軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27.

回想を話し終えたエイヴリルは、ため息を吐いた。

「私は田舎町の屋敷に閉じこもって暮らしていたため、父の仕事の書類や貴族名鑑を介してしか世の中を知る機会がありませんでした。ですが、ディラン様は大変な目に遭っていたようですね。悪女との結婚を言い出すのも納得です」

隣に座っているサミュエルが「遊び人の兄がご迷惑をおかけして申し訳ありません。そもそも、婚約者がいるのに恋人を奪われたも何もありませんね」と神妙に頭を下げる。

エイヴリルは慌ててそれを押し留めると、アレクサンドラに向き直る。

「それで、どうしてこんなお話を?」

「ブランドナー侯爵家は社交界において大きな影響力を持っているわ。今回、あの男がランチェスター公爵を王太子に指名しようとしているのはわかったでしょう?」

自分の婚約者であり夫になる男を『あの男』と表現するアレクサンドラに内心苦笑しつつ、エイヴリルは頷いた。

「はい。歴史を見ても、傍系からの後継者指名は揉めます。いくら、それがディラン様であっても避けられないと存じます」

「さすが話が早いわね。ランチェスター公爵に悪意を持って接する人間が増えるかもしれないわ。そして、フェルナン様がこの機会に便乗して陥れようとするのもありうるってことよ。あの男も、ランチェスター公爵も当然理解しているわ」

アレクサンドラの見解に、背筋が寒くなった。

(公爵領で行われた音楽祭ですら、あんな変わった絡み方をしてきたのです。王太子への指名が予想されていたり、周囲に敵が多くなったりした状況では何をなさるかわからない、ということですね)

そんなことを考えていると、サミュエルが気まずそうに手を挙げた。

「あの……僕がいる場所でそんな話をしてもいいのでしょうか?」

「大丈夫よ。わざと聞かせたんだもの」

余裕たっぷりの笑みを浮かべるアレクサンドラは、かつての堅物という噂はどこからきたのかと思ってしまうほど、妖艶な雰囲気を漂わせている。

サミュエルがいる場でこの話をするのは一見不自然にも思える。けれど、ブランドナー侯爵家への牽制と考えればこれ以上のやり方はないだろう。

(サミュエルは子供ですから、王宮が警戒していると伝えるなら、こうするのが一番角が立たないですね)

さすがアレクサンドラ様、と感心しているエイヴリルに、アレクサンドラはこちらが本題とばかりに顔を寄せてくる。

「それで、エイヴリル様はランチェスター公爵閣下とブルーとかいう子猫を二人で眠らせていていいのかしら?」

「えっ?」

話題の飛躍とその意図が掴めずに、エイヴリルは困惑してぱちぱちと目を瞬く。けれどアレクサンドラはお構いなしである。

「クラウトン王国から戻ってすぐにブルーを拾ったのでしょう? それからずっと子猫とベッドが一緒なのよね? 本当に? 信じられないのだけれど」

なぜこんなに興味津々かつ心配そうなのかがわからないエイヴリルは、首を傾げた。

「ですが、ディラン様と一緒でないと暴れて怒って大変なことになるのです」

エイヴリルが説明すると、神妙な顔つきで会話を聞いていたサミュエルが無言で腕まくりをし、アレクサンドラに見せた。赤く深く残る引っ掻き傷がサミュエルの白く柔らかい腕に目立っている。

「痛そうだわ。どうしたのかしら?」

「旦那様の寝室から追い出されたブルーが、怒って僕の腕を引っ掻いて噛み付きました」

「……」

顔を引き攣らせているアレクサンドラに、エイヴリルはしおしおと説明する。

「本当に怒ってしまって、大変だったのです。その日は王都に戻って数日目の夜のことで、場所も変わったことですし、試しにブルーをサミュエルと一緒に寝かせてみることにしたのです」

「その結果がこれでございます」

サミュエルの丁寧な言葉遣いと、腕に残った傷とのギャップがすごくて、痛々しさがますます増す。エイヴリルは当時の状況を説明する。

「そのとき、私もディラン様と一緒に寝室にいたのですが、サミュエルの悲鳴を聞いて部屋を飛び出しました。駆けつけたときには、もう血だらけで」

「……サミュエルも、ディラン様もどちらもかわいそうね」

「ブルー、普段はとってもかわいくていい子なのですけれど」

「そう……」

なぜか、アレクサンドラは遠い目をしている。エイヴリルも同じ目で思い出す。

その日は、久しぶりに二人で過ごせる夜のはずだった。

ディランもタウンハウスに戻りたてでまだいろいろ立て込んでいるのを早く切り上げ、エイヴリルがまだ起きているうちに夫婦の寝室に来てくれたのだ。

薄暗い灯りに照らされる中、二人で飲み物を飲んで穏やかに話をしていたところで、サミュエルの悲鳴が聞こえたのだった。あとはサミュエルが話した通りだ。

「はい、寝る直前の時間のことでしたから、睡眠時間が奪われてしまっておかわいそうで」

そこまでいうと、アレクサンドラははっきりと表情を変えた。

「ねえ。さっきの話をお聞きになっていたでしょう? ランチェスター公爵はものすごくおモテになるかただと」

「はい、悪女が側に必要なほど、女性が言い寄って大変だったのですよね?」

「わかっているなら、今の状況を何とかしないと、さすがに愛想をつかされる……ことはないでしょうけれど、彼がかわいそうだわ」

「おっしゃる通りですわ」

確かに、ずっと猫と一緒では休まらないことも多いだろう。うんうんと頷けば、アレクサンドラは興味津々なのを隠さない様子で、微笑んでみせた。

「仕方がないわね。いいわ、私がいろいろ教えてあげる」

「ありがとうございます?」

一体、何を教えてくれるというのか。首を傾げていると、サミュエルが上品な微笑みを浮かべたまま立ち上がる。

「子供の僕は、この先のお話にお邪魔でしょう。廊下でお待ちしていますので、終わったら声をかけていただけますか?」

「あら、察しがいい上に気が利くいい子だわ。さすがブランドナー侯爵家の五男」

「過分な褒め言葉でございます。では、失礼します」

サミュエルはそのまま美しい礼をして部屋を出て行ってしまった。それを、微笑ましく見守っていたグレイスが追いかけていく。

「でははじめましょうか。早速だけど、夫婦の営みというものは、別に夜じゃなくてもよくってよ」

「んっ⁉︎ まっ……待ってください?」

すっかり油断していたエイヴリルは、これが何の話なのかやっと理解した。

(あっ……えっ⁉︎)

さっきの話しの流れを完全に読み誤っていた。思い返せば、どう考えてもそういう話しに違いないのである。

けれど、助けてくれそうなグレイスもサミュエルも部屋の外に行ってしまった。ここにはアレクサンドラと二人きり、全然逃げ場がない。

困惑したまま取り残されてしまったエイヴリルは、しっかりアレクサンドラから教えを受けることになってしまったのだった。