軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.成果がありました

それはディランだった。名前を呼ぶことなく、エイヴリルはスッと立ち上がる。

「……お待ち申し上げておりました」

「待たせてすまない。だが、少しは楽しめたようだな?」

「ご覧の通りですわ」

澄まして答えると、仮面の向こうの目が優しく微笑んだのがわかる。その眼差しに、ひどくほっとした。

(どうやら、私はそれなりに緊張していたようです。仮面舞踏会という未知の催しですもの。ですが、なんとか大きな問題を起こすことなく過ごせてよかったです)

一方のディランはエイヴリルの手を取ると黒い仮面の男に視線を送った。

「……こちらは?」

「今、チェスのお相手をしていただいた方ですわ」

そう答えれば、黒い仮面の男は少しの間を置いて和やかに応じる。

「……なるほど、連れがいらっしゃったとは。こんなに長くあなたを独り占めして申し訳ないですね。お詫びに、これも置いて行きましょう」

そうして、男は無造作に置かれた紙幣の上に一枚の紙切れを追加すると、小さな声で続けた。

「……もし他の目的があるのなら、この紙に書いてある部屋へ」

(……?)

エイヴリルがその紙を手に取る間に、男はスマートに部屋から出て行ってしまう。それを見ていたクリスは瞬時に何かを把握したようだった。

「……ディラン様、追いかけますか」

「クリス、いい。あの赤毛をひとつに結んだ男――トマス・エッガーがここにいたことを知れただけでお手柄だ。さすがだな、エイヴリル」

(つまり、今の黒い仮面の殿方は、ディラン様の今夜のお仕事に関わる重要なお相手だったということですよね)

どうやら、エイヴリルは知らず知らずのうちにディランの助けになっていたようだ。

成り行きで褒められてしまったが、ただエイヴリルはコリンナの元カレに捕まってさんざんチェスをしていただけである。しかも、その元カレは仮面を外して毒気を抜かれている。もう絡んでくることもないだろう。

ほっと息をついたエイヴリルは、この部屋であったことをざっと説明する。

「いろいろありましたが、とにかく、コリンナはものすごい悪女だったということだけはお伝えしたく」

「は?」

「――“家宝を奪い、取り戻しに来た人間を絆してしまう”。私の妹は、一国を傾けかねないとんでもない悪女でした」

「なるほど。君には絶対まねできないな……」

「…………」

なんだか負けた気になってしまうのは悪女時代の名残だろう。笑いを含んだディランの声を聞きながら、エイヴリルはちょっと微妙な気持ちで部屋を後にしたのだった。

大広間へ続く廊下を歩きつつ、エイヴリルはさっきの男に渡された紙を取り出す。

(さっきの方に渡されたメモには文字が書いてありました。これは普通の手紙のように思えますが、暗号です)

何気ない内容に見えるが、これは見る人が見ればわかる『地図』だった。なるほど、「この紙に書いてある部屋へ」という言葉が添えられたのも納得である。

「ディラン様。実は、先ほどの方からこんな紙をいただいたのです。もし、ただ遊びにここへ来たわけではないのならこの部屋へ行くようにと」

「見せてくれるか」

メモを渡せば、ディランはそれを真剣に見つめながら考え込んでいる。

「さっきの男――トマス・エッガーは、別室でターゲットであるアッシュフィールド家の主人と秘密の商談をしていたんだ。仮面をしているから、決め手に欠けたんだがエイヴリルがチェスで勝ってくれたおかげで名前を突き止められた」

「なるほど、そういうことだったのですね」

「……しかし、このメモを読むとどうやら彼はこちら側のようだな」

「ディラン様がいらしたところを見て、このメモを下さったことまで考えるとそう考えるのが自然ですね」

「ああ」

エイヴリルに手渡された紙に目を通すディランは真剣な表情をしている。

(先ほど私がチェスのお相手をした殿方はディラン様がお仕事の関係で目をつけていたお方。そして、実際には味方――私たちのようにアッシュフィールド家のきな臭い噂を調査されていた、ということですね)

なるほど、ということはこの紙に書かれた部屋には行ってみるだけの価値があるのだろう。今日のディランの潜入は、このメモを手にしただけで十分な成果をあげたと言えそうである。

(ですが、ただの不正取引に関するものであればいいですが……何となく、もっと恐ろしいものが関わっている気がします。そうなると、証拠は十分過ぎるほど先回りをして消されてしまうものではないのでしょうか)

あらためて態勢を整え出直したところで、もう次はない可能性があるのだ。ということで、エイヴリルはぴっと立ち止まり聞いてみた。

「今そのお部屋に行ってみましょうか?」

「いやいい。今日はエイヴリルが一緒だ。君を危険な目にはあわせられない。この紙も私が管理する」

「……ですが」

エイヴリルは微笑みながら首を傾げ、人気のない廊下の壁を手のひらで押した。すると、壁は音もなく開いた。まるで引き戸か何かのように、スムーズに。

「あの、もう入口を開けてしまいました?」