軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.

「ルイーズさん、ではこの後私は外に行ってまいりますね」

従業員用の寮の一階。空になったスープ皿を回収しながら、エイヴリルは微笑んだ。一方、蒼い顔のルイーズは不思議そうだ。

「外に行ってまいります、って……どこへ?」

「今夜行われる貴族サロンです!」

元気いっぱいに答えると、ルイーズは顔を引き攣らせ、心底心配そうな表情をする。

「あんたが? 貴族サロン? え、絶対に無理だと思うわ。どういうことなの……まずお座りなさいな」

「大丈夫です。どんなところかはわかっていますし、訪問するのはきちんと目的があるからなのです」

とりあえず、勧められた通りに座りつつ答えたのだが、エイヴリルの返答がありえないものだったらしく、ルイーズはますます困惑を深めた。

「目的って、ここに売られてしまったのを見つけてもらうため? そんなことを言い出して、ロラさんに知られたら殺されるわよ。だめよ、ここにいなさい」

「またとない機会ですから、多少のリスクは承知です。確かにロラさんは私が余計なことをするのではと警戒していらっしゃいましたが、常連さんの口添えもあって参加できることになりました」

常連というのはギャンブラーと闇貿易商のことだ。ちなみに、エイヴリルはあの後も意に反してサロンで接客する機会が多く、常連と呼べる客は雪だるま式に増えていた。

一度で覚えられるというエイヴリルの特技は、この仕事に適したものだったらしい。少し話しただけの客の名前や趣味や仕事の内容まで詳細に記憶するため、メモ帳代わりとして同僚の女性からも重宝されていた。

暢気に微笑むエイヴリルを見て、ルイーズは警戒する。

「だけど……あんた、まさか私のためじゃないでしょうね」

「まさか。自分のためです」

エイヴリルがこの娼館に売られてから五日目、ルイーズとの出会いからは三日目の夜だった。余った食材で作った消化のいい食事を三食運び続けているため、ルイーズとは大分距離が縮まっている。

ルイーズは、エイヴリルがここに売られてくるほかの女性とはどこか違うことを察しているらしく、何かにつけて心配してくれるようになっていた。

一方のエイヴリルも、ルイーズを慕っている。最初は母親と外見の雰囲気が似ているせいで気になるのかと思ったが、違う。

病で寝込みながらも希望を持つ姿が母に重なるのだ、と気がついてからは、ルイーズが元気になり心のままに生きられる日が来ることを強く願っている。

(確かに、貴族サロンに行くなんて知ったら、ルイーズさんは驚くだろうとは思いました)

ベル・アムールでのエイヴリルはいち従業員として働いているが、貴族サロンとなれば話は別だ。客の前に出てしまえば、シャンパンボトルや物凄く薄い極上の熟成肉ステーキで荒稼ぎする手段はないのだ。

けれど、それ以上のメリットもある。

(ディラン様が貴族サロンに出入りすることはありえません。ですが、私やコリンナを目にした人が増えれば増えるほど、見つけてもらえる確率は上がります。ディラン様でしたら、私がこういうところに売られている可能性に気がつくでしょう。それらはどれも、最終的にルイーズさんを救い出すことに繋がります)

もちろん、エイヴリルが貴族サロンへの派遣メンバーに入っていることを知った時、ロラはひどく渋っていた。行かせたら知り合いを見つけて脱走するのではと疑われ、恐ろしい目で睨まれもした。

しかし、エイヴリルには義妹という奇跡的な味方がいる。

「私の義理の妹も一緒なので大丈夫です。彼女はベル・アムールに入ってわずか数日でとんでもない金額を稼いでいます。私たちを連帯責任で動かしていることも、ロラさんにとって弱いところなのかもしれません。コリンナが抜けたら困りますから」

コリンナにとって、ここで金持ちのイケメンを物色する毎日は天国のようなものだ。だから脱走の心配はないのだが、ずっとこの十一区で生きてきたロラにしてみれば、コリンナの考えはあり得ないものらしい。

そのため、ロラはコリンナの機嫌を取ることを優先し、あらゆる判断が甘くなりつつある。エイヴリルも身の危険はありつつも、それなりにわがままが許されるようになっていてありがたいところだった。

(ここに来てからずっと、コリンナに助けられています。まさかこんな日が来るなんて思いもしませんでしたね……)

遠い目で自分とよく似た顔を思い浮かべた。もちろんコリンナ本人にその意識はないのだが、エイヴリルは義妹の存在に感謝している。

説明を聞き、なんとか納得したらしいルイーズはため息をついた。

「私とレジスさんのことを応援しようとしてくれるのはありがたいけれど……もう諦めているのよ。危ないことに関わるのはやめてほしいわ」

「お二人のためというわけではないのです。私自身のためですので、ご心配なく!」

「……」

胸を張れば、ルイーズには疑いの目で見られてしまった。けれど、エイヴリルは挫けない。

(ベル・アムールで働いている皆様は良い方々ばかりです。皆、不慣れな私を守ろうとしてくださいます。今は役立たずの私ですが、ここを出ればできることがあります。恩返しの準備をしましょう)

そんな思いから、一昨日、ルイーズとレジスの関係を知ったエイヴリルは、当面の目標を明確にした。その目標は二つ。

一つは、従業員用の寮で臥せっているルイーズを元気にすること。そのためには一刻も早くここを抜け出して、彼女を医師に診せる必要がある。本人も薬さえ手に入れば治ると言っているため、彼女の気力を保つためにもこれは急務だった。

もう一つは、ルイーズのような女性がここを出た後で自信を持って生きていけるような土壌を整えること。エイヴリルは、教養がそれにあたるのだろうと思っている。

実際に、ルイーズにもう少し体力が戻ってきたら読み書きを教えることになっていて、彼女もそれを楽しみにしてくれているのだった。

(前公爵様が領地にお持ちになっていた別棟が解体された際、囲われていた愛人の皆様の行き先がスムーズに決まったのは、皆様教養をお持ちだったからです。家庭教師として雇われた方もいます。あの事案は、ここの皆様へも応用できるでしょう)

恩返しのために、この二つは必ずなんとかしたいところだ。加えて、別に必要になる改革のことも考えていた。

(それは、どこから負の連鎖を止めるか、ということですね)

ルイーズとレジスの会話から、ベル・アムールに売られた女性たちは借金を抱え、そしてその借金は減ることなく膨らみ続けるという悪循環が起きていることは理解した。

コリンナのように一晩で稼ぎまくる売れっ子はごくわずか。働くほどに借金が膨れ上がっていくのを何とかしないといけないだろう。

そんなことを考えていると、ルイーズが気まずそうにおずおずと切り出す。

「私を助けるため、脱走や危険なことに手を染めるのはやめてほしいわ。……でもね」

「?」

体調不良とは関係のない歯切れの悪さに、エイヴリルは首を傾げる。するとルイーズは目を泳がせつつ告げてくるのだった。

「レジスさんに手紙を書いてくれるかしら。もちろん、私の気持ちがバレないようにほどよくそっけない内容にしてほしいんだけど。……もし彼から返事をもらえたら、なかなか会えなくても生きる気力が湧いてくる気がするのよね」

「! もちろんです!」

「ありがと……あんたに迷惑をかけないよう、今回限りにするわ」

「何をおっしゃるのですか。毎日でも書きますから! いつでも声をかけてくださいね!」

弱々しくも、元気になりたいという希望を叶えるために奮闘するルイーズの助けになれることが、何よりもうれしい。

エイヴリルはルイーズのために手紙を代筆してから、貴族サロンへと出発したのだった。