軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8.ここは宮殿でしょうか?

無事に契約を結んだエイヴリルには、陽当たりのよい離れの部屋が与えられることになった。

「ここは……何でしょうか」

「エイヴリル様のお部屋です」

「わ、私の!? ここが……ここがですか!?」

温度を感じさせないメイドの返答と目の前の光景に、エイヴリルは目を瞬く。

ランチェスター公爵家のお屋敷がほぼお城だったことに衝撃を受けたエイヴリルは、自分の部屋が離れだと聞いて甚く安心したところだった。

これまでアリンガム伯爵家の使用人部屋で質素に暮らしてきたエイヴリルには、真っ白いお城は眩しすぎて落ち着かない。しかし。

(別棟なら質素だろう、と想像した私が浅はかでした……)

目の前の煌びやかすぎる建築物に、エイヴリルは遠い目をしていた。お城である母屋同然の豪奢な造りに、華やかな調度品。

(このお屋敷に到着して門をくぐったときには、この建物は隣の方がお住まいのお城なのだと思っていたわ……まさか、離れだったなんて)

「あの、ここって、宮殿では?」

「いえランチェスター公爵家の歴史ある別棟以外の何物でもありません」

ぽかんとしているエイヴリルに、メイドはぴしゃりと言い放ちすたすたと歩いていく。エイヴリルは、あわててその後を追う。

ちなみに、エイヴリル付きの侍女としてきたはずのキャロルは姿を消していた。エイヴリルのために動くのではなく、ランチェスター公爵家の使用人と関係を深めたいのだろう。

彼女の不安もわかるエイヴリルは、それを放っておいた。……それよりも、問題はこの豪華すぎる住まいである。

(磨き上げられた大理石の壁! 庭仕事をした後の泥だらけの靴では歩けない床! ぶつかって割ったら支度金が消える壺!)

自室に案内されるまで、ずっときょろきょろしていたエイヴリルに、案内係のメイドはわずかに怪訝な顔を見せる。

「……こんなところ、エイヴリル・アリンガム様ならいつも出入りされているのではないですか」

「……! そ、そうだったわ! そうです、こんなの慣れっこなのです」

金銭的に余裕がないアリンガム伯爵家は質素なものだったが、夜遊びの場はたいていどこかの貴族の館と決まっている。コリンナも怪しげな招待状を手に、夜な夜な屋敷を抜け出していた。

(いけない。私は悪女・エイヴリルになるって決めたんだったわ……!)

ディランは、三年後に家を追い出されても『傷物』にならない令嬢を探していたらしい。つまり、自分がそうでないと知られてしまったらあの契約は無効になってしまう。

どうしてもそれだけは避けたいエイヴリルは、悪女になりきると決めていた。

(アリンガム伯爵家に戻るのは絶対に嫌。追い出された後一人で生きていくには、相当な資金がいるわ。それに……私に良くしてくれたキーラ達のことも何とかしたい。そのためには、悪女として契約を完璧に履行しないといけない……!)

ついさっき固めたばかりの決意を反芻していると、メイドが面倒そうに告げてきた。

「旦那様は、この離れを好きに使うようにとの仰せです」

「好きに!? 全部でしょうか!? この夢のような場所を!?」

「……はい」

一体何を言っているんだ、というメイドからの冷たい視線に耐えた後、エイヴリルは話題を変えることにする。

(私は、殿方に貢がせて一夜の遊びをくり返すコリンナのような悪女。コリンナは、きっとこの状況になったら喜んでも驚きはしない……)

「あの、もしかして、普段は前公爵様がこちらの離れでお過ごしなのでしょうか。今は狩猟シーズンだからいらっしゃらないだけで」

「いえ。大旦那様はずっと領地にいらっしゃいます。そちらに妾の方々がお過ごしの離れを建てていらっしゃいますので」

「め、妾の方々が過ごす離れ」

案の定、『辺境の地で暮らす好色家の老いぼれ公爵閣下』とは前公爵のことのようだ。メイドの口振りからは、その離れもまたこのような宮殿だということが窺える。

(よかった。公爵様……ディラン様はやはりまともなお方のようね)

改めてホッとすると、ずっと無表情を貫いてきたメイドがわずかに感情を滲ませた。

「旦那様からはエイヴリル様の素行に口出しするなと仰せつかっております。しかし、私たち使用人は旦那様の目に入るところでそのような遊びをしてほしくありません」

「……ええっと、あの?」

「ほかの殿方を招き入れることはできる限りお控えください。せめて、旦那様のご不在中にお願いします」

「…………。」

その意味をエイヴリルが理解して答える前に、メイドはバタンと音を立てて扉を閉め、出て行ってしまった。

その扉を見つめながら、エイヴリルは呟く。

「私に、コリンナに遜色ない悪女としての振る舞いができるのかしら」

コリンナはどこからどう見ても素晴らしい悪女だった。夜遊びの場ではエイヴリルの名前を使っていたところまで抜け目なく完璧である。

(少し不安はあるけれど)

「でも、契約したのだもの。私は完璧な悪女として振る舞ってみせるわ……!」

――エイヴリルが悪女になりきる場は、すぐ翌日にやってくることになる。