軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42.

たぶん、だけは少し声が小さくなってしまったが、問題ないだろう。

皆まで言い切ると、フェルナンはぽかんと口を開けていた。そして、ハッと我に返ると、ボウアンドスクレープをしてみせた。

サミュエルとほぼ同じ姿勢。家柄を感じさせる品の良さに、思わず目を瞠ってしまう。

「エイヴリル嬢が仰ること、よく理解しました」

「では、もう金輪際関わらないでいただけますか」

しかし、ほっとしたエイヴリルの耳に、驚愕の返事が届く。

「それは出来かねます」

「えっ?」

今度、ぽかんとしたのはエイヴリルの方だった。呆気にとられたエイヴリルがふらりとした隙に、ディランが割り込んだ。

「おまえは――」

けれどフェルナンは聞いていない。エイヴリルだけにまっすぐに続けた。

「さすが、ディラン・ランチェスターが選んだ女だ……という言い方は失礼でしょうね。ですが、あなたは私が初めて本気でほしいと思った女だ」

この人はエイヴリルの立ち位置と、目の前にディランがいることを本気でわかっていないのではないか。わかっていてこれだとしたら、相当な自信家かわからずやに違いない。

ひたすら矢面に立ち、エイヴリルを守ろうとしていたディランも頭が痛そうである。

「わかった、もういい。今回の件については、うちからブランドナー侯爵家に正式に抗議を入れさせてもらう」

「……それなら、それで仕方がない。私も自分の感情に困惑しているところですから。ではまた」

最後まで訳のわからない言葉を残して、フェルナンは夜の庭園から去っていったのだった。取り残されたエイヴリルとディランは困り果てるしかない。

「あのお方は、一体、何をなさりたいのでしょうか……?」

「わからないな。エイヴリルのことを本気で気に入っているのは確かなようだが」

「でも、私はディラン様の妻なのですけれどね……」

しみじみと言えば、ディランは苦笑する。苦笑されるようなことに心当たりがないエイヴリルが首を傾げると、夫はばつが悪そうに白状した。

「実は、あの夜会の最中に、エイヴリルとフェルナンがお似合いだという評を聞いて、少し腹が立った。今も、頭に血が上って当主らしくない対応をしたのも事実だ」

「えっ? そんなことを誰かが言っていたのですか? なぜ? ……というか、ディラン様がそんなふうにお考えになるのを初めて聞いた気がします」

「俺も、人並みには妬くんだよ」

普段はあまり聞かない言葉遣いと声音に、エイヴリルは思わずくすくすと笑う。

ところどころ外灯に照らされた薄闇の庭には、やっとさっきまでの落ち着きが戻ってきた。風の冷たさを思い出したエイヴリルは、自分の肩にかけられていたディランの外套を外すと、夫に向かい合い、かけ返した。

「では……ディラン様も外套を着てくださいね」

「いや、しかし」

エイヴリルに着ていてほしいとでも続けそうな夫を、思い切って見上げる。

「タウンハウスに戻って、一緒に過ごすのを楽しみにしているのは、私もですから……!」

「……」

ディランが目を丸くした後、エイヴリルを抱きしめる。至近距離で向かい合っていたため、すぐに腕の中におさまった。どきどきと響く心臓の音はどちらのものなのだろうか。

(ディラン様……)

そうしているうちに、低く甘い声がまるで言い聞かせるような響きで頭上から降ってくる。

「グレイスにもよく伝えておく。妻が逃げたそうにしていても、ちゃんと準備をしてくれ、と。猫がいても部屋には入れず、万が一国王夫妻の訪問があっても取次はするなと」

「……それはさすがにまずいのでは?」

「だが、こうでもしないとエイヴリルはどこかへ行ってしまうからな……そう思いながらも、さっき部屋に招き入れてくれようとしたのを断った俺を褒めてほしい」

「え?」

よく意味がわからないので、腕の中で顔を上げ、夫の碧い瞳を見つめる。すると、彼は失敗したとでも言いたげに目を逸らした。

「今はまだ知らなくていい」

「は、はい……!」

途端、逃がさない、とでも言うように強まった腕の力に、たじたじになる。これまでとは違う具体的な約束に、急激に早くなったエイヴリルの胸の鼓動は止まらないのだった。

それから三日後。無事に、新国王となったローレンスの即位式が執り行われた。

翌日には国王夫妻の結婚式とそれらに伴う式典も一度に行われ、ブランヴィル王国中が祝福ムードに包まれたのだった。