軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

118 餞別、そして道は別たれ人生は続く

次の日。

俺は街の東側の出口までリフレイアを見送りに来ていた。

彼女の故郷の街は、ここから徒歩で5日程度の距離にあるらしい。

光の大聖堂がある聖地扱いだから、街道が整備され、途中に小さい宿場町がいくつかあるらしく、野宿はしなくても済むのだとか。

馬車を利用しないのか訊いたら、値段が高いから節約するのだという。

まあ、リフレイアは迷宮で位階をあげているから、多少の移動程度は問題にもならないということなのだろう。

「……じゃあ……お別れですね、ヒカル」

いつもの探索者としての装備に身を包んだリフレイアは、いつもと変わらず美しかった。

彼女なら良い聖堂騎士になるだろう。

探索者などという、命と隣り合わせの商売を続ける必要などないのだ。

「リフレイア、俺……こんな時に何にも用意してなくて。こんなものしかないけど、受け取ってくれ」

「お花ですか……?」

「ああ。枯れない花だから、ずっと飾っておけるみたいだ」

「ふふ、ヒカルが花だなんて、なんだか似合わないですね」

「そう言うなよ」

いつか、森で採取してそのままシャドウバッグに入れたままになっていた、光る花だ。

夜でも柔らかく光を放つ花だから、照明の代わりになるかもしれない。

可憐に輝く姿は、どこかリフレイアを彷彿とさせる。

彼女が、花を持つと、まるで一枚の絵のようによく似合った。

「すごい……かわいい……。でも、枯れない花だなんて、高価な物なんじゃないですか?」

「どうかな。森で俺が摘んできたものだから」

この花は、特級レア素材だとかで、この花を摘んだおかげで俺は3ポイントを得て、結果的に森を抜けることができた。

そういう意味では、命を救ってくれた花でもある。

生活が安定した今となっては、手放さず持っていてもいいかなという気になってきていたが、リフレイアへの餞別として渡すなら悪くない。俺が持っていてもバッグの肥やしになるだけだろうし。

「たいした物じゃなくて済まない。あ、あとそれ、なんか病気の特効薬にもなるらしい。妹さんの病気とは関係ないだろうけど」

「なんて病気に効くんですか?」

「なんだっけ」

アイテム鑑定で調べたのは、もうかなり前だ。

俺はステータス画面から、鑑定履歴を引っ張り出した。

『蒼月銀砂草 :通常 (深い森で満月の夜にのみ現れる二輪草。自ら輝く姿から暗い中でも見つけやすいが、精霊力の局地的純化により発現する為、発見自体が困難。精霊力により光を放つ性質であり、土から引き抜いても枯れることがなく、不死の象徴として好事家の間で高値で取引されている。乱れた精霊力を整える効能があり、根を煎じれば精霊骨繋索失調性麻痺の特効薬となる。特級レア素材)』

「……精霊骨繋索失調性麻痺というのに効くらしい。俺はこの世界の病気に詳しくないけど、よくある病気なのか?」

「せいれいこつけいさく……ですか? すみません、聞いたことありませんね。妹の病気は、乱魔病というたまにある病気なんです。死ぬようなものではないんですが、地道に治療していく以外に治療方法がないらしくて」

「そっか……」

偶然拾った花が治療に役立つなんて、虫のいい話があるとは俺だって思ってはいない。

だから、これはただの確認でしかない。

「まあ、もし伝手があったら、売っちゃってもいいから。相場はわかんないけど、意外と高く売れる花みたいだし」

「えええ? せっかくヒカルから貰ったのに売るわけないじゃないですか」

「いやまあ、そこまで大事にすることはないよってこと」

俺との記憶なんて、これから人生を送っていくのに、あるいは邪魔になるだけだろう。

離ればなれになれば、彼女の気持ちもきっと薄らいでくる。あの花が、いつまでもその気持ちを繋ぎ止めてしまわないように、さっさと売り払って妹の病気の治療費の足しにしてくれればいい。

そういう意味では、食べ物とか、消えるものにしたほうが良かったかもしれない。

……ま、今更か。

「あ、あとこれも。薬なんだけど、こっちは効くかもしれないから。誓って変なものじゃないから、妹さんに飲ませてやってくれ」

俺は小瓶に入ったそれをリフレイアに渡した。

「こっちは薬なんですね。フフ……ヒカルがくれたものなら、本当に効きそうですね」

「まあ、気休めになるかもわからないけど」

「いえ、ありがたいです。ヒカルの気持ちが」

「たいしたものじゃないけど、俺の地元の……向こうの世界のやつだから、どこで手に入れたかとかは秘密にしてくれ。一応な」

実際にこの薬が効くかどうかは確信が持てない。実際に効くのを見るまで100%はないのだ。変に期待を持たせるようなことは言いたくなかった。

ただ、大癒のスクロールがリフレイアにちゃんと効いたし、ポーションも問題なかった。

ならばこの 万能薬(・・・) とやらも、効果が期待できるはず。

どんな病気でもたちどころに治すというこの『万能薬』は、大癒のスクロールと同じ3ポイントもする代物だ。

今日の朝、『一ヶ月生き延びたで賞』とかいうふざけた名目で神から1ポイントが贈られ、さらにクリスタルが30個溜まっていたのを交換することで、ギリギリ交換できたのだ。

これで俺の手持ちポイントは、クリスタルすらゼロという状況になったが、後悔はしていない。

唯一、薬の出所を探られるのだけは心配だが、リフレイアなら黙っていてくれるだろう。

「……では、私。行きます」

「ああ。達者でな」

「ヒカルも……。私、試験に受かったら会いに来ますから。絶対に死んじゃダメですよ?」

「死なないさ。俺は死なない」

「ヒカル…………」

おずおずと手だけ握って、リフレイアは別れを惜しんだ。

試験が終わったらというのが何時なのかはわからない。

でも、その時にはもう彼女は聖堂騎士としての人生を歩み始めているのだろう。

リフレイアの潤んだ瞳からは涙が零れそうだったけれど、それを振り払うように彼女はキッと前を向いた。

「じゃあ……行ってきます!」

「行ってらっしゃい」

徐々に遠ざかる彼女の後ろ姿。

時々立ち止まり、何かを逡巡し、また歩き出すリフレイアのその後ろ姿を、俺は脳裏に焼き付けた。

また、彼女が俺に会いに来るのか、それはわからない。

俺だって、この街にずっといるのかどうかわからない。

いずれにせよ、これで何が終わったわけでも、始まったわけでもないのだ。

俺はこの世界で生きていく。

悪意の視線に晒されようと、今ここにいる自分自身だけが真実なのだから。

俺はリフレイアの姿が見えなくなるまで、その場所に立ち尽くしていた。

これからの人生で、これだけ女性に胸を焦がすことはもうないだろう。

――あの時。

マンティスに襲われたリフレイアを助けて良かった。

俺の残りの人生が消化試合だとしても、彼女を助けられただけ、この世界に来た意義があった。

恋の味も……知ることができた。

夕暮れがあたりを紅く包む頃になって、俺は踵を返した。

まだしばらく迷宮への入場規制は続く。

少し貯金もあるから、宿を出てどこかで部屋を借りてもいいかもしれない。

人生は、これからも続いていくのだから。