軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

011 魔物の巣、そして4億人の視聴者

「生きる……! 生きるんだ……!」

俺は呪文のように呟きながら一歩一歩、脚を前に進めていた。

折れそうな心を支えていたのは、ナナミが生きてこちらの世界に来ているかもしれないという希望だけだった。

ナナミは生きている。

そう信じることだけが、この過酷な状況を乗り越える唯一の材料だった。

ヒント通りに夜に歩く作戦が良かったのか、それとも闇の精霊術が効果的だったのか、どちらが良かったのかは不明にせよ、歩き始めて3時間と少し。今のところ魔物との遭遇はない。

ただ、直線の最短距離で進んできたら、山の傾斜にさしかかってきており、這うようにして登りながらなんとか進んでいる状況である。

俺が3ポイントで交換した地図は確かに高性能ではあるが、所詮は「世界地図」なので現在地の細かい起伏などは表示されておらず、わかるのは現在地が森であることと、南側は山脈があるらしいということだけだ。

北側に迂回していけばもっと平坦である可能性もあるが、俺は直進してしまった。

というより、登山の経験もなにもないから、ただ地図を頼りに真っ直ぐ進む以外の選択がなかっただけともいう。

精霊術はあまり連続では使用しないようにしている。

もちろん、歩いている間中「ダークミスト」を使い続けるのが理想ではあるが、精霊力切れでいきなり失神してしまう事態だけは、絶対に避けたい。

精霊力の自然回復量がどんなものかはよくわからないが、感覚で覚えていくしかなく、何度も何度も術を使う中、なんとなくその感覚を掴めそうなところまで来ていた。

ダークミスト自体も熟練度が上がったからか、持続時間も延びてきている。このまま、熟練度が上がっていけば、連続使用できるようになるだろうという希望も見え始めていた。

「はぁ……はぁ……。しんどい……でも、できるだけ距離稼がないと……」

いつ魔物が飛び出すともわからない山道を歩くという初めての経験で、俺はすでに疲労困憊だった。

中学はいちおう運動部だったが、そこまで熱心なわけではなかった俺には、一般的な15歳程度の体力しか備わっていないのだ。

ステータスボードには時計機能が標準搭載されており、現在時刻がわかる。これは地味に便利だ。

この世界の自転やら公転やらがどうなっているのかは不明だが、一日は24時間で、日照時間も地球とほとんど変わらない。

このあたりのことが神の配慮なのか、それとも偶然なのか、知る術はない。

「朝の五時か……。すこし明るくなってきたか……?」

そろそろ日の出の時間のようだ。

ダークミストを使っていると、明るい場所に闇がわだかまっているように見え、少し不自然に見えるかもしれない。日の差さぬ場所も多い深い森の中だから、そこまであからさまではないにせよ。

「昼間は結界石を使うにしても、有効時間は12時間。せめて日が暮れる時間を逆算して七時までは粘りたい……」

明るくなったらすぐさま危険があるというわけではないだろう。

俺は最後の力を振り絞り、斜面を駆け上がった。

視界が開け、少し開けた丘に出た。

そして、そこにいた生物を見て、俺の心臓は一瞬止まった。

「キキッ!」

小さな――それでもマウンテンゴリラくらいのサイズだ――朱い猿が二匹。

その奥であおむけになって眠る、巨大な燃える猿。

俺に気付いた子猿が、キーキーと喚き立てる。

奥で眠っていた大猿が身じろぎする。

(マ……マジで……? 大猿の巣に出ちゃったのか……?)

小枝や草を積み上げ作られたベッド。

周囲に積まれた果物や木の実、動物の骨。

あの大猿がオスかメスかはわからないし、あいつが俺が昨日出会ったのと同一の個体かはわからないが、とにかく巣である。

(逃げられるか……?)

俺は結界石をいつでも割れるように握りしめ、ダークミストを唱えた。

だが、すでに朝日は上がり始めている。

開けて十分に明るい場所では、俺のダークミストなど、蚊柱程の目くらましにもなりはしない。むしろ猿の好奇心を刺激しただけだった。

(くそっ、どうする……!? どうすればいい……?)

俺は半ばパニックに陥っていた。

結界石は「その場所」に結界を築く。つまり、魔物の巣で結界石を使ったなら、12時間その場所から移動することができない。

その12時間のどこかで魔物がいなくなるならともかく、子猿どもは巣からは離れないだろう。

不幸中の幸いか、大猿は意外と鷹揚な性格なようで、子猿が騒いでも身じろぎこそすれ、起きる気配はない。

だが、子猿はこっちに向かってきそうなのだ。

大猿ほど攻撃的な見た目はしていないし、見た目だけなら可愛さすら感じるが、それでもあの狂暴な大猿の子どもだ。無邪気に手足を引っこ抜かれる可能性は十分にある。

子猿との距離は20メートルほど。

もうとっくに「遭遇した」と言っていい間合い。

俺は少しでも距離を稼ぐために走った。

どうせ見つかったのなら、イチかバチかだ。

俺が走ると同時に、子猿たちも四つん這いで走り寄ってくる。

逃げる獲物を見たら追いたくなる獣の本能を刺激してしまった。

(くそっ! 速いっ!)

子猿といってもデカい。そのくせ俊敏だ。

俺はほとんど距離を稼ぐことすらできずに、あっという間に追いつかれそうになり、腕を掴まれる寸前で結界石を割った。

半透明のドームが発生し、獲物を見失った子猿たちは、キーキーと騒ぎながら広場を走り回っている。

あのまま捕まっていたらどうなっていただろう。

おそらく、反応がある面白い人形として消費されていた。

結界石という救済措置を神が用意していなかったらと考えるとゾッとする。

「……とはいえ、いよいよ詰んだか…………はは……」

俺はステータスボードを開き、アイテム欄を見た。

購入できるアイテムの中に一つだけ異彩を放つものがある。

・ギブアップ用錠剤 必要ポイント 所持ポイントのすべて

あの猿に生きたまま喰われる前に、これを使うことができる。

もちろんギブアップといっても、元の世界に帰れるという生易しいアイテムではない。

つまり 自(・) 決(・) 用(・) の(・) 毒(・) 薬(・) だ。それも、自分自身にしか効果を発揮しないという専用品。

「走ったから少しは離れられたけど……逃げられる距離じゃない……よな……」

未だに眠っている大猿からは50メートル程度離れられたが、たとえ深夜だったとしてもすぐ近くに出現した人間を逃すだろうか?

いや、けっこう熟睡していたし、案外鈍感かも?

でも、子猿のほうは目敏く俺を見つけそうという気もする。

「まあ……もうなるようにしかならないな」

正直、もうヘトヘトだった。

なんの準備もなく異世界行きに選ばれて、深い森の中を歩いてきたのだ。

日が差して、柔らかい草が生えたこの場所は、すぐ近くに魔物がいるにせよ久々に見た明るい場所で、俺はそのまま地面に突っ伏して眠ってしまいたかった。

「なんか食べるか……」

結界の中に入っていることで、麻痺していた感覚が戻ってきたのか、猛烈な空腹と喉の渇きを覚えていた。

死ぬほどに眠いというのもあったが、寝る前に水分だけでも摂っておかなければ。

ステータスボードを開き、サンドイッチと水をそれぞれ1クリスタルを使い交換する。

サンドイッチは包装紙で包まれ、水は重たい陶器の瓶に入って出てきた。

俺はそれを夢中で食べ、飲んだ。

それで、少しは脳に活力が戻ってきた。

「……そういえば、クリスタル、妙に溜まってたな」

30クリスタルで1ポイントと交換できるから、クリスタルは貴重だ。

前に見た時は「デイリー視聴者1億人達成」と「怪物との初遭遇」で2クリスタルが付与されていた。ヒントで1つ使ったから、残りは1だったはず。

それが、さっき見た時には6クリスタルくらい溜まっていた。

ステータスボードのログで確認する。

一番古いログが、『【デイリー視聴者1億人】を達成』だ。そしてその次が、『【怪物との初遭遇】を達成』。ここまでの2クリスタルは知っている。

その次が『【初めての精霊術】を達成』で1クリスタル。

そして、『【累計視聴者数5億人】を達成』。これはちょっと特別だったようで、一気に3クリスタル付与されたようだ。

累計というのは、一日の合計ユニークアクセスの合計のことらしい。

それにしても、5億だよ。

今日は2日目扱いのようだけど、それにしても5億人は半端な数ではない。

数字が大きすぎて現実感がないが、それこそ地球人口の1割弱が俺のことを見たということなのだろうか。

今だって、リアルタイム視聴者数は4億人強なのだから――つまり本当に注目されているということなのだろう。

……序盤のお笑い枠として。

そうでなければ、ポッと出の転移者である俺がこんなに視聴されるはずがない。

そして、2日目の『【デイリー視聴者1億人】を達成』。デイリーは毎日貰えるようだ。助かる。

これで、今までで貰ったクリスタルが7。

使ったのが、ヒントとパンと水で3。残りが4。

30クリスタルは遠いが、まだ2日目と考えると順調……なのだろうか。

いや、今は結界石でバンバンポイントを消費している状況。

順調などとは到底言えないだろう。

俺は頭を冷やすべく、タイマーをセットし少し横になることにした。

夜通し歩いていたのだ。眠らなければ生還の為の良いアイデアも出ないだろう。

「じゃあ、四時間後にアラームが鳴るようにセットして……と」

ステータスボードは時計に加えて、タイマー機能まであるのだ。

これは、時間に縛られて生きてきた現代人向けのお助け機能なのだろう。

「……おやすみなさい」

俺は虚空に向けて呟いた。

どんな気持ちで、彼ら――視聴者達が俺のことを見ているのかはわからない。

だが、きっとこんな森の中、一人で戦ってる俺を応援してくれているのだろう。

……きっと、そのはずだ。