作品タイトル不明
11話 料理長と追放料理人 (後編)
「フィオレンツァや、子供たちは上手くやってるかな」
食堂の店内で、ヒースはふと呟いた。
ミニョンの『 威風(ポンプ・サー) 堂々(カムスタンス) 』の音波旋律が絶え間なく鳴り響いていることから察するに、上手く翻弄しているのだろう。
『ガラクタ集め』と『ガラクタ趣味』という、奪取と起動の二種類で構成されるヒースの強奪スキル。
これを補佐する関連スキルとして、もう一つの『 ガラクタ渡し(セレンドル) 』というスキルが存在する。
ヒースが自分の中に保存できる強奪スキルの容量には限界が存在するため、そのままでは容量限界に到達し、新規スキルを強奪できなくなってしまう。
それを防ぐための補完スキルが『ガラクタ渡し』。
元々は譲渡が目的のスキルではなく、強奪したスキルを他者に譲り渡すことで、自分のスキル容量を整理するためのユニークスキルだ。
そしてこの補佐スキルこそが……つまりは他者に誰かのスキルを譲り渡すというスキルが、何よりも強力なユニークスキルであった。
ヒースが擁する『子供たち』はみな、そのようにして最高級スキルを譲り渡された者たちで構成されている。
『音を届ける』、音楽家の広範囲音撃スキルを保有するミニョン。『道端の絵かき』、画家のハイレベルスキルを保有する片足の少年。遠隔交信が可能な通信スキルを持ち、『子供たち』の連絡係として機能するメルマに、エトセトラエトセトラ……。
無論、誰にどんなスキルを譲渡しようと使いこなせるわけではない。
ヒースが直接戦闘系以外のスキルを使うのが苦手であるように、デニスが錬金や肉体強化のバフスキルに比べて、魔法の運用が苦手であるように。
人にはスキルの向き不向きというのが存在し、それ故に、『子供たち』はそれぞれ自分の秘めたる才覚に合致したスキルを譲渡されている。
社会の中で放逐され、その輝かしい才能を開花させるチャンスも与えられずに埋もれていくはずだった不遇な子供たち。彼らは一生知らぬままだったかもしれない才覚に目覚め、いまやそれぞれがレベル90級の戦力として運用されている。
「また五感を剥がされるのは勘弁願いたいからな……。弟の足止めはしてもらったが」
ヒースは首をコキコキと鳴らしながら、呟く。
「この分だと、要らなかったかもしれん」
分厚い眼鏡越しに周囲を眺めてみれば、戦闘の余波で散々なことになっている店内。
それに、床に倒れ伏しているケイティとジーン料理長が見えた。
「ぐっ、ぐぁっ……!」
床に手を突きながら、ケイティが苦し気なうめき声をあげている。
こいつ……あらゆる攻撃が、通用しない……!
いくら致命傷を与えようと、謎のスキルで……おそらくはエステル王から奪ったスキルで無効化される! 全て無かったことにされる!
致命傷を全く恐れずに行動し、全ての攻撃を避けもせず、そして実際に死なない、レベル100の男……!
この世界に、これ以上の脅威が存在するのか…?
「さて、君はビビアくんだったな」
床で呻いているケイティから目を逸らすと、ヒースは壁の方に声をかけた。
そこには、怯えた表情で杖を構え、背中に小さなアトリエを守るようにして立つ、ビビア少年の姿。
彼のカクカクと震える脚を眺めて、ヒースが語り掛ける。
「なあ。そんなポーズを取って、一体何になるってんだ?」
ヒースがそう聞いた。
「無駄だってわかりきっていることをするのは、、格好いいことじゃないんだぜ。面倒だから、そこをどいてくれよ」
「う、うるさい……! あ、アトリエちゃんは、わ、渡さないぞ……!」
「うーむ……話にならんな」
ヒースは顔をしかめると、この数十秒の間に何度も斬り落とされた首をさすった。
「だ、大体! アトリエちゃんを攫っていって……どうするつもりだ!」
「少年。その子の……アトリエ・ワークスタットちゃんのレベルは、まだ10台にすら届いていない」
震える声で叫ぶビビアに対し、ヒースが落ち着き払った声色で話しかける。
「それなのに、彼女の無意識の精神干渉スキルは……この王国の全範囲に影響を及ぼし、追放者たちを誘い、この町民たちの意識まで変革させている」
「だ、だから……どうしたんだ!」
「その娘がもし、このまま成長してレベル70、80……いやレベル100に到達したとしたら」
ヒースは微笑んだ。
「一体、どんなユニークスキルになると思う?」
「し、知るか……!」
「そういえば。フィオレンツァが、お前がネヴィアに似てるとか言ってたな」
ヒースは腰を少しだけ曲げると、ビビアの顔をまじまじと見てみた。
「しかしやっぱり、こう見るとそんなに似てないな」
「な、なんの話だ……!」
「君を殺すことに、僕は何の抵抗も無いという話をしてるんだ」
「は、はい……?」
ビビアが震える手で杖を握りながら、そんな返事を返した。
ヒースは戦闘でやや乱れたオールバックを直しながら、彼に手を伸ばす。
「安心するといい。どうせ最後には、 世界の終わり(エンドクレジット) でみんな会えるんだ。いま死んだって、大したことじゃあないぞ」
竦んだ様子のビビアの首を片手で掴むと、ヒースは彼のことを軽々と持ち上げる。
「がっ! ぐあぁっ!」
「性格が悪いもんでねえ……君みたいな一生懸命に無謀な奴を見ると、勇気と蛮勇の違いを教えてやりたくなる」
ヒースはそう言うと、ビビアの首に力を込めた。
気道が圧迫されて、ビビアの顔が真っ赤に染まる。
彼の足がパタパタと揺れて、細腕がヒースの堅い腕を叩いた。
「……死んだら何にもならん。全く馬鹿な奴だ。殺されるような真似をしなきゃいいのに。殺されようとして殺される奴はただの馬鹿だ。逃げて済むなら逃げちまえばいいんだ。なんで逃げないんだ? この野郎、殺されないとでも思ったのか? 僕はそういう奴が、一番嫌いなんだ!」
ヒースはビビアの首をギリギリと締め上げながら、唾を飛ばす。
「お前を見てると誰かを思い出すな! なぜ僕の言うことを聞かない!? この馬鹿め、このクソ野郎が! どうして僕の言うとおりにしない!」
「やめて」
突然怒号を飛ばしだしたヒースの足を、誰かが引っ張った。
下を眺めてみると、アトリエが彼を見上げながら、そのズボンの布地を掴んでいる。
「やめて」
「大丈夫さ、アトリエ。どうせ……」
「悲しいのは感じる」
アトリエが、ヒースにそう言った。
「だけど、そうやって発散するのは、やめて」
「……いいや違うぞ。見当違いだな。悲しいわけでも、ストレス発散でもない」
ヒースはビビアを片手で持ち上げながら、アトリエを見下ろした。
「僕は自分にできることをしてるだけだ。そうすべきだ」
そう言ってビビアの首を捻ろうとした瞬間、
ヒースの背中に、十数本という刃物が突き刺さった。
「がぁっ!」
鋭利な刃物が背中に何本も突き刺さる激痛に、ヒースは思わず、掴んでいたビビアを離す。
ビビアの身体が床に叩きつけられて、止められていた呼吸を大きく吸い込んだ。
背後を見やると、自分の周囲に無数の刃物を展開させているジーン料理長の姿。
ダメージは与えたはずだったが……まだ動けたか……!
「『 料理長(シェフ・ド・) の絶技(キュイジーヌ) 』!」
ジーン料理長が、スキルを展開してさらに大量の包丁を具現化させる。
煌めく銀色の刃が、水中で蠢く魚群の如き群れとなり、弧を描いてヒースへと襲い掛かった。
「『 英雄は(バタフライ・) 斃れず(エフェクト) 』!」
ヒースがスキルを発動させた瞬間、彼の顔に刻まれた幾何学模様が発光する。
同時に過去改竄の痕跡である赤い炎のような煙影が迸り、それは電撃のような炸裂音と共に収束した。
背中に突き刺さり、内臓を傷つけ致命傷を与えたはずの無数の刺突攻撃は、その過去改変によって「全て避けたこと」にされる。
『 英雄は(バタフライ・) 斃れず(エフェクト) 』。
エステル真王が扱っていたのは、自己と他者の区別が存在しない、射程時間内における全ての事象の過去を改竄するスキルだった。
しかしヒースによって強奪され、その内部で適応した結果として、そのスキルは大幅に機能が縮小されていた。
現在のヒースに可能なのは、射程数秒間の「自分」に限定された過去改変。
しかし、これで十分。
これで十分すぎる。
群れを成して襲ってくる無数の刃先が、ヒースの身体の致命点に殺到する。
それは彼の頸動脈を切断し、頚椎にドスリと突き刺さり、心臓を何度も破壊した。
しかし、それは全て『無かったこと』にされる。
死んだそばから、死んだ過去は無かったことにされる。
正確には、過去改竄により、『全て避けたこと』にされる。
「づぉぎぁっ、ぐぁっ!」
過去改変によって生じた時間の傷によって、ヒースの周囲に赤い火花のような影が飛び散る。
スキルの性質上、肉体は元通りになったとしても、肉を裂き骨を断つ激痛までは消えてくれない。
「ぎゃぁっ! 戦闘は、苦手だと聞いていたんだがなあ! ジーン料理長ぉ! なかなか凶悪なスキルをお持ちじゃないかあ! ぐぁあっ!」
ジーン料理長は具現化したそばから大量の刃物を送り込みながら、いくら突き刺そうが切りつけようが倒れないこの男に、戦慄していた。
限度が無いのか……?
いくら殺しても、本当に死なないのか……?
「————っ! 『料理長の』——っ!」
「遅い! 何をしようと無駄だっ! 無かったことにしてしまえばなあっ!」
無数の刃を身体中に受けながら、ヒースが突進してくる。
その勢いを止められない。
何度も、無数に殺しているはずなのに。
こんな奴に、どうやって勝てば————
ドスッ、と鈍い音が響いた。
背後に飛び退きながら刃を展開するジーン料理長と、
その猛攻を物ともせずに肉薄したヒース。
彼の突き出した手刀が、ジーン料理長の鳩尾の辺りを抉って、その皮と内臓を貫通し、背中から皮膚を突き破る。
ごはっ、とジーン料理長が吐血した。
逆流した血液が、胃液と共に喉をせり上がってくる。
ヒースが手刀を引き戻すと、そのまま彼女は空いた腹からボタボタと出血し、その場にうずくまるようにして倒れた。
彼女がうずくまりながら、大量に吐血する様子を、ビビアは朦朧とする意識の中で眺めていた。