軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.

応接間の空気が殺伐としていても、のほほんとしていても、どちらでも気にしないらしいローレンスは、ランチェスター公爵夫妻に向かってぞんざいに問いかける。

「それで、領地はどうだった? ランチェスター公爵領での音楽祭の噂は王都にも入ってきていたよ。彼女、クラウトン王国の王妹とブランドン・ランチェスターを手玉に取って、度肝を抜く演奏を披露したんだって?」

「⁉︎ わ、私がでしょうか⁉︎」

あまりにも事実と違うため、エイヴリルは目を瞬いた。けれど、ディランは特に否定はしない。不機嫌そうに紅茶を飲んでいるだけだ。

「その手玉に取られて度肝を抜かれた人間の中に、フェルナン・ブランドナーも加えてくれるか」

「フェルナン? あの遊び人が何かしたのか?」

「ああ」

二人の口ぶりからすると、先日の音楽祭の際にブランドナー侯爵家から遣わされた嫡男は彼らとそれなりに面識があるようだ。エイヴリルは紅茶を口に運びながら、静かに話を聞くだけである。

王宮で供されるお茶はおいしい。さっきまでの緊張感から解き放たれ、のんびり味わっていると、ディランが話を続ける。

「私への個人的な恨みからエイヴリルに近づき、恥をかかせようとした。公爵家の評判を落とそうとしただけならまだましだが、彼女を標的にするとは頭がおかしいな、あの男」

「なるほど」

「ところが、エイヴリルの方が数枚上手だった。フェルナンは返り討ちになった」

「あはは。だろうな」

楽しそうに相槌を打つローレンスと涼しい顔で事の顛末を話すディランを見つめながら、エイヴリルは首を傾げた。正直、心当たりはない。ただ、自分は必死に音楽祭でまともに立ち回っただけなのだ。

「う、上手でしょうか……?」

ぱちぱちと目を瞬いているエイヴリルに、夫が心配そうな視線を向けてくる。

「だが、これ以上なく驚かされて潰されたところで、興味津々にエイヴリルを見ていたから、面倒なところではあるな」

「お前の奥方は本当に面白いな。どこへ行っても、難しい相手を簡単に籠絡してくる。子供の頃に家庭教師から伝え聞いた逸話だけでアレクサンドラを夢中にさせたことからもわかるように、まさに生まれながらの悪女だ」

(ローレンス殿下は褒め上手ですね)

到底自分のことを話しているとは思えないので、気まずさしかない。エイヴリルはまた紅茶を口に運んだ。ごくりと飲む。おいしい。

「元はと言えば、ローレンスが悪いんだからな? 責任を感じてくれ」

「あんな昔の依頼を根に持つなんて、フェルナン・ブランドナーは器が小さいな。やはり重用はできないか」

「彼が怒るのも当然だと思う。何も知らせずに、彼の恋人の一人に政略結婚を持ちかけたんだからな。いくらパワーバランスの維持が目的とはいえ、普通は怒る」

そんな話を聞きながら、音楽祭のときのディランとフェルナンの関係が険悪そうに見えた理由を何となく察する。紅茶も進む。

(なるほど。過去に、ディラン様はローレンス殿下からの無茶な依頼の絡みでフェルナン様と何かあったのですね。ディラン様がフェルナン様の婚約者に縁談を持ちかけた……? だから、フェルナン様は私に異常に絡み、恥をかかせようとしたと。そういうことでしょうか?)

「まぁ、反省はしている。だが私の贖罪はお前たちだけにするよ。新婚夫婦にはもう隣国での長期任務を押し付けたりしないから、安心して存分にいちゃついてくれ」

「……っ⁉︎」

静かに紅茶を飲んでいたエイヴリルは、思わぬ言葉に思いっきりむせてしまった。とにかく、王太子に向けて噴かなくてよかったと安堵する。

ディランが「大丈夫か?」と気遣い、ナプキンを手渡して背中を撫でてくれた。恥ずかしいし申し訳ない。赤くなって目を泳がせていると、ローレンスは意味深な笑みを見せる。

「あはは。これはわざわざ私が言うことではないか。だが、これだけ仲睦まじいのはいいことだ」

「……いや、猫が」

「猫?」

思わず漏れ出たディランの言葉に、ローレンスが聞き返す。ディランがしまったという顔をして黙った。

ブルーの話だと察したエイヴリルは、紅茶のカップをおいた。さっそく、サミュエルの愛猫のことを紹介する。

「行儀見習いで来ているブランドナー侯爵家のサミュエルという男の子がいるのですが、その子がとてもかわいい子猫を拾いまして。ただ、その猫、ディラン様と一緒でないと寝てくれないんです」

「「……」」

つい先程まで緊迫感があるやり取りが繰り広げられていた応接間に、ぽかんとした空気が流れる。

エイヴリルは続けた。

「ブルーという名前をつけたのですが、私たちはブルーと三人で寝ているのです」

「ね……猫と? エイヴリル様は、新婚なのに猫と一緒に寝ているの?」

動揺を隠しきれない様子のアレクサンドラが聞いてくる。エイヴリルはただ素直に頷くだけだ。

「はい。あ、でも、王都に戻ってからはブルーとディラン様だけで寝ていますね?」

「ああ。二人と一匹では全然眠れないからな。手を伸ばしても妻には届かない。猫がいる」

何もかも明かされてしまったディランは、自棄になった様子で相槌を打つ。すると、滅多なことでは動揺しないローレンスの薄いアメジストの瞳が丸くなった。

「……っ。あはは、あっははは。そうか、そうか」

アレクサンドラが顔を引き攣らせ、婚約者の背中をばしっと叩く。

とんでもなくいい音がしたのだが、それでもローレンスの笑いは止まらないのだった。