軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29.

話が戻ってしまった。

エイヴリルはあわあわとテーブルの上の本を抱える。すべてバレてしまっていても、隠せるものなら隠したい。そうして、頭を下げた。

「アレクサンドラ様が、このままではディラン様に愛想を尽かされる……ことはないけれど、もう少し勉強をした方がいいとおっしゃいまして。本を何冊か貸してくださいました」

「そういうことだったのか」

「はい。素敵な……恋愛小説でした」

「もう読んだのか」

「ええ、まあ」

頷きながらそっと目を逸らす。本当はただの恋愛小説ではない。閨教育の入門書として知られている本でもあるので、しっかりと そ(・) う(・) い(・) う(・) シーンもあった。

別に何も恥ずかしいことではないのだが、ふわふわとした輪郭しか知らなかったことなので、どういう反応をしたらいいのかわからない。

しかも、アレクサンドラによるとこれは入門中の入門らしい。

(入門とか上級とかそういうのもあるのですよね⁉︎ 遠い道のりです。頑張らないといけませんが……そもそも頑張る必要はあるのでしょうか???)

入門のその先があまり想像がつかないのも、どういう顔をしていいかわからない理由でもあった。本を両腕でがっしりと抱きしめたまま、思いっきり挙動不審なエイヴリルに、ディランはくすりと微笑んだ。

「じゃあ、こういうのも大丈夫か」

「……えっ?」

途端に、ディランの顔が近づいてきて唇が重なった。

少し驚いたが、キスはいつものことだ。大丈夫、慌てるところではない。そしてエイヴリルの予想通り、それはほんの短い間だけのキスだった。

そのはずが、唇を離したディランは、愛おしげにエイヴリルの頬を撫でた。

「さっきの言葉の続きだ。エイヴリルはアレクサンドラ嬢のものではなく、俺だけのものだ」

そうしてまた口づけが始まる。そもそも抵抗するつもりはないのだが、腕の中に本を抱えているせいで拒絶ができない。ディランから与えられる熱に、全身が溶けてしまいそうだ。

「ディラン様……っ」

全てを言い終えることは叶わない。そうしているうちに、抱えていた本がどこかへ行ってしまった。

ディランがキスをしながらエイヴリルの腕を解き、本をテーブルの上に置いたのだ、と理解するまでに数秒。その間に、ディランはエイヴリルのうなじのあたりに口づけた。

彼の銀糸のような髪が鼻をくすぐった。瞬間、エイヴリルの頭の中に、アレクサンドラの「夫婦の営みというものは、別に夜じゃなくてもよくってよ」という声が響いた。

これは、先ほど読んだ恋愛小説の入門編が始まるのではないか。思い至って慌てたエイヴリルは、夫へと情けない声を上げた。

「ま、待ってください」

「…………」

意外なことに、ディランから返事はなかった。

(こ、心の準備が……!)

まさか、あのディランがこんなに強引な行動に出るとは思っていなかったエイヴリルにはなす術もない。口をぱくぱくとさせて呆然とするばかりだ。助けてほしい。いや、助けなくてもいいのだが、心の準備が。

「みゃーん」

エイヴリルの思考が完全に限界を迎えた瞬間、ブルーの鳴き声が響いた。

呆気に取られる二人の前、ブルーは甘えるような声で長椅子に飛び乗った。そのままとたとたと歩いて、二人の間に挟まった。そのまま幸せそうに丸くなる。

どうやら、ここでお昼寝をすることに決めたようだ。

考えてみれば、まだ日は高くカーテンも開いたままだ。そして、窓からは心地いい光が差し込んでいる。この長椅子は、日向ぼっこをするのに最適だし、何よりもブルーが大好きなディランがいる。

すうすうとふわふわの体を上下させて眠る姿は、いい場所を見つけた、とうれしそうにみえなくもない。

よかったですね、ブルー、と思わず言いそうになるエイヴリルの耳に、苦笑いが届く。

「邪魔が入ったな……」

ブルーとはこれまでも何度も一緒に寝ているはずなのに、こんなことを言うのは初めてだった。

苦笑いをするディランの表情には『まいった』と書いてある。まいっているのはこちらも同じなので、エイヴリルのほうはブルーに感謝するしかない。

とにかく、緊張から解き放たれたエイヴリルはちょうど胸の上でくうくう眠る子猫を起こさないように抱き上げた。そうして、ベルベット生地の座面にそっと下ろす。

ディランから引き離すと起きるはずなのだが、今日は大丈夫なようだ。側にいるからだろうか。そんなことを考えていると、ディランは長椅子の前に跪き、エイヴリルのスカートの裾を直してくれた。

今気づいたのだが、彼は言葉にし難い壮絶な色気をまとっている。その碧い瞳に見つめられると、引いていったばかりの熱がまた戻りそうだ。

思わず目を泳がせたエイヴリルに、ディランはふっと笑った。

「サミュエルとブルーが侯爵家に戻ったら、覚悟してほしい」

「⁉︎ は、はいっ」

(か、覚悟⁉︎)

思わず声が上擦った。けれど、こんな会話を何度したことだろうか。

そう思ったのが伝わったのか、ディランはもう一度念を押した。

「今度こそはもう待たない」

「……⁉︎」

普段、ディランが絶対に言わない言葉の数々に、驚きすぎて息が止まりそうだ。

さっきも待ってくださらなかったのに、と思ったものの、エイヴリルに抗議する勇気はないのだった。