軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41.

「ねえ、このお薬、初めて見たんだけど? きっと、あたしに払える額じゃないわ」

「お薬、きちんと飲みましたか?」

「それは、ええ。ひどい味だったけど」

既に治療を終えて帰ってしまったのだが、ついさっきまで、ここにはディランが手配してくれた医師がいた。

病名すら特定できず、いつもこれ以上悪化させない治療を受けるだけで精一杯だったルイーズは、最先端の薬を使ってもらえることに感謝しつつも怯えている。

エイヴリルはふふっと微笑む。

「大丈夫です。このお薬は私の夫からのプレゼントのようなものです。もちろんお代はいただきませんから安心してくださいね」

「それはありがたいのだけど。でも、どうして急にこんなことに? あんた、もしかして貴族サロンで危ないことをしたんじゃないでしょうね?」

「わぁ、今日はかなり顔色がいいですね」

「あたしの質問は無視? あんた、意外と頑固よね……」

顔を引き攣らせているルイーズだが、いつもより顔色がいいのは本当のことだった。

エイヴリルはただにっこりと笑い、濡れたタオルをルイーズの顔に当て、額の汗を拭く。それからカゴの中の洗濯物を回収し、ベッドの周囲を綺麗に拭いた。

核心に迫る質問には答えずせっせと世話をするエイヴリルを見て、ルイーズは疑念を確信に変えたらしい。眉間に皺が寄った。

「ねえ。あんた、私の聞き間違いじゃなければ、さっきのお医者様、あんたのことを『公爵夫人』って言っていた気がするんだけれど」

「あら、水差しにお水がないですね。持ってきます」

「あんたの夫って、もしかして公爵様なの? じゃなきゃおかしいじゃない。こんなふうに一気に状況が変わるなんて」

いつもは弱々しい話し方をするルイーズが、今日は縋るように問いかけてくる。ロラとの面倒に巻き込まないため、何とかはぐらかして乗り切るつもりだったのだが、そうはいかなそうだ。

(これ以上、誤魔化すのは無理ですね)

エイヴリルは作業の手を止め、ベッドサイドに立った。

「今までずっと黙っていて申し訳ありません。私の名前は、エイヴリル・ランチェスターといいます。夫はランチェスター公爵で、慈善活動も多く行っています」

「やっぱり……!」

「騙すつもりはなかったのです。ただ、私がここに売られてきた事情を考えて、これまで黙っていました。申し訳ありません」

「いや、頭をあげて……ください? あんた、いや、あなたは私に頭を下げるような立場の人じゃないでしょう? それに、私はあなたに感謝しかないし」

ルイーズはエイヴリルの肩書きを知ってどう接したらいいのか判断がつかず、おどおどと困惑した様子だ。けれどエイヴリルは続けた。

「私は今でこそ公爵夫人と呼ばれることもありますが、数年前までは実家で使用人として暮らしていました。お掃除もお洗濯もお料理もさせていただきますし、病人の看病も得意です」

「だからこんなに庶民的だったの?」

エイヴリルの意外な過去にルイーズはしばらく目を瞬いていたが、少し考えてから、納得したように続ける。

「……それで、私の人生も自分の人生のように変えられると思ったのね。普通なら行きつかない思考だわ」

「ディラン様と出会ったとき、夢みたいだと思ったんです。出会って間もないのに、私のことで怒ってくださる人、新鮮でした」

もちろん、当時はディランがなぜ怒っているのかよくわからなかった。けれど今になってわかることもある。

ニコニコと笑えば、困惑するばかりだったルイーズもつられて穏やかな表情に戻る。その姿が、記憶の中に残る母の儚げで優しい笑みと重なって見えた。

「――ルイーズさんはきっと元気になります。あなたが元気になるのを待っている人がいます」

不意に口を衝いて出たその言葉は、幼い頃のエイヴリルが母に伝えたかった言葉のような気がした。自分でも驚くと同時に、その頃の感情がありありと浮かんでくる。

もともと体が弱く風邪をこじらせた母との別れは急で、言葉にして伝えるタイミングがなかったのだと思い出す。

(当時の私は幼すぎて、悲しい思い出を感情ごと心の奥に閉じ込めてしまっていたのかもしれません……)

いつもとは違うエイヴリルの様子に、ルイーズも何かを感じ取ったらしかった。踏み込むことはなく、控えめに微笑む。

「私、あなたのことをただの優しい変わり者だと思ってたけど、そうじゃなかったみたいね。本当にありがとう」

「もう少し元気になったら本を持ってきますね。読み書き、初めは子ども用のものから始めることになりますが、子ども用といっても馬鹿にできないんです。とっても面白い物語がたくさんあるんですよ」

エイヴリルの言葉に、ルイーズはおどけた表情をしてみせる。

「まあ。頑張ったら、そのうち恋愛小説も読めるようになる?」

「恋愛小説ですか……」

完全に予想外の問いに、以前アレクサンドラから借りた小説が思い浮かんでしまい、思わず顔が赤くなった。

けれど、なるべく平静を装い済まして答える。

「よ、読めますわ。問題ありません」

「……何、その反応。ふふふっ」

揶揄うようなルイーズの言葉の後、従業員用の宿舎の一階に、初めて二人の笑い声が響いたのだった。