軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

046 闇に熔けて、そして心を決めて

「……待って」

去り際、手を掴まれた。

簡単に振りほどけそうな、弱々しい力で。

振り返ると彼女は顔を上げていた。

頬を上気させて。

瞳を潤ませて。

そして、熱っぽい眼差しで俺を見上げている。

俺はその姿に、胸を鷲づかみにされた。

「ヒカル……帰らないで。もっと叱ってくれないと、私、間違ってしまいそうだから……ね? もっと叱って?」

泣き出しそうな懇願だった。

リフレイアは怒っていなかった。

怒ってはいなかったが……これは想定の範囲外――

「ヒカルがこのまま帰ったら、ほんとに間違っちゃうかも……。昨日も、迷宮の入り口にいたら、何人もの探索者に声掛けられたし……けっこうしつこくて、断り切れないなんてこともあるかも……」

「それって、脅しか?」

「こう言えば残ってくれるでしょ? ヒカルは優しいから」

俺は降参せざるを得なかった。

頭を掻いて、ベッドに座り直す。

かつて、うちの妹たちにも同じように丸め込まれたことがあった。

女の必殺技なのだろうか。

「リフレイア……お前、いくつなんだ?」

「え? どうして急に? 16歳。ヒカルは?」

「俺は15……いや、17歳だ」

「ふぅん、年上だったんだ……」

「どういう意味だよ……」

肉体年齢を2歳上げているだけだから、精神的な年齢は15歳のままだ。だけど、俺は家族のあれこれで苦労させられてきたからか、向こうでは年齢より高く見られがちだった。童顔なほうだと思うのだが、苦労が顔に出ていたのかもしれない。

それにしてもリフレイアは16歳か。……もっと上かと思った。

「16歳なら、もう自分で考えなきゃいけない歳だろ。ナンパされてついてくかどうかなんて、俺がとやかく言う義理も権利もないよ」

「じゃあ、嫌じゃないの?」

真っ直ぐに見つめて、そんなことを聞いてくる。

リフレイアは卑怯だ。

「嫌だよ」

「どうして? さっき義理も権利もないって言ってたのに」

「……リフレイアが綺麗だからだ。そんなわけのわからない男に汚されるのは嫌だ」

「~~~~ッ!」

「ちょ、おい」

横合いから突然抱き付かれ、ベッドに押し倒される格好になる。

「私……ヒカルにならいいよ。ううん、ヒカルじゃなきゃ嫌なの。……こんな、気持ちになったの初めてで……。あのね? こうしていても、心がずっと嬉しい嬉しいって言ってるの。あなたに触れて、温かさが伝わってくるだけで、堪らない気持ちになる」

馬乗りで、熱っぽくそう迫られて、陥落しない男がいるだろうか。

俺だって、世界中の人間に見られている状況でなければ、どうだかわからなかっただろう。

「落ち着けよ、リフレイア。お前、まだ酒に酔ってるんだろ」

「お前って。もう一回言って」

「ええ? お前、お前、お前」

「えへへへ。お前なんて呼ばれたの、はじめて」

また、ギュッと抱きしめられてしまう。

その熱っぽい身体を全身で感じて、俺まで熱に浮かされたような気分になってきてしまう。

さっきまでは、もう少しまともな感じだったのに。

「お前、ほんと酒控えたほうがいいぞ。絶対間違い起こすぞ。いや、現在進行形で起こしてる」

「酔っ払ってこんなことしてるって、思ってる?」

「そうじゃなきゃ、こんな――」

言いかけたところで、リフレイアが身体を起こした。

顔を真っ赤にして。

でも、潤んだ瞳は、酔っ払いのそれとは違くて――

「……酔ったフリ。そうじゃなきゃ、恥ずかしくてこんな大胆なことできませんもん」

「まったく……。とにかく、帰らないから落ち着けって」

「しないの?」

「だーかーら、しないって」

「じゃあ、ナンパに付いてっちゃおうかなぁ~。ヒカルが抱いてくれないなら、他の男に抱かれちゃおっかなぁ~」

「からかうなって……」

いったい何が彼女の琴線に触れたのかわからないが、まさかこんな風に迫られるとは思いもよらなかった。

地球からの視線や笑い声も聞こえてこないほど、俺は一杯一杯だ。

「ほら。ドキドキしてるのわかるでしょ?」

「ちょ――」

俺の手を掴み、自らの胸に押しつけるリフレイア。

娼婦のときと、2度目の感触。

しかし、あの時よりもそれは例えようもなく甘く、俺は心を溶かされかかっていた。

「私、ヒカルを何日間も捜してたんだ。その間、ずっとヒカルのこと考えてた。どんな話するのかな? どんな顔で笑うのかなって」

皮膚と皮膚を挟んで伝わる彼女の鼓動。熱。そして優しさ。

それは自分一人でこの異世界をサバイブしてきた俺には、抗いがたい誘惑だった。

許されたかった。

慰められたかった。

安らぎたかった。

「だから……ほんとはね、お礼ってのも言い訳。ご飯食べて、楽しかったし、ほんとにいいなって思ったってだけだから。ね?」

「お……おお……」

彼女の吐息が耳朶を打ち、熱く濡れた唇が頬を掠める。

耳に掛けた絹糸の髪がサラサラと零れて、俺の首筋をくすぐっていく。

引力があるかのように肌と肌を吸い寄せる熱い肉体をこれほどまでに密着されて、俺はもうわけがわからなくなりかかっていた。

閉め切られた、わずかに月光りの漏れる木窓。

ボンヤリと光るランタンの灯りが、一つに重なりつつある俺と彼女の影を作る。

二人の吐息の音だけが、密室の空気に熱く熔けていく。

俺がまさに陥落しかかった――

その時、

『ピンポンパーン。異世界転移者のみなさまにお知らせです! 明日よりの二週間、第1回視聴率レースを開催いたします! 期間中、視聴者たちの注目を集めた転移者には超豪華景品を用意しておりますので、ふるってご参加下さい! 記念すべき第1回大会の目玉賞品は『死者蘇生の宝珠』となっております! これは、地球でも異世界でも、入手不可能な特別な逸品! ぜひぜひ、第1回大会の栄えある第1位を目指して視聴者獲得に努めて下さいませ!』

冷たい氷の杭を背中から打ち込まれたかのようだった。

熱く茹だった脳を一瞬にして冷ます、無遠慮な告知。

「あっ、そんな強く揉んじゃ――――え、ヒカル……? どうしたの……?」

「わ、悪い……。ちょ、ちょっと待ってもらっていいか」

俺は急いでステータスボードを開いた。

リフレイアからは、突然虚空に指を這わせる変人に映っただろうが、関係ない。

今、アナウンスはなんて言った?

目玉賞品は『 死(・) 者(・) 蘇(・) 生(・) の(・) 宝(・) 珠(・) 』

そう言わなかったか。

「ね、ねぇ、どうしたの、ほんとに。震えてるよ……?」

「悪い……ちょっと……ちょっとだけ待ってくれ」

同じ言い訳を繰り返し、俺の心臓はさきほどとは別の意味で暴れ狂っていた。

ステータスボードには、視聴率レースの詳細がすでにアップされていた。

俺は震える指で目玉賞品である「死者蘇生の宝珠」をタップする。

『死者蘇生の宝珠:神器 あなたの大切な誰かを彼岸より此岸へ呼び戻す神の宝珠。地球で亡くなった者、異世界で亡くなった者、どちらにも使用できる。死者は亡くなった場所で復活するので注意。あなたにとって大切な者でなければ蘇らせることはできない』

全身が汗で濡れていた。

心臓がこれ以上ないほど早鐘を打っている。

視聴率レースで1位になれば、ナナミを生き返らせることができる――?

神の力について、今更疑う余地はない。

奴が死者蘇生が出来るというのだから、できるのだろう。

神の思惑がどうであれ、ナナミが生き返るのなら、俺は――

「きゅ、急に……なにか変だよ? 具合が悪いの? って、キャッ」

俺は上半身を起こし、リフレイアを抱きしめた。

決断は一瞬だった。

1位を取る。

どんな手段を用いても。

――たとえ、悪魔に魂を売ってでも。

「お礼……やっぱり貰ってもいいか?」

「え、ええ? うん、それはそのつもりだったから、いいけど……どうして急に心変わりしたの?」

「……事情が変わったんだ。それで、お礼だけど……その……予約って形でもいいか?」

「予約? 今日はしないってこと?」

「ああ。変な話だけど。でも、必ず俺が貰うから、他の男には渡さないで欲しい」

最低だ。

俺はリフレイアを利用しようと考えていた。

自分の力だけでは一位を取るのは不可能だから。

だが、俺が最低であれば最低であるほど、俺を憎む視聴者達は俺から目を離せなくなるのだ。

リフレイアは少し考えるような素振りを見せた後、静かに口を開いた。

「予約……それ自体は構わないけど……でも私、さっきも言ったけど、もうこの街を出るんだ。仲間――といっても実家で仕えてくれてた 娘(こ) たちなんだけどさ、もうそろそろ潮時だし帰したの。私もヒカルにお礼したら帰るつもりだったから」

「じゃあ、もう探索者はしないってことか?」

「うん。一人じゃ無理だし、いまさら他の人たちと組むのもね……。自意識過剰って思われるかもだけど……他の探索者って私のこといやらしい目で見てくるし」

一人で別の探索者パーティーに入るのはハードルが高い。

完全にフリーな俺だって、そんな発想は持ったことすらなかった。

まして、リフレイアは輝くような美人だ。男のいるパーティーに入ったら、苦労するに違いない。

「……だから、お礼。できれば今日貰ってほしい。シルティオンに戻っちゃったら、簡単にはこっちに来れなくなるから」

彼女にとっては、俺とのこれは旅先での思い出くらいのものなのかもしれない。

だが、俺には彼女が必要だ。

視聴率レースで1位を取りナナミを生き返らせる為には、絶対に。

「リフレイア。明日から俺とパーティを組んでくれないか。……お前が必要だ」

「え、えええええ? そ、そりゃヒカルが組んでくれるなら、私も嬉しいけど……。ホントにどうしたの? 急に変わりすぎ――」

変わりすぎ。その通りだろう。

今までは視聴者が増えないように、目立たず生きてきたのだ。

だが、ナナミを生き返らせるには、正反対のことをしなければならない。

派手に、目立たなければならない。

俺が嫌われていて、だからこそ視聴者が面白半分で見ているというのなら、悪役に徹してでも俺は1位を取る。

俺は今まで以上に嫌われるはずだ。

リフレイアには同情が集まり、他の転移者が『騙されているよ』と教えたりするかもしれない。

でも、それで構わない。

その代償がどうなろうと……1位を取れるのなら。

「全部、終わったら事情は必ず話すよ。だから、それまで付き合ってくれないか?」

「う、うん。私もこんな中途半端で実家に帰ってもどうしようもなかったから、ヒカルみたいに精霊術の強い人が組んでくれるなら、願ったり叶ったりだし」

「ありがとう。明日からよろしくな。朝、迎えにくるから」

俺はリフレイアの頬に軽くキスをして、彼女が呆けている間に部屋を出た。

リフレイアは輝くような美人だ。

きっと視聴者達の目を引き寄せてくれるだろう。

俺の都合で、彼女を利用しようとしていることに罪悪感を覚えないわけではなかった。

全部終わった後で、必ず償いはする。

代償には――

命さえ支払っても構わない。