軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50.

思い浮かんだ人物を否定するために、恐る恐る顔をそちらに向ける。けれど、そこには想像した通り、自分とよく似た外見の女がいた。

ピンクブロンドに紺碧の瞳。

普段、エイヴリルは彼女の外見にそこまで目を留めたことはない。それでも今は、この館に馴染んで優美に飛びまわる蝶のように錯覚してしまう。

このサロンのシャンデリアや煌びやかな照明も、グラスに注がれた甘いカクテルも何もかも、この美しい蝶のためのものに違いないと。

ロングヘアをかきあげて、体に寄り添うデザインの深い青色のドレスを身につけた彼女は、どう考えてもエイヴリルより『高級娼婦』にふさわしかった。

「ふうん。いい店じゃない。有名な絵画や美術品がたくさん飾ってあるのね。売ったらいくらになるのかしら? さすが、十一区で一番の娼館だわ」

一部のわかりやすいレプリカを見抜けていない残念さまで本人に一致する。彼女が義妹だと確信したエイヴリルはぽかんと口を開けた。

「コ、コリンナ……」

急に名前を呼ばれた彼女は、鷹揚にこちらを見た。そして驚愕に表情を歪める。

「エイヴリル⁉︎ あんた、なんでこんなところにいるの⁉︎」

「あの、これには深いわけが……」

そもそも事情を説明する必要があるのかと戸惑いつつ、ただ驚くばかりのエイヴリルだったが、コリンナはエイヴリルの隣にいる男に視線を移し、そこで目を留めた。

「あら、いい男じゃない。お金持ってそう」

エイヴリルに話しかけていたことなどなかったかのように、コリンナはシモン子爵家のアベルへと近づいた。存在を無視されたエイヴリルは展開を見守るばかりである。

「こんばんは」

コリンナはそう話しかけながら、アベルのスーツの胸部分に白い手を置いた。そのまま人差し指を立てて、彼の体をゆっくり上へとなぞっていく。

「今日は遊びに来たの?」

「あ、ああ」

「ふうん。もうその子に決めちゃった?」

顔を近づけ、コリンナの指が鎖骨に到達し、首筋を上がっていく。もうすでに、アベルの頭の中からエイヴリルは消え去ったようだった。

「いや、そんなことはないよ。ただ話していただけで」

「よかった」

コリンナは一瞬可憐な微笑みを見せる。エイヴリルでさえドキッとしてしまうような、いじらしい笑みだ。けれど、その笑みはすぐに捕食者のそれに切り替わった。

「じゃあ、私と遊びましょう?」

コリンナの指が頬をなぞりあげ、アベルの目元だけを隠している仮面に到達する。そのまま人差し指で弾き、仮面が外れて落ちる。彼の恍惚とした表情が暴かれた。

「はい……」

頬を染めたアベルが、期待を滲ませた声音で応じる。

(コ、コリンナ……!)

あちこちで話は聞いていた。

しかし、実際にわずか数秒で殿方を落としたのを目撃したエイヴリルは、口をはくはくとさせるばかり。まさに神業だった。

コリンナはアベルから視線を外さずに聞いてくる。

「エイヴリル、あんたの部屋はどこ?」

「ええと、五階の一番奥?」

うっかり聞かれるがままに答えると、コリンナはエイヴリルとよく似た顔を歪ませて、意地悪く微笑んだ。

「ふん、生意気ね。いいわ、部屋ごと私がもらってあげる」

「ええっ⁉︎」

別に部屋はいらないのだが、そもそもコリンナが勝手にここへ入り込むのはいいのだろうか。ここから逃げ出したくてたまらない人間もいるはずなのに、歌うようにそんなことを言ってのけるコリンナはやはり悪女だ。

一方、落とされたばかりのアベルも少し戸惑っている様子だ。

「いいのかな? ここは『ベル・アムール』だろう?」

「せっかくいい気分なのに、野暮なこと言わないの。十回通った分のお金を出してくれれば、大丈夫よ?」

そうしてコリンナはアベルに自分から口付ける。見たことがない濃厚なキスに、エイヴリルは思わず顔を隠した。赤い口紅が口の端に残る顔で、アベルはあっさり決断した。

「出す」

「話はついたわね。先に小切手でもらえるかしら?」

「もちろんだよ。今すぐこの場でサインする」

アベルの右手がひらひらと泳ぎ、黒服の従業員が流れるように書類を持って現れる。困惑しながらこの場を見守っていた従業員たちは皆、コリンナを認めることにしたようだ。

ちらりと金額が見えた。下級貴族の一ヶ月分どころか、三ヶ月分のお給料相当である。

子爵家の三男が払える金額なのかということだけは気になるが、そういうところを気にせず毟りとれるだけ毟りとるのがコリンナらしい。

まさに、噂に聞いていた悪女の姿である。

サインを終えた二人は、皆が呆気に取られている中、腕を絡ませ合いながら階段を上っていく。さすがに放置するわけにいかないと判断し、惚けるばかりだったエイヴリルもあわてて五階まで追いかける。

「ねえ、待って……⁉︎」

エイヴリルの呼びかけに、五階の一番奥の部屋の前でコリンナは振り返ると妖艶に微笑んだ。絵に描いたような悪女の姿に、不思議となぜか高揚してしまう。

「ふん。あんたは無能なんだからそこで指くわえて見てなさい。いいパトロンをゲットするのは私よ。あんたには何一つ譲らないわ」

コリンナに、エイヴリルを助けるという意識は全くないはずだ。

ただお金を持っていそうないい男がエイヴリルの前にいたので、当たり前に奪っただけにすぎない。幼い頃からよく見てきた相手なので、その点については間違いない。

けれど、勝ち誇って女帝の個室へと消えていく義妹の後ろ姿は、今のエイヴリルにとっては少しだけ救世主のように見えたのだった。

――この再会は、後々、娼館『ベル・アムール』だけでなく、十一区で暮らす女性たちの暮らしを大きく変えていくきっかけになる。

そして、妻を必死で探すディラン・ランチェスターの耳に入るのはわりとすぐなのだった。