」

「おじさん、法官のおじさん」

話しながら人混みの中を歩いていると、セスタピッチは不意に声をかけられた。

見てみると、目の前には背丈の低い少女。鮮やかな翠色の髪色。きっちりと身にまとっているのは、トリプルボタンのジャケットに白シャツ。気品のある雰囲気だ。良い出の子供なのだろう。

「おや、どうしたんだい?」

セスタピッチは若干腰をかがめて、その少女に尋ねた。

「親御さんとはぐれてしまったのかい?」

「デニス、って知ってる?」

「デニス?」

「そう。デニス・ブラックス」

少女に突然そう聞かれて、セスタピッチは困惑した。

「知ってるけど……もしかして、彼の町の人かな」

「そうだよ。デニスから、何か聞いてない?」

「いや……なにも? どうかしたのかい?」

「あら、食堂の店長の知り合い? 彼とビビア君がどこにいるか知らないかしら?」

セスタピッチとエントモリがそう聞くと、その緑髪の少女はニッコリと微笑んだ。

「知りません。でもきっと、どこかで会えますよ。ありがとうございました」

その少女は一礼すると、もう二人には興味を失くしてしまったようで、そのまますれ違って人混みの中へと消えていく。

「……? なんだったのかしらあ?」

「なんでしょうね……」

セスタピッチとエントモリが、振り返りながらそう呟いた。

雑踏の中で見えなくなろうとする少女は、ジャケットのポケットから小さな石を取り出すと、それに向かって話しかける。

「メルマです。セスタピッチとエントモリに接触しました。まだ彼らと連絡は取れていないようです……はい、私はこのまま中継地点で待機します。はい。そちらも首尾良好。わかりました、ヒース様」

◆◆◆◆◆◆

「それじゃあ、エステル。あとは頼んだわね」

ステージの背後で、ポワゾンがそう言った。

周囲に側近を控えさせているエステルは、ややげっそりした顔で頷く。

「う、うむ……余に任せておけい……」

今日も今日とて朝から晩まで、謁見に嘆願に会議にと王務に勤めていたエステルは、さすがに疲弊している様子だった。

特権階級の金の流れの透明化や、すでに時代遅れの特権を撤廃するために日夜動いているエステルであるが……道のりは長そう、と言う他ない。国王といえど、相手は決して無下にはできない権力者たち。彼らとの妥協点を探り合い、少しずつ、ほんの少しずつでも変革を進めていくしかないのだ。

「ほら、開幕の儀が終わったら、すぐ寝ちゃっていいから」

「嫌じゃー。余も出店とか回りたいー。疲れてるけどお祭り楽しみたいー」

「まあ、その辺りはジョヴァン団長に相談して頂戴。あんたが動くとなったら、騎士団の護衛も大勢付けなきゃいけないんだから」

それを聞いて、エステルはさらにげっそりした顔を浮かべる。

「ええー。余だけでいいじゃろー。余、めっちゃ強いしー。本気出せば『 虚実重なる王の逸話(エクスカリバー) 』で王都ごと吹き飛ばせるしー」

「それが問題だから。あんたのスキル、攻撃範囲ヤバすぎて群衆の中で打てないんだから」

そう言ってから、ポワゾンは背後にそびえる王城の方を眺めた。

王城の最上部では、ジュエルが幻霧祭で使用されるマジックアイテムを調整しているはずだ。

それはエステルの開祭の合図と共に起動され、この日のために備蓄されてきた不要スキルを一気に粉砕し、輝く霧の結晶を王都全域へと散布することになっている。

「余だってなあ。お祭りくらい楽しみたいのになー。ジョヴァンに頼んでみるか。しかし、人を使わせるのも申し訳ないしのう……」

ぶつくさと不満を垂れているエステルが壇上に上がると、国民たちの歓喜の声が沸き上がる。

広場を囲む石柱の上から、十数人に及ぶ照明係の魔法使いたちが一斉に魔法の光を照射した。彼らは王家お抱えの技巧系の魔法使いたちで、王国の式典や様々な場面で活躍する縁の下の力持ちでもある。

魔法で構築されたスポットライトの中心に立つエステルは、側近の風の魔法使いによって拡声される声で、彼らに向かって語りかける。

「我が親愛なる王国民たちよ! 余の治世で初めての幻霧祭が、これほど多くの臣民で溢れかえるのを見て、余は嬉しい!」

「エステル真王ー!」

「かわいいー!」

「結婚してくれー!」

「誰か今の奴捕まえろ! いや、ごほん!」

エステルは咳払いをすると、ふと、逆光の中で薄っすらと見える大通りの出店たちを眺めた。

あんな中を、ティアと一緒に、エピゾンドやデラニーと一緒に、歩いてみたかったなあ。

そんな思いが一瞬だけ、頭を過る。

しかし気を取り直すと、エステルは目の前をしっかりと見据えた。

「それでは、由緒正しき幻霧祭! 開催である! みなの者、今宵は楽しむといい!」

歓声が沸き起こり、エステルが手を振り上げる。

それと同時に、王城の最上部から、王都を埋め尽くす霧が……

発生しない。

うむ? とエステルは思った。

同時に起動するはずであるが……どうしたのだろう。

ジュエルは、連絡員はどうしている?

その瞬間を今か今かと待ちわびる観衆たちは、緊張した面持ちでその瞬間を待ち……

数分が経った頃から、別の種類のざわめきが始まった。