軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

102 二度と失わぬ為に、そして二度と間違えぬ為に

「あっ、あれ……? おかしいな……。暗いからかな。転んじゃった……。あ、あはは」

「――リフレイア」

――俺達だけで倒せるかもしれない。

そう脳裏に過りすらしなかったと言えば、嘘になる。

結界石を交換するためにステータスボードを開いた時に見たが、視聴者数が一気に増え16億人になっていたのだ。

アレックスと俺が同時に魔王と遭遇したのだ。おそらく、現時点での転移者の中で一番ホットなのがここなのだろう。

視聴率レースは二週間の総合視聴者数で決まる。

序盤に注目度が低かった俺は、この終盤で大きく巻き返さなければ一位にはなれない。

そして、今。

予定通り、魔王との遭遇戦を経て大きく視聴率を伸ばすことができている。

ここが勝負のしどころ。

そういう意識が、心のどこかにありはしなかったか――

――ナナミを生き返らせることができる。

――彼女を救う。

――そのことで、俺自身をも救うことができるかもしれない。

そんな俺の想いが無意識に漏れ出ていて、それで彼女に無理をさせてしまったのだろうか。

闇の中で、俺、あるいはリフレイアを探し唸るマルコシアス。

リフレイアの攻撃のダメージはどれほどだろうか。多少の出血は見られるが、大きなダメージを与えられているとは思えない。

俺は、倒れたままのリフレイアを後ろから抱きかかえるようにして支え、ついさっき交換したばかりの結界石を割った。

瞬時に俺を中心に半透明な膜が広がる。

「ハァ……ハァ……。ヒカル……? そこにいるんですか……? なんだか、脚が痛いんです。どうなっていますか? 暗くて……ポーションがどこにあるか見えなくて――」

「悪い、すぐ明るくする」

ダークネスフォグを解除すると、リフレイアは俺を見て、ホッとした顔を見せた。

しかし、ただでさえ白い顔がさらに白くなっている。

血溜まりに喘ぐリフレイアの姿がナナミの最後の姿とダブり、うるさいほど鼓動が激しく打ち付ける。

俺自身はケガなんてしていないのに、全身が麻痺したかのように震え力が抜けていく。

シャドウストレージからありったけのポーションを取り出し傷口に使用するが、一瞬だけ血を止める効果があるだけで、ほとんど意味をなさない。

夥しい出血。明らかな致命傷。

すぐに対処しなければ――頭ではそうわかっているのに、赤い血にまみれて喘ぐリフレイアの姿に、冷静さを奪われてしまっていた。

俺はこういう状況になる可能性をしっかりと想定できていなかった。

考えが甘かった。

俺自身が傷付くのならば、問題ない……そんな風に簡単に考えていた。

うぬぼれていた。

これまで死なずにやれていたことで、今回もどうにかなると甘く考えていた。

一人で三層に潜っても平気だった。

一人で四層に潜ってさえ平気だった。

だから、魔王だってなんとかなる。そう無意識に判断してしまっていたのだろう。

それよりも、魔王と出会うことで「1位」になれる。リスクを把握することすらせずに、それを選択してしまった。

四層への階段で待つリスクを考えなかった。たった二人しかいないリスクを考えなかった。自分が弱いという当然の現実さえも見えていなかった。

全身から血の気が引いていく。

なにもかも、俺の判断の甘さが招いたことだった。

俺はまるで自分のものではないほど震える手で、シャドウストレージからロープを取り出し、リフレイアの太ももをキツく縛り止血をした。

とにかく出血を止めなければ、どうにもならない。

「リフレイア。どうしてあんな無茶を? 俺達は別にあれを倒さなくてもいいんだから、無理する必要なんてなかったんだぞ。時間さえ稼げればいいんだから」

不安にさせないよう、俺は平静を装って話しかけた。

ロープによる止血はかろうじて効いたように見えるが、予断を許さない状況なのは同じだった。

誰か回復術を持った者が駆けつけるのを待つか……?

いや、そんな時間はないだろう。

「……ヒカル言っていたじゃないですか……幼馴染みを生き返らせる為だって……。目立って……一番になるんだって」

「それはそうだけど、だからって無理する必要はないんだよ! 死んだら元も子もないだろ」

「ハァ……ハァ……。だって一番になれたら……私のおかげで一番になれたんですよって……これからも側にいてくれるかなって……わたし、バカだから……わかんなくて。でも、いちばんになれれば、なんでも……いうこときいてくれるって……いってたから……」

半ば朦朧としているのか、同じような言葉を繰り返すリフレイア。

俺が彼女を追い詰めていたのだ。俺は俺の事情ばっかりで、彼女の気持ちをちゃんと考えられていなかった。自分が頑張れば、もう少しで望むものに届くからと、説明さえもなおざりにしていた。

「バカなのは……俺のほうだ」

「……私、ヒカルといられるなら、もうなにもいらなかったから……。魔王をたおせたら……いちばんになれるんですよね……? そしたら……ヒカルは、きっと私のことすきになって……ずっと……いっしょにいてくれるんじゃないかって……。もう……それくらいしか、できることわかんなかったから……」

「…………」

なんと答えたらいいのか、わからなかった。

見られているとか、視聴率だなんて説明したところで、テレビすらない世界のリフレイアに理解ができたはずがないのだ。

そんなこと――わかっていたはずだったのに。

拙い理解の中で、彼女なりに出した答えが、今まで以上に俺の期待に応えることだったのだろう。

直接攻撃要員として、最大限に有用であることを見せれば、俺の気持ちが変わるのではないかと――

「……待ってろよ。こんなの軽い傷だ、大丈夫だからな」

戦闘中のケガで興奮状態だったからか、幸い痛みはないようだった。

……いや、すでに痛みを感じないほどの状態なのか。俺には判別ができない。

リフレイアの視線はあやふやで、こちらを見ているのか、それとも何も見えていないのか。

いつ、その光が失われるのか不安になるほど、か細く明滅して見えた。

彼女がうわごとのように繰り返す「いちばんになれれば」の言葉に、心を掻きむしられる。

――俺はどんな綺麗事で取り繕おうと、彼女を利用していたのだ。

1位になるために。

そして、その結果がこれだ。

赤い赤い血は、ナナミが流したものと同じで。

異世界だからといって青い血が流れるわけではないし、ゲームみたいに無臭なわけでもない。

手のひらにベットリと付着した血の赤さ。微笑む彼女の白い顔。荒く細い吐息。激しい鼓動。

世界はコントラストを増し、俺に語りかけていた。

これが現実だと。今ここにあるものがすべてだと。

(なにやってんだ…………俺)

心を守る為に闇に紛れて、しかし心は地球に置き去りのままだった。

この世界にいる自分自身を本当の自分とは別の何かだと、どこかフワフワとずっと俯瞰して見ていたのだろう。どこかで、こんなことは現実では……本当のことではないのだと思っていた。

だから、どんな無茶でもできた。死んでもいいと思っていた。

俯瞰して見る世界は非現実的で、ただ『ナナミが死んだ』そのことだけが俺にとっての現実だったのだ。

だから、直視していなかったのだ。俺は。

この世界のことを。

いまここにある現実を。

俺を何度も救ってくれた彼女のことを――

そして、自分のことさえも――

「リフレイア、大丈夫。すぐ治るからな。待ってろよ」

「う……うん。へいきだよ。私……」

平気なはずがない。それが、強がりなのか、それともいつも強がっていたのか。俺にはなにもわからない。

とにかく、時間がないことだけは確かだった。

徐々に失われていく熱。

まるで置物のようになってしまった左足は、ほぼ切断されており、並の回復手段――クリスタルで交換できるようなポーションやスクロールでは回復不可能であることは明白で。

リフレイアの身体を抱きしめるように支えながら、もどかしく震える指でステータスボードを開く。

ポイントはゼロ。クリスタルも数十しかない。

……彼女の傷を癒やせる術はない。

――たったひとつだけ。

神が用意した救済手段。それ以外には。

それは、ステータスボードの少し深い階層にあった。

《ポイントの前借りを行いますか? 最大で3ポイントまで前借りすることができます》

神からの救済措置であるポイントの前借り。

……もちろんデメリットもある。

だが、俺は迷わず3ポイントを選択した。

《3ポイント前借りします YES / NO》

YESを押し込む。

《注意! ポイントの前借りをした場合は、完済までクリスタルおよび前借り分以外のポイントの使用ができなくなります YES / NO》

YESを押し込む。

《注意! ポイントの前借りを行った場合、現在のキャンペーン『第1回視聴率レース』は棄権と見なされます YES / NO》

そう。これがデメリットだ。現在、視聴率レースは暫定一位まで上がっている。その努力はこのボタンを押せば無に帰す。

同時にそれは、ナナミを生き返らせる手段を永遠に失うことを意味していた。

もちろん、リフレイアの命と天秤に掛けられるわけがない。

なのに、一瞬とはいえ躊躇してしまう自分自身に嫌気が差す。

「ヒカル……。どこにいるんですか……? 私……失敗しちゃいましたね。ヒカルだけでも逃げて……。もともと、あの時ヒカルに助けられなかったなら……わたし、死んじゃってたから…………」

リフレイアが唇を震わせて、うわごとのように呟く。

光を失った瞳が、力なく俺の姿を探している。

「 こ(・) こ(・) に(・) い(・) る(・) よ(・) 。ちゃんと、ここにいる。リフレイアの隣にちゃんといるよ」

「ふふ…………へんなの……」

「ごめんな、俺の失敗で痛い思いさせちゃったな。でも、すぐ治すから。安心しろよ」

ほぼ裂けたリフレイアの太ももからは、白い肉が覗いている。

出血も、ロープなんかでは止まりきるわけがなく、ダラダラと止めどなく流れ地面を赤黒く染めていく。

ショックでいつ死んでもおかしくない。

そして、死ねば――

その瞬間、彼女の肉体は永遠に失われ、物言わぬ拳大の石になり果てるのだ。

「わかってる……。わかってんだよ……!」

誰に言うでもなく、俺は喚きながらステータスボードの「YES」という文字を押し込こんだ。そして、すぐさまアイテム欄から3ポイントの『大癒のスクロール』をタップする。

チラリと見えた視聴率レースの「1位」の表示が、「棄権」へと移り変わる。

同時に空中から出現したスクロールを、リフレイアに握らせた。

「リフレイア、これの封を切るんだ。自分で。さあ」

「……えっ。ヒカル……どれ……? 私、わかんなくて……」

「ああっ、もう。こうだよ。この紐を引っ張るだけでいい」

後ろから抱き支えながら、手を添えて、

「……うん。こう……?」

ほとんど力の失われた指で、なんとか彼女はスクロールの封を破った。

――その瞬間。

スクロールは青白い炎となり消え去り、代わりに優しい光がリフレイアの身体を包み込んでいく。

「アッ……。ああ……。何……ヒカル……これは……?」

「間に合って良かった。もう…………大丈夫だよ」

魔王の牙か爪によるものか、ほとんど切断寸前だった脚が、ジワジワと、しかし確実に元の状態に復元されていく。

同時に、リフレイアの顔色に血の色が戻ってくる。

かつて一度、大癒のスクロールを使ったことがあって良かった。

もし、使ったことがなかったなら、迅速に対応することはできなかったかもしれない。

安堵で全身の力が抜け、今更、滝のように汗が噴き出してくる。

ギリギリだった。

もう少し魔王の攻撃が深ければ、あるいは場所が脚でなく胴体だったなら、彼女は助からなかっただろう。

数分後には、リフレイアの身体は、すべて元通りの状態に戻っていた。

その場に残る、血溜まりだけが彼女が致命傷を受けていた証拠だった。

魔王は、結界の中にいる俺たちを見つけられず、遠吠えを繰り返している。

巨躯から発せられる声は、おそらく階層全体に届くほどだろう。

あれなら、すぐに他の探索者たちが見つけて討伐――あるいは時間稼ぎをしてくれるだろう。

――俺達の……いや、俺の戦いは終わったのだ。

ナナミ、ごめん。