軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

038 大衆浴場、そして異世界転移者との邂逅

朝日が昇る前に、俺は迷宮を抜け出した。

入り口にリフレイアの姿はない。

さすがに夜通し入り口で張っていたということはないだろうから、用事を終えて去ったのだろう。

あるいは、あそこで誰かと待ち合わせて迷宮に潜ったのかもしれない。

そんなことを考えながら、闇に乗じて宿へ向かおうとしたのだが、反対側の道から、まさに来たときに入り口で見たリフレイアが現れたのだ。

俺は、反射的に木陰に隠れた。

ダークネスフォグを使用して闇に紛れる。

まだ日の出前だ。見つかることはないはず。

実際、リフレイアは俺に気付くことなく、そのまま迷宮の方角へ歩き去った。

(まさか、また今日も迷宮の前で張るのか?)

気になって少し戻ると、リフレイアは予想通り迷宮の入り口に立っていた。

何の用事かは不明だが、いずれにせよ俺には関係ないだろう。

万が一、俺を待っているのだとしても、もう彼女と関わる気はなかった。

宿に戻った俺は、裏の水路で水を汲み、体を清めた。

この街は、かなりきれいな水路が通っており、飲み水として使えるほどなのである。なんでも水の大精霊の恩恵なんだとか。

「おっ、帰ったのか。毎日、水浴びだけじゃ体が冷えるだろう。風呂には行かないのか?」

ちょうど、裏口から外に出てきた宿屋の親父に見つかってしまった。

さすがに何十日も個室に泊まっていれば顔も覚えられる。変な詮索はしてこない良い親父だが、風呂か……。

風呂というのは、公衆浴場のことだろう。

湯気が立ち上っているから、場所はすぐわかるのだが、俺は一度も行ったことがない。

興味はあったし、日本人としては魅力も感じるが、24時間撮影されている身の上。

昼間には余計な行動をしないようにしているのもあり、あまり積極的に利用しようという気持ちにならなかった。

「こんな朝からやってるんでしたっけ?」

「おお。風呂は休みなく営業しているぞ。ま、夜中は行かないほうがいいと思うがな!」

魔物と戦い、精霊石という稼ぎを得ることができた。

そのことから、いろんなことをチャレンジしてみようという気持ちが強くなっていたのだろう。

公衆風呂場にも挑戦してみる気になっていた。

しかし、公衆浴場か。

ああいう場所に、なんの知識もなく突貫するような度胸はない。

体を洗うものはあるのか。石鹸は。風呂の温度は。そもそも、湯船に浸かるタイプか、それとも蒸し風呂か。タオルはあるのか。コーヒー牛乳は買えるのか。

日本のスーパー銭湯とは違うのだ。

桶があるかどうかすら怪しいと考えたほうがいいだろう。タオルは100%ないと見ていい。石鹸も……ないだろう。

俺は親父から、そのへんの情報を根ほり葉ほり聞きだし、宿を出た。

予想通り、桶も石鹸もないとのこと。

事前にクリスタルを使用して「桶」と「タオル」と「石鹸」と「シャンプー」を入手して。

……6クリスタルも使用してしまったが、生活必需品だから問題ない。

朝市で軽く肉の串なんかをつまんでから、風呂屋へと向かう。

この街は「水」「火」「土」「風」の大精霊が集まっている都市で、俺がいるあたりは「水の大精霊」のテリトリー。街の全域がどうなっているかは知らないが、水の大精霊の影響下ではきれいな水がふんだんに作られる関係で、人が住みやすく最も人口密度が高いらしい。

逆に風の大精霊のテリトリーや土の大精霊のテリトリーは、人口は少なく農園が多いのだとか。

火の大精霊のテリトリーでは鍛冶が盛んだとのことだ。

「ここか……」

公衆浴場の場所は、火の大精霊のテリトリーと隣接していて、かなりの規模だ。それこそスーパー銭湯のような外見である。

大量に消費されるお湯は、まず水の大精霊の力で綺麗な水を生み出し、その水を火の大精霊の力で沸かしているのだという。

生活の中に精霊の力が自然と使われている。公衆浴場だから値段も安い。

時間がまだ早すぎたからか、風呂に来る人間は少ないようで、辺りは閑散としている。まだ朝6時半なのだから当然なのかもしれないが、それでも知らない施設に入るのは勇気がいる。

俺は、探索者パーティと思しき集団が入っていくのに紛れて中に入った。

風呂は男女別。料金は銅貨15枚。

この金額なら毎日通うことも可能だろう。

俺は脱衣所で素早く服を脱ぎ、備え付けの木の枝を編んで作られたカゴに入れた。

貴重品などない。

いや、持っているが全部シャドウバッグに収納済み。

石鹸とシャンプーはすでに出して桶の中に入れてある。抜かりはない。

(おお……)

浴場は木材をふんだんに使い、ちょっと和風テイストな造り。洗い場には水道すらないが、桶で湯船の湯を汲んで使うようだ。

湯船はかなり広く、一度に30人くらい入れそうな規模。

世界中に中継されているとはいえ、他の転移者たちだって風呂くらい入ったりするだろう。今更、俺が風呂に入ったからといってどうということもないはずだ。

もちろん、俺のことをナナミ殺しの犯人だと信じている人たちは、人殺しのくせに風呂に入りやがってと思うのかもしれないが……。

一番隅の目立たない場所に陣取った俺は、素早く体と頭を洗い、湯船に浸かった。

(お、おおおお……。しみる……!)

風呂に入るのは、この世界に来て初めてのことだった。

ポカポカの湯が、身体の芯にまで熱を伝える。その熱が、身体だけでなく心まで温めてくれるような気がして知らず泣けてきてしまい、ざぶざぶと顔を洗いごまかした。

これがどこまで放送されているのか、全くの不明だが、今更そんなことを気にしても仕方がなかった。

風呂みたいな普段の生活なら、闇の中でなくても、視線や笑い声は聞こえてこない。

ゆっくり湯に浸かっていると、わいわいと親しげな一団が湯船に入ってきた。

大柄な男達が3人も入ってきたことで、湯船からざあっと湯があふれる。

「いやぁ、朝風呂は気持ちいいなぁ!」

「いいだろう! こんなデカい浴場があるのは、この辺りじゃここだけだぞ」

「ああ。俺の地元じゃ、ちょっとシャワー浴びるだけだったから、こんな良いものを知らなかったんだって愕然としたよ。温泉なんかもあったけど、俺は行ったことなかったし」

入り口で一緒だった探索者の青年たちだ。

俺はそそそと隅のほうへと移動した。

「しゃわーってのはなんだ? アレックス」

「ああ……なんて説明したらいいか、とにかくお湯を雨みたいに浴びるだけのものさ」

「ははは、異世界だったか? 別の世界から来たとか、変わったことを言うやつだよ、お前は」

「おいおい信じてなかったのかよ! こっちに来る前はけっこう真面目な学生だったんだぜ?」

俺は鼻まで湯船に沈み、その会話を聞いていた。

異世界。そう言った。

ちらりと見ると、ライトブラウンの髪をした鼻筋の通った欧米系のイケメンだ。

さわやかな感じで、高校時代はさぞモテただろう。

(異世界転移者……! この街にもいたのか)

あのアレックスと呼ばれている陽キャぽい青年は、欧米……見た目だけではわからないが、いずれにせよアジア人ではないだろう。なのに、同じ異世界語を話し、言葉がわかることが不思議な感覚だった。

(ということは、あいつの放送にはモブっぽく俺が映っているということなのか?)

カメラの角度によっては、普通に俺が映りこんでしまうだろう。そして、俺のほうにも、アレックスの姿が。

どちらも近い街に住んでいるからと同時視聴している人がいたら、「あっ!」と思うのではないか。

(なんか嫌な予感がするな……出るか……)

本当はもっとゆっくり浸かっていたかったが、転移者同士が同じ場所――それも裸で風呂にいるという状況は、傍目にも面白すぎる。

絶対にろくなことにならない。

「あの子、今日もいるかな?」

「おお、入り口の! すごい美人だったな。アレックス、声掛けてただろ? なにしてんだって?」

「なんか知り合いを探してるんだってよ。飯誘ったけど、フラれた」

「マジかよ、ナンパヤローだな、お前」

「いや、あんな可愛い子いたら誘うだろ、普通」

陽キャたちの会話は続いていた。

入り口の美人とは、リフレイアのことだろうか。

知り合いを探しているのなら、俺のことではないだろう。

なぜなら、俺は知り合いではないからだ。

俺は何食わぬ顔で、湯船から上がった。その時だった。