軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

079 純白の猛獣、そして光の戦士

パンサーがファントムウォリアーに飛びかかる。

筋肉がしなやかに駆動し、解き放たれた矢の如く首筋を食いちぎる動作。

闇で出来た幻影でなかったなら、一撃で殺されているであろう、恐るべき瞬発力、驚異的な速度だ。

近距離で狙われたなら、真正面から来るとわかっていても躱せないに違いない。そして、食らいつかれてしまったが最後、ジエンドだ。

伊達に三層最強の魔物ではないということか。

二層最強のマンティスが四層レベルの魔物だとすると、こいつは五層レベルの魔物ということなのかもしれない。

俺は念のために、シャドウストレージからリザードマンの精霊石を出した。

最悪、アンデッド召喚も使う必要があるだろう。

ガーデンパンサーがリザードマンより強いのは明白だ。

「ガルルルルル!」

近付くリフレイアと、ただひたすら攻撃動作を繰り返すファントムウォリアーを警戒し、距離を取り唸り声をあげるパンサー。

残念ながらナイトバグはほとんど効いていないようだ。

あの巨体に対して、小さな甲虫による攻撃は効果が薄いということか。

ただ、ファントムウォリアーはかなり気を逸らすことに成功しているようで、闇に紛れて近付く俺にはまだ気付いていないように見える。

俺は一気に距離を詰めて、闇の範囲を広げた。

一瞬で漆黒の闇に周囲が支配される。

闇に飲まれたパンサーは、わずかに身体をビクつかせたが、ガルルと唸り声をあげ、すぐに冷静さを取り戻し、周囲の警戒を強めた。

――そして、俺のほうを見た。

パンサーの瞳は爛々と輝き、一直線に俺を見つめている。

ゾロリとした牙が闇の中ですら凶悪な輝きを発している。

(やばっ!)

確実に見えている。

なるほど、猫は夜行性動物だということか。そんなことはすっかり忘れていた。

というか、こっちの世界のネコ科も地球と同じような性質を持っているってことなのか。完全に猫人間なグレープフルーは、ダークネスフォグの中では全く見えないのに!

とはいえ、ダークネスフォグの闇は深く、正真正銘の光差さぬ暗闇だ。

いくら猫科の猛獣だろうと完全には見えてはいないと思う。

だが、気配がバレるだけでこちらのアドバンテージは霧消したようなものだ。

「シャドウバインド!」

パンサーが飛びかかってくる前にバインドで縛る。

同時にダークネスフォグを操作し、闇の範囲からパンサーを出す。

「リフレイア!」

タイミングとしてはギリギリだったが、ケガの功名というべきか、パンサーが俺に注意を向けていたのが功を奏した。

「はあっ!!」

走り込んでいたリフレイアが渾身の一撃を横合いからパンサーに叩き込む。

いくら巨大な猛獣であろうと、体重を乗せた刃渡り150センチの鉄塊を弱点部分に食らえば堪らない。

パンサーは膝を折り、転がるようにリフレイアから距離を取った。

しかし、牙を剥き未だ闘志は衰えていない。

「グゥアオゥ!」

「あれで死なないのかよ!」

「すみません! 弱点から少しズレてしまいました!」

獣型の魔物は実は珍しい。

迷宮に出る魔物は「混ざったやつ」、つまり亜人型の魔物が多いからだ。

獣は弱点の位置も亜人とは感覚が変わるし、ピンポイントで攻撃できないのは仕方がないだろう。

「グァウ!」

「来るか! シェードシフト! ダークネスフォグ!」

巨大な武器を持つリフレイアよりも、俺のほうが容易い相手と見たか、跳ねるようにリフレイアから離れ位置を調整するガーデンパンサー。

いちおうは警戒しつつも、その視線が俺から離れることはない。まず、俺から殺し、その後でリフレイアと戦うつもりであるらしい。パンサーが身体を沈め、飛びかかる構えをとる。

俺は覚悟を決めた。

命を失う瀬戸際で、俺の脳は凄まじい速度で回転していた。

一つ間違えば俺は死ぬだろう。本来ならば勝てるはずがない格上の相手。

だが、そんなことは最初からわかっていること。そして、これは俺自身が望んでいた状況なのだ。

ステータスボードを確認する必要などない。この戦いは必ず視聴者達の視線を奪うことだろう。俺が死を感じる以上に絶体絶命であることがわかるはずなのだから。

引き絞られた弓の如く身体を沈めるガーデンパンサー。

その直線上に俺はいる。あれが解き放たれてしまえば、ほんのコンマ何秒か後には俺は物を言わぬ石へと成り果てるだろう。

突進を受け止めるのは不可能。

ダークネスフォグとシェードシフトを併用しても、わずかに回避率を上昇させられる程度だろう。

ただし、いくら夜目が利くといっても、明るい場所から闇の中に飛び込めば目が慣れるまでは見えないはず。

リザードマン・アンデッドを呼び出すことも一瞬考えたが、それをする時間はもうない。

「シャドウバインド! ファントムウォリアー!」

パンサーの攻撃が来る前に連続で術を唱える。わずかに身体が熱くなるのを感じる。

いくら精霊の寵愛があるといっても、無制限に術が使えるわけではない。特に、ファントムウォリアーやダークセンスなどの上位術は、消費される精霊力が多い。

ファントムウォリアーはさっき消えたばかりだから、新しいやつを生み出すことができたが、連続使用は精霊力切れを招きそうだ。

ウォリアーが引き起こす騒音に、ほんの一瞬だけ気を取られたパンサーに、闇の触手が絡みつく。

バインドはほんの数秒で無力化されてしまったが、そのわずかな時間を稼げるのが大きい。

俺は闇を伴ったまま走るが、パンサーの標的は俺に向いたまま、視線を外すことはない。

もしかすると、暗視能力に近いものを持っているか、あるいは闇の精霊術に耐性を持っているのかもしれない。

普通に考えれば、強い攻撃力を持つリフレイアを警戒するはずだが、パンサーは一貫して俺を狙い続けている。精霊術者として位階の高い者から狙うような特性でもあるのだろうか。

バインドが切れ、グッと一瞬だけ力を溜めてガーデンパンサーは飛びかかってきた。

俺は死にもの狂いで横っ飛び。

迷宮で魔物を何十体と倒したからか、身体が想像よりも素早く動き、俺はギリギリでこの突進を避けることができた。

いくつかの精霊術が、相手の動きを鈍らせていたのも功を奏したのだろう。

だが、これができるのは一度だけだろう。連続で飛びかかられたら、避けるのは無理だ。

獲物を仕留め損ねたパンサーは、すぐさま身体を反転させ、俺の気配を探る。

すべては闇の中の出来事だ。

ガーデンパンサーは闇の中で、俺とファントムウォリアーとバインドとナイトバグに気を逸らされながら戦っている。

当然――闇の外にいるリフレイアの姿は見えてはいない――

俺はダークネスフォグの闇の範囲を操作し叫んだ。

「リフレイア! 今だ!」

「はい! ライト!」

体勢を立て直し、俺のほうを向いた瞬間を狙ったライトの術。

何度も練習した攻撃としてのライトだ。

瞬間的に生み出される暴力的な光源を直視したパンサーの動きが止まる。

さっきまでダークネスフォグの闇の中で、瞳孔を目一杯開いて俺の姿を見ようとしていたのだ。強烈に効いただろう。

「これでっ! とどめです!」

大剣がパンサーの首を切り落とすほどの勢いで振り下ろされる。

実際にその首を半分ほど切断しかかったところで、ガーデンパンサーは巨大な一つの精霊石へと姿を変えた。

その瞬間、周囲に立ちこめていた濃霧が散り、通常の三層の視界へと戻っていく。

「はぁはぁはぁ……。やりました……! ガーデンパンサーを倒したのは初めてです」

「つ、強かったな……。亜人だらけのところに猫科の猛獣持ってくるのはズルいだろ……」

いわば、あの大猿のようなものだ。

亜人は器用で武器を使うが、ベースが人間だから戦闘も人間同士のソレと酷似する。つまり、人間同士の戦闘訓練がそのまま活きる。

だが、猛獣との戦いならどうだ。武器ひとつとっても、俺の短刀や、グレープフルーの細剣なんかじゃダメージすら与えられなかっただろう。

それをたったの二撃で屠ってみせたリフレイアの剣は、まさに討魔の剣だ。

「その剣って、やっぱ魔物討伐用なのか?」

肩で息をしながら精霊石を回収しているリフレイアに、なんとなく訊く。

「そうですよ。師匠が探索者だったので、迷宮に潜るならこれぐらいの武器を扱えないとダメだと言われまして」

「師匠はかなり上位の探索者だったんだっけ?」

「ええ、絢爛のカノープス。元サラマンデル級の探索者です」

「そういえば、前に聞いたっけ。サラマンデル級か」

一番下の青銅……スピリトゥス級の俺からすると雲の上の存在である。

「本来ならば教えを請うことなどできないほどの方なんですが」

「事情があるんだ?」

「師匠はなぜか光の大聖堂の食堂で働いてまして。私が一人で剣の練習をしてたら、見るに見かねてか、休憩時間に教えてくれるようになったんです。あ、私の実家って大聖堂のすぐ横にあるんですよ」

この大剣も、師匠の伝手で作ってもらったものなのだと続けた。

リフレイアが迷宮で一年生き残っているのも、その師匠の教えに従ってきたからなのだろう。

「師匠がね、よく言ってたんですよ。迷宮探索するなら、パーティーメンバーは厳選しろって。特に精霊術士だけは数使える奴をひっぱれって。私は、精霊術がダメだから、微妙な気分になったものですけど……ヒカルは本当に凄いです。パンサーを倒した記録なんて、ここ数ヶ月ないんじゃないですか」

「……滅多に現れないっぽいからな」

数使える奴が強いってのはわかる。

精霊術は決して必殺の術ではない。少なくとも俺の術は、ほとんど全部戦闘の補助にしか使えない。とどめを刺すのは人間だ。

だとすれば、必然的に数を使える必要がある。

必殺の術なら、ここぞという場面で数回使えるだけでもいいだろうが、精霊術はそういう性質のものではないのだ。

「だから、ヒカル……もうすぐ二週間経つけど、これからも――」

「おおーい! リフレイアちゃん! よかった! 生きてた!」

「わー、捜しましたにゃん!」

リフレイアが何かを言いかけたが、俺達を捜しにきたグレープフルーと強面たちの声で遮られた。

最初襲われたところと、戦闘していた場所は数百メートル程度しか離れていなかったと思うが、見つけられなかったのか。この霧には音を乱反射する効果でもあるのかもしれない。

「おっ、おい、ガーデンパンサーはどうした?」

「私とヒカルで倒しました」

「うっそだろ!? パンサーがたった二人で倒せるはずがねぇぞ!」

「こんなことで嘘をつくはずがないでしょう?」

巨大な精霊石を強面に見せるリフレイア。

混沌の精霊石ではなく水の精霊石だが、かなりの巨大さ。あの大猿のものほどではないにせよ、それに次ぐレベルと言えるだろう。

「マジか……。疑って悪かったが……リフレイアちゃんがそこまで強かったなんて……」

「私ではなく、ヒカルが強いのだと、何度も言っているでしょう?」

「そうだな……小僧もがんばったな」

「どうも」

生温かい目線で見られているが、まあ一応は認められたらしい。

実際に戦っているところを見ていないから、半信半疑といったところか。まあ、術を見られたりしなくて済んだのは良かった。

「そ、そうだ! アッシュのやつはどうした!?」

「残念ですけど……。石はあそこに落ちてます」

「そうか……」

アッシュってのは、最初にパンサーに食いつかれた探索者だろう。

強面が、とぼとぼと精霊石と 認識証(タグ) を拾いに行く。透明の石ではなく、色付き……火の精霊石だ。彼も名のある探索者だったのだろう。

「リフレイア、グレープフルー。行こう」

「そうですね」

「行くにゃ」

探索者の命が失われたのは残念だが、ここは元よりそういう場所だ。

そして、こんなことを続けていれば、いつか自分たちもああなる日が来る。物言わぬ精霊石に成り果ててしまった探索者を見れば、嫌でもその未来を想像させられる。

(とはいえ、今日を入れてもあと6日だ)

視聴者数は、ガーデンパンサーの襲撃でいきなり1億人も増えていた。

巨大な美しい猛獣との決戦。

襲われ失われた命。

俺の死を願っている視聴者たちにとっては、別の意味で手に汗握る展開だっただろう。

俺が生き残ってガッカリしたに違いない。

(ナナミを生き返らせた後なら、死んだっていい)

なぜか、素直にそう思うことができていた。

死が充満した迷宮という場所に馴染みすぎたからだろうか。

死が、身体に馴染んでいた。

死ぬことで楽になれるような気すらしていた。

あと6日。

やはり、俺が死ぬかもしれない展開にすれば、視聴者は増える。

死なないように死にかける。

それしかない。

「リフレイア、グレープフルー。今日みたいな危険なこと……あると思うが、あと6日だ。6日だけ俺に付き合ってくれ」

俺の言葉に、グレープフルーは「元々雇われてるんだから、むしろもっとずっと雇ってほしいにゃん」と答え、リフレイアはただ曖昧に笑った。

その日は俺も積極的に攻撃に参加し、百に迫る数の魔物を狩ったのだった。