軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

143 姉の想い、あるいは転移者一覧 ※セリカ視点

「ねえ、セリカちゃん。これで私、またヒーちゃんといっしょに居られるね」

手のひらで蠢く幾何学模様をジッと見詰めながら、そんなことを言うナナミ姉さん。

その瞳には熱情に濡れ、恋する乙女などというような生やさしいものではない何かを感じる。

兄の動画を見たばかりだから、「これであの女たちから取り戻せる」とか考えているのだろうか。

さすがに、そこまでバカではないと思うけど……。

少し、現実に戻してあげたほうがいいだろうな。

「姉さん。わかってると思うけど、あっちの世界は広いのよ? お兄ちゃんとの合流も、最終目標としてならいいかもだけど、それより普通に生き抜くことが先決。……はっきり言って、お兄ちゃんのことは、いったん忘れたほうがいいわ」

「忘れる……? それでどうすんの? 私には向こうで死なない程度に生きてろって?」

「変な取り方しないで。じゃあ、姉さん。今のままで、お兄ちゃんと合流してどうなるの? 今の弱っちいままで、みんなが迷宮に冒険に出ている間、姉さんは一人で家でお留守番でもする? そんなことで、異世界美女のリフレイアさんや、モデル級美女のジャンヌさんに太刀打ちできるわけ?」

「……なにが言いたいの」

姉さんの瞳に火が灯る。

煽るような感じになるが、ナナミ姉さんに話を通すにはキッチリぶつかるのがミソだ。そうしないと、強情な姉さんには話が通じない。

「強くならなきゃ、お兄ちゃんと合流してもジリ貧だってこと。お兄ちゃんは優しいから、姉さんが来たらきっと大事に保護してくれると思うよ? でも……それだけ。横に立って戦いの中で絆を深めていくのは、リフレイアさんや、ジャンヌさん。姉さんは、ちょっと扱いに困る存在になるでしょうね。強くもないくせに嫉妬心だけは人一倍で」

「セリカちゃん、あなた――」

「その通りでしょう?」

少し厳しすぎる言い方かもしれない。

姉さんは、下唇を噛み反論の言葉を探している。

でも、これは真実だ。

少し想像すれば、姉さんにだってその絵が浮かんだことだろう。

……そもそも、兄はナナミ姉さんのことも――当然だが、私のこともカレンのことも、女として見ているわけではないのだから。

家族という最も近しい存在ではあるだろう。

でも、それだけだ。

決して女として見て貰えているわけじゃない。

姉さんだって、そのことはよくわかっているはずだ。

兄は、リフレイアさんのことは女性として意識しているが、自分はただの幼馴染みに過ぎないと。

すでに、この勝負は何馬身も離されているのだと。

「それに……見た目も完敗だしね。リフレイアさん級の美人は地球全体を探しても、まぁ滅多に見つからないわ」

「くっ……! 痛いところを……。でも、ヒーちゃんは、見た目で選ぶような男じゃないもん」

「甘い! 甘いよ、姉さん! お兄ちゃんは、母親の愛情を受けずに育ったからか、こう母性溢れる感じの女にめちゃくちゃ弱いのよ! ジャンヌさんにはあまり靡かないかもだけど、リフレイアさんには即落ち……いや、もはやリフレイアさんには勝てないと考えて作戦を練ったほうがいいかな……」

私とカレンがバストアップエクササイズを頑張ってたのは、兄の弱点を小学生のころから理解していたからだ。

そのおかげか、それとも元々の血かはわからないが、それなりに育ってきてはいたが、天然物のリフレイアさんには、到底太刀打ちできるような気がしない。

あれは凶器だ。

「じゃあ、どうすればいいの。ヒーちゃんとも合流できないで、異世界で寂しく生きろっていうの?」

「そうじゃないわよ。さっき、もう訓練施設には連絡しといたから、とにかく転移までの20日間は、死ぬ気で特訓してもらうわ。とにかく、今までの生活のことは完全に忘れて。原始時代にタイムスリップするくらいの気持ちでいて。そうじゃないと……本当に死ぬか、酷い目に遭うわよ? 姉さんは若い女だから、男の何倍も気をつけないといけないし、そのためには結局強くなきゃダメだから」

「そうか……そうだよね。……ありがとう、セリカちゃん」

「ううん。むしろ、最初に選ばれた時に、そういう準備をしなかったこと後悔してたから。私も、異世界転移がどういうことなのか、よくわかってなかったのね」

とりあえず、姉さんにはわかってもらえたようだ。

異世界で兄と合流できるとか、そんな甘っちょろい希望だけで転移したら、悲惨な目に遭うのは目に見えている。

あの神は基本的に平等だ。しかし、たった一ヶ月で300人も死んだ。

心を病んでしまった人も、それなりにいる。

平等に残酷なのだ。無邪気と言い換えてもいいかもしれない。

とにかく、姉さんにはそうなって欲しくない。

「…………セリカちゃん。でもね、私は一度死んだのよ? だから、死ぬのはあんまり怖くないかも」

やっぱりわかってないのかもしれない。

本当にしょうがない姉だ。

「そこは怖がってよ。私とカレンのために、怖がって」

「むぅ。しょうがない妹たちね……」

それはこっちのセリフという言葉を飲み込み、私は民間軍事会社へ追加のメールを入れた。

姉さんは身体を鍛えるのと同時に、心も鍛える必要があるだろう。

彼女に動物が殺せるだろうか? いちおうプログラムを組んでもらうが、おそらく難しいだろう。この人はかなり動物が好きだから……。

だが、それができるかどうか一つで、異世界での生きやすさが違うだろう。人間は他の生物を殺して取り込んで生きているのだから。

精霊力がある、あちらの世界では尚更に。

「そういえば、向こうに持っていく物だけど、こればっかりは私が決めさせてもらうからね、姉さん」

「え、えええ? 写真は?」

「お兄ちゃんと合流できた時に回収すればいいでしょ。絶対に捨てずに持ってるだろうから」

「それもそうか」

私は、コネチカット州の大手銃器会社へメールを打ちながら、姉が持っていく装備のことを考えていた。

メールした会社は、私達が住んでいる場所から本社が近いし、世界一有名なカービン銃を作っているメーカーだ。特注銃を作ってもらう相手としては最高だろう。

神は、片手で持てる単一のアイテムであれば、持ち込みを許可している。

銃であれば、スコープや弾倉は当然として、アドオン式グレネードランチャーまでOKとなる。逆に強引に予備弾倉をくっ付けたりした場合はNGだ。あくまで、単一の道具である必要がある。その匙加減は少し難しいが、特注で弾倉を巨大化したりするのはセーフのはずだ。

吊るしの銃だと、装弾数はそこまで多くない。一般的なアサルトライフルでせいぜい30発程度だろう。異世界では弾を補充できない以上、弾は何よりも重要になってくる。

つまり「弾が多い」「一発の威力が大きい」「故障しにくい」「女でも扱える」みたいな条件が出てくる。弾も一般的なサイズよりも、多少大きめの弾が出る銃がいいだろうか。

まあ、いずれにせよ私にはこの分野のことは常識的な範囲の知識しかない。

時間はないが、金さえ積めば特注銃の一丁くらいすぐ作ってくれるだろう。たぶん。

メールを打ち終わるころ、ピリリリリリと電話が鳴った。カレンからだ。

また、なにか問題が発生したのだろうか。

「……セリカン、見た!?」

「なにを? って、そっか。もう更新されたの?」

「されたから、見てェ……」

カレンが何を言わんとしているのかは、すぐにわかった。

異世界転移者名簿が更新されたのだろう。

今回の転移は300名。

全世界人口が70億を超えていることを考えれば、300名は実に少ない数字だ。

知り合いが選ばれる可能性なんて――

「って、あなたが選ばれたの!?」

そういえば、カレンが選ばれる可能性のことは考えていなかった。

私も選ばれていないし、カレンもそうだと思い込んでいたが――

「違う。それより早く。見ればわかるから」

「そ、そう。驚かさないでよ……」

やりとりしながら、タブレットを操作する。

そして、すぐにカレンが何故死にそうな声を出すか、その理由を知ることができた。

「神ィ……やってくれたわね……」

「なんでなん……? こんなことってある……?」

「――もしかしたら、あのメッセージを信じていたのかも……」

あの男を呼び出すときに、神を騙ったメッセージをLINEで送っている。

『私は神だ。君の異世界へ行きたいという気持ち、見せてもらったよ。次の異世界行きには君を優先的に案内しようと思う。……だが、あれはマズかったね。このままでは君は警察に逮捕されて死刑にされてしまうだろう。私の部下達に君を匿うように命じた。すぐに到着するから、返り血のついた服や凶器のナイフを持って、家の外に出るんだ』

『家の者には、異世界に行く為の修行の旅に出るとでも書き置きしておきたまえ。次の異世界転移には少しエネルギーを溜める必要があり、時間がかかるのだ』

『スマホは警察に逆探知される可能性があるから、置いていきたまえ。こちらで、別の機器を用意する』

こんな内容だったはずだ。

そして、私達はあれが偽メールだと、いちいち伝えてはいない。

もし……あの男が、あの内容を『本物』だと信じ続けていたのなら。

どんな境遇になろうとも、自分は異世界に行けるから問題ないと、ひたすらに異世界行きを夢想していたのだとしたら。

どれだけ、痛め付けられても、それだけを心の支えにしていたのだとしたら――

「……これも、私の失策なのかしらね」

画面に仏頂面で映る茶髪の少年。

転移者NO.1133 オザワ・ユウイチ。

ナナミ姉さんと、家族を殺し、私の兄をも一度は殺した男が、異世界転移者に選ばれていた。