軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.友人は安堵する(実家サイドのお話)

「シリル・ブランドナー様。お見せしたいものがございますので、違うお部屋にご案内してもよろしいでしょうか」

「私を違う部屋に?」

シリルはキーラに対して目を眇めた。一方でアリンガム伯爵はキーラが自分の擁護に回ったものと勘違いしたらしい。ホッとしたように抱えた帳簿を机の上に置く。

「そうだ。シリル君にはしばらくこの屋敷で私の補佐をしてもらうんだ。屋敷の内部の案内が必要だろう。さぁ、行くがいい」

状況を完全に自分に都合よく誤解したアリンガム伯爵を置いて、キーラとシリルは書斎を出たのだった。

華やかな調度品の一つも見当たらない質素な廊下。キーラが目的の部屋へと案内していると、シリルは聞いてくる。

「あなたはアリンガム伯爵家に古くから仕える人間でしょうか」

「はい。曽祖父の代からこの家にお仕えしております」

「それは……今の状況はさぞ心苦しいことでしょう」

言葉選びとは裏腹に温度を感じさせないシリルの答えに、キーラは決心を固めた。

(この方なら、エイヴリル様が残していった書類のところにご案内しても大丈夫)

「……失礼を承知で申し上げますが、シリル様はアリンガム伯爵家のことはどのくらいご存じでいらっしゃるのでしょうか」

「雇い主からはあまり思わしくない状況ということは聞いておりますが、これ以上はお答えしかねます」

「十分でしたわ。ご無礼をお許しください」

キーラは一礼するとたどり着いた部屋の扉に手をかけた。飾り気のない、木の扉。日の当たらないひんやりとした空気が漂う使用人用の部屋が並ぶ一角だった。

扉を開けた先には狭い個室がある。質素な木の机と固そうなベッド、薄いカーテンがかかった小さな窓。キーラは迷わずに入り口に置かれたクローゼットを開ける。そこにはたくさんの木箱が積み重なっていた。

背後ではシリルが不思議そうな様子で周囲を見回している。

「ここは……?」

「エイヴリル・アリンガム様がお使いになっていたお部屋です」

「なるほど。彼女は今、王都で悪女だと評判ですね」

「……エイヴリル様はそのように呼ばれておいでなのですね」

「まぁ、そんなところです。しかし、彼女はこんなところで暮らしていたのですか。随分話と違うような」

(……)

何となく予想はついたものの、キーラは聞いてみる。

「王都でのエイヴリル様の評判はどのようなものなのでしょう」

「若きランチェスター公爵を骨抜きにする悪女、と。高価な服飾品を買わせ芸術を愉しみ贅の限りを尽くし、そしてなぜか社交界の重鎮から寵愛をうける新しいタイプの悪女だと聞いています」

「……」

予想以上の答えが返ってきた。キーラは、引き締めていたはずの表情が緩んだことに気がついて唇を引き結び直す。

(エイヴリル様から定期的に届くお手紙にはそのようなことは書かれていなかったわね……)

エイヴリルは何も気がついていないのだから当然だった。けれど、キーラとてエイヴリルとは長い付き合いである。ランチェスター公爵家で何が起きているのかをうっすらと察して笑みがこぼれる。

「……お嬢様が新しい場所で楽しくお過ごしになっているようで、何よりです」

「悪女にも拘らず実家への情も厚いようで。正直なところ意味がわからないと思って参りましたが、事情が違うようですね」

「その評判は、この家ではあまりお話しにならない方がよろしいかと存じます。この部屋を見てもわかる通り、エイヴリル様のためになりませんから」

「そのようだ。しかも話したところで信じてもらえるはずがないでしょう」

エイヴリルが暮らしていた質素すぎる部屋を見て、シリルは何が起きているのか――エイヴリルには事情があって悪女としてランチェスター公爵家に嫁がされたこと、を一瞬で察してくれたようだった。

(話が早い。アカデミーから来てくださったのがこの方でよかった)

キーラは積み重なった木箱の中でもひときわ古く見える箱の蓋を開ける。そこにはいくつかの本や書類に交ざって、布張りの台紙に挟まれた契約書が入っていた。

「これをご覧になっていただけますか。私には理解できない内容のものですが、エイヴリル様が『この家が立ち行かなくなる前に、アカデミーから派遣される補佐の方に見せるように』と」

「失礼いたします」

キーラから台紙を受け取ったシリルは書類をめくる。そしてすぐに表情を歪めた。

「――これは、大いに問題がある」

「問題、と申しますと……?」

キーラの問いにシリルが答えようと口を開いたところで、部屋の入り口から声がした。

「ここで何をしている」

「だ、旦那様」

慌ててキーラは礼をし一歩下がる。

「屋敷内を案内するというのに、使用人用の部屋の方向へ向かうから何をするかと思えば。せっかく来ているのだから、メイドなどと遊んでいないで早く雑務を片付けてくれないか。こんな楽しみ方をするというなら、アカデミーから出ている給金を私に支払ってもらいたいぐらいだな」

帳簿を隠し終えたアリンガム伯爵に怖いものはもうないらしい。追いかけてきて、溜まりに溜まった伯爵領の雑務に早く取り掛らせたいようだった。

発言を許されないキーラの代わりに、シリルが口を開く。

「いいえ。私はメイドと遊んでいたわけではありません。書斎の他にも重要な書類が管理されている場所を教わっていたのです」

「ふん、何を言っている。ここは誰にも使われていない使用人用の部屋だ。そんなことがあるはずが、」

そこまで口にして、アリンガム伯爵は目の前に突きつけられた契約書にたじろいだ。

「これは……!?」

「屋敷とアリンガム伯爵領の一部を担保にした借金の契約書ですね」

「なぜ貴様が持っている!」

声を荒げたアリンガム伯爵に、シリルは軽蔑が入り混じった冷ややかな視線を向ける。

「ずっとここに保管されていたようです。恐らく、この家の行く末を案じた誰かが適切なタイミングで適切な人間に判断を委ねられるように、と」

「ど、どうして消えた契約書がここに……一体誰が! 金庫の暗証番号はとてつもなく長く複雑なものにしてあったはずなのに」

(それはエイヴリル様ね)

会話を見守っていたキーラにはその理由がいとも簡単にわかる。エイヴリルは記憶力がよく、書斎を任されていた。偶然目にした番号を覚えていて、この契約書を見つけたのだろう。

黙って見守っていると、シリルが語気を強める。

「この契約書を突きつけられてもまだ現実を見られませんか。問題は、あなたが担保としている領地の土地が法律で決められた上限ぎりぎりであり、借金を返せる見込みもないところにあります。先ほど拝見した帳簿から見てもこの家の没落は決定事項でしょう」

「どうしてこんなことに……補佐として来るのは、ただ数字に強く記憶力が優れていて、雑務の処理能力に長けた人間でさえあればそれでよかったんだ……。それがどうしてこんなことに……」

どうして、とうわ言のように繰り返すアリンガム伯爵に向かい、シリルは吐き捨てるように言った。

「ご自分にないものをそこまで軽視できる方の気が知れません」

「何だと!?」

「まぁ、没落は時間の問題ですが、領民と使用人には何の罪もありません。然るべき対処ができるよう手配しましょう」

「ま、待ってくれ。娘が……コリンナさえ借金の相手……大富豪のリンドバーグ伯爵家で働きに出られれば、借金はまた猶予されるのだ」

アリンガム伯爵の言葉に、シリルはパチンと音を立てて台紙を閉じた。

「足掻くのは自由ですが、私は そ(・) の(・) 日(・) に向かって粛々と進めさせていただきます。……しかし、これでわかりましたか。あなた方が無能だと罵っていた相手は、この家の人間に侮られていることを逆手に取る有能な人物だったようですね」

二人の会話を静かに見守っていたキーラは安堵の息を吐く。

(シリル様、ほとんどのご意見は鋭く当たっていますが、エイヴリル様……お嬢様、に関しては違うかと)

そして、幸せに暮らしているらしいエイヴリルのことを思ってしみじみと微笑んだのだった。