軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.約束

数日後。ディランのところにはローレンスから手紙が届いているようだった。

もちろん、先日の仮面舞踏会での収穫については王城で直接報告しディランの手柄になったのだという。その手紙はエイヴリルのことについても書かれているらしいが、ディランは絶対に見せないと宣言していた。

極めて渋い顔をしてものすごく嫌そうにローレンスからの手紙を読むディランを眺めながら、エイヴリルは仮面舞踏会でのことを思い出す。

(ディラン様は公爵様です。領地経営の他にも特別なお仕事をたくさん抱えていらっしゃるのですね。つまり、またこの前のアッシュフィールド邸への潜入のように難しいお仕事があるのかもしれません。私は少しでもディラン様のお力になりたいです……!)

次もまた絶対にお供させてもらおう、そう決意していると、手紙を読み終えたディランが話しかけてくる。

「エイヴリル。アッシュフィールド邸での活躍はさすがだったし手紙でローレンスも褒めている。だが、私はエイヴリルを危険な目に遭わせたくないんだ。いくら王太子からの要請だったとはいえ、君を同行させたことを後悔している。次はもうないと思ってくれていい」

「いいえ。私はディラン様のお側でお手伝いができてとても楽しかったです。次もご一緒させてください」

エイヴリルの言葉に、ディランは頑なに首を振る。

「……悪いが頷くことはできないな」

(それはそうなのですが。ディラン様は意外と頑固ですね)

言いたいことは十分に理解しつつ、エイヴリルはディランが頷いてくれないのが不満だ。その理由は『少しでも力になりたいから』だけではない。

仮面舞踏会に参加して以来、ある考えが頭をよぎってもやもやするようになってしまったのだ。またその考えが思い浮かんで、しゅんとする。

「……ですが、私はまだディラン様と仮面舞踏会で一緒に踊っておりません。いくらお仕事とはいえ、ディラン様がどこかのご令嬢と親しく過ごされるのはさみしいです。ですから、また機会があれば私が」

そうして無邪気に微笑んで見せれば、ディランは数秒固まった後、手にしていたローレンスからの手紙をくしゃくしゃと丸めて放った。まるで、お手上げだとでも言っているかのようだ。

「…………そういうことを……本当に君は」

放られた紙をクリスが「うわマジですか」と苦笑しながら拾いに行く一方で、エイヴリルはディランの珍しく子どもっぽい仕草に首を傾げる。

「ディラン様。私、思うのです。あの日はファーストダンスができなくてよかったと」

「……そうなのか? 私は残念だったが」

頬杖をつき不満そうなディランに向け、エイヴリルはにこりと笑う。

「いいえ。私は、ディラン様と初めて踊るのは結婚式がいいです。ファーストダンスのお相手がディラン様で、しかもそれが結婚式だなんていったら、特別でとっても幸せな気がしますから」

「…………」

くしゃくしゃに丸まった手紙を拾い終えたクリスがニコニコと笑いながら書斎を出ていく。

それを合図に、ディランはエイヴリルを抱き寄せた。本物の婚約者になったものの、こうしてディランがエイヴリルとの距離を詰めてくることはあまりない。

慣れない感覚にほんの少し緊張するものの、大切そうに扱ってくれる腕の中は、ひどく居心地がよかった。

言葉はないけれど、甘い空気の中、エイヴリルは微笑む。

(特別なファーストダンスなんてなくても、いまも十分幸せですけれどね)

ところで、ローレンスからの任務では悪女になりきったが、普段のランチェスター公爵邸で過ごすエイヴリルは自然体だ。

皆に止められつつ掃除はするし、使用人部屋に入り浸るし、厨房でパサパサのパンも焼いてもらう。

この前は故障したボイラーの修理を手伝った。うっかり夢中になって真っ黒になって誰なのかわからなくなってしまい、グレイスにドン引きされて遠慮がちに怒られたりもした。

ちなみに、ランチェスター公爵家のタウンハウスに仕える人間以外は、まだエイヴリルを悪女だと勘違いしているものも多い。

たとえば、たまに庭先で顔をあわせる新聞配達の少年はエイヴリルを興味津々に見てくる。ボイラー修理で真っ黒事件の日にはうっかりその格好のまま出会ってしまい、ご苦労様ですと声をかけたらとびあがって逃げていった。

その話がどう巡り巡ったのか、街ではランチェスター公爵家の悪女はトラブルになった男や恋敵を敷地内で消しているのではという噂になったりもした。

ディランはカンカンになって怒っていたが、悪女が出てくる推理小説で勉強しているエイヴリルにはちょっと興味深い話だった。

(ディラン様の優しさには感謝しています。ですが、私がサスペンスの主人公として語り継がれているのは少し誇らしい気がします。面白いものですね)

それが、エイヴリルの日常。

――がんばって慣れない悪女を演じる機会はもうないはずだった。