軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50.

エイヴリルは無事、ランチェスター公爵家の日常に戻ることができた。

ベル・アムールで働く女性たちも新たな人生を歩み始め、コリンナはなぜかランチェスター公爵家の使用人として短期で雇われている。もちろんこれは一時的なもので、リンドバーグ伯爵家の警備体制強化に伴う改築工事が終わるまでの期間限定らしい。

ちなみに、ランチェスター公爵家にはアリンガム伯爵家で働いていた使用人が多く勤めているため、コリンナは正直居心地が悪そうである。

かつてこき使っていた相手にいろいろと教わり、だめ出しをされて最終的にエイヴリルのところへストレスを発散しにくるのだが、エイヴリルもコリンナの扱いには慣れたもので、逃げ出そうとするのを捕まえて一緒に掃除をするのが日課だ。

あと、コリンナのサボりと脱走対策にはクリスが役に立ってくれている。

そんな毎日を過ごし、エイヴリルが公爵家に戻って三日目のことだった。

夕食を終え、サロンでくつろいでいたエイヴリルに、ディランがかしこまった様子で切り出す。

「明日、警察に行ってくる。うちだけでなくボードレール家も呼び出しを受けていて、それぞれ同席のもと話を聞くことになっているらしい。いわば、エイヴリルの誘拐事件に関する裁判の下準備というところか」

「……」

話の向きを理解したエイヴリルは、紅茶のカップを置くとソファに座り直し、夫へ向き直る。

「では私もお供しますわ。当事者ですし」

「危ないから君はだめだ。家で待っていてほしい」

「だめですか」

「ああ、だめだ」

「……」

少し食い下がってみたものの、やはり許可はしてもらえないらしい。

(経緯を考えれば当然のことなのかもしれませんが……)

ベル・アムールからの帰還後、ランチェスター公爵家には捜査官が派遣され、エイヴリルは事情聴取に協力した。

その結果、キトリーによって茶会の会場から連れ出されたというエイヴリルの証言自体は認められたのだが、その先が微妙なところだった。

ディランが危惧していた通り、何者かの邪魔が入って『確かに夫人はキトリーによって会場から連れ出されたものの、誘拐犯はキトリー・ボードレールではないのでは』という方向に調査が進んでしまっていたのである。

ディランはそれを不服として、さらに詳細な調査を行うように要請していた。今回はそれを受けての呼び出しなのだろう。そこで新事実が見つからなければ、両家譲らずの泥仕合になっていく。

(今回の事件がキトリー様によるものだと確定してしまえば、ボードレール家は没落を免れません。あらゆる方向から手を回し、必死で抵抗しているのでしょう)

そんなことを考えていると、『一緒に行きたい』と引き下がらない構えをみせるエイヴリルに観念したのか、ディランがため息をついた。

「実は、エイヴリルには伝えなかったんだが、昨日男性の変死体が発見されたらしい。彼は十一区に出入りして娼館に女性を売る仕事をしていた。彼の所持品からベル・アムールの封筒が見つかっている」

「……!」

途端に、荷馬車から降ろされたとき『お前、なんで縛られてないんだ?』と不思議そうにしていた、小綺麗な見た目の男の顔が思い浮かんだ。

思えば、彼はロラとはそれなりに親しそうにしていて、十一区には頻繁に出入りしている空気を漂わせていたのに、あれ以来彼を見ていない。

背筋が寒くなった。ディランは差し迫った顔でエイヴリルを見つめてくる。

「本当に無事に帰ってきてくれてよかった」

夫が蒼い顔をしているのを見て、あらためて自分は危ない場所にいたのだと認識した。

(では、さすがに私はお留守番をしていた方が良さそうですね……)

本当は行きたいところなのだが、これ以上ディランに心労と迷惑をかけてはいけないだろう。

何より、自分は警備が厳重な王宮にいても攫われたのだ。それを思えば、この事件が解決するまではたとえ場所がどこであっても外出せず、この屋敷にいるのが一番安全だろう。

エイヴリルは慎重に頷いた。

「では私はお留守番を……」

そこで、使用人なのになぜかサロンでくつろいでいたコリンナが声をかけてくる。

「ねえ、今の話聞いてたんだけど」

「コリンナ、どうしてここに?」

エイヴリルの問いには答えず、コリンナはニヤリと笑うのだった。

「明日、私があんたの身代わりとしてボードレール家? に行ってあげる」

「は?」

怪訝そうにするディランに、コリンナは偉そうにピンクブロンドを肩の上ではらい、続ける。

「公爵様はこの無能なエイヴリルを危ない目に遭わせたくないんでしょう? でも、本人がいた方が新たな動きもある可能性があるじゃない? だったら、私が身代わりになってあげますわ。……もしかして、何か仕掛けてくるかもしれないし」

いつも調子のいいことしか言わないコリンナだが、今回はなぜか説得力があった。ディランもそれを感じ取ったのか、すぐに却下することはせず困惑している。

「それをしてお前に何のメリットがある?」

「噂で聞いたのよ。清廉な顔をして人を追い詰める、なんかすっごい悪女の話。面白そうでしょう?」

「もしかして、それがキトリー・ボードレールさんだと……?」

思わず問いかけると、コリンナは首を竦める。こちらを馬鹿にしているような仕草だが、言葉自体は事実のように思えた。話の出所を明かしたくないだけなのかもしれない。

「ふふん。その悪女がしらをきり続けるなら、私が相手してあげる」

コリンナは歪んだ笑みを浮かべている。なぜ義妹がここまでキトリーに興味を示しているのかがわからない。けれど、ディランもコリンナの申し出に対し、こちらにデメリットはないと判断したようだった。

むしろ、コリンナには何の情もないディランは明らかに捨て駒を動かすような口調で告げる。

「わかった。明日はお前に同行してもらおう」

話を聞きながら、エイヴリルは不思議で仕方がない。

(コリンナとキトリー様にどこで接点があったのでしょう? アリンガム伯爵家とボードレール侯爵家では立ち位置も家格も違いますし、何よりキトリー様はコリンナのように仮面舞踏会で遊ぶような感じのお方ではなく、接点がまるで見当たりませんね……?)