軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18.悪女への誤解

思えば、サミュエルは一番上の兄のことを『プレイボーイ』と表現していた。

となれば、エイヴリルに扮していたコリンナの存在を知っていて、一度遊んでみたかったということだろうか。それにしても腑に落ちない。

(コリンナが悪女として名を馳せていたのはもう二年も前のことになるので、少しおかしい気はするのですが……)

困惑するエイヴリルの前、はっきりとディランに苦言を呈されたフェルナンは決まりが悪そうに両手を上げ、首を振って距離を取る。

「誤解ですよ。私はただ、新しい公爵夫人と仲良くなりたかっただけですから」

「そうか。ならば、相応の節度を持って接していただきたい。でなければ、貴殿も婚約者に嫌われてしまうのでは?」

「ははっ。婚約者ですか。家が決めた女性ですから、形式上のものですよ。初々しく麗しい公爵夫人に声をかけても、怒るはずがありません」

ディランとフェルナンのやりとりはそれなりの親しさを感じさせるものだ。

かといって仲がいい友人というわけではなく、距離が感じられる。この二人は同世代のはずだ。おそらく、これまでにも避けられない交流はあったのだろう。

しっかりディランにエイヴリルを遮られてしまったフェルナンは、残念そうにウインクをしてくる。

「残念ながら、悪女として知られたエイヴリル・アリンガム嬢と遊んだことがなかったんです。一度お相手願いたかったのですが、彼女は滅多に王都には現れなかった。そうしているうちに、彼女はランチェスター公爵家の夫人になったというではないですか。驚きました」

本当の悪女は義妹であって、自分は身代わりで嫁いだのだ、と説明をしようとしていたエイヴリルは、言葉を引っ込めると思わず微笑んだ。

「それはよかったのではないでしょうか」

「え?」

「クラウトン王国を訪問した際、皆が言っていました。悪女のエイヴリルに会うと、全ての財産を無慈悲に身ぐるみ剥がされると」

「ええ? あなたが? かわいらしいとは思いますが、そんな悪い女には見えないな」

(うっ)

コリンナの威光を借りたいところだったが、全く信じられていないのが丸わかりの視線に、早くも発言を後悔した。早急にこの場を去りたい。

そうしているうちに、エイヴリルはディランの腕の中に収まることになった。心許ないやり取りに呆れたのだろうか。肩を抱くディランの力が強くて、エイヴリルはそのまま身を任せる。

すると、ディランの体がわずかに硬直したのが伝わった。それを見ていたフェルナンが、信じられないというふうに顔を引き攣らせた。

「……あの、ディラン・ランチェスターが……。すべての財産はともかくとして、身包み剥がされているのと同じ状態ですね」

「なかなか悪くないが?」

「ますます興味が出てきましたよ。エイヴリル・アリンガム嬢に」

「あの、私は――」

エイヴリルはもう結婚していて、ランチェスター公爵夫人だ。

ディランが言う通り、その名前を呼ぶのはやめてほしいと口にしようとしたところで、フェルナンはウインクをして去って行ってしまったのだった。

逃げられた形になってしまったエイヴリルは、呆気に取られた後、眉間に皺を寄せる。

「あの方、一体何がしたかったのでしょうか? サミュエルのお兄様とは思えないです」

「……エイヴリルを巻き込んだ形になって申し訳ない。彼は私の幼い頃からの知人だ」

ディランの言葉は想像通りではある。おそらく、公爵家と侯爵家の令息同士、交流があったのだろう。ディランは続ける。

「いろいろあって、彼によく思われていないようだ」

「いろいろ?」

「まぁ、いろいろだな。特段わざわざ話すようなことでもないが、話すのに許可がいる。少し待ってもらえるとありがたい」

「承知いたしました」

ディランは言葉を濁しているが、相当に大きなトラブルがあったのなら、こういう事態になる前にアレクサンドラなどが事前にエイヴリルの耳に入れてくれるはずだった。

つまり、原因はわりとどうでもいいことで、かつエイヴリルに聞かせたくないことである。

(一般的には、そういう類のトラブルというと、きっと女性との交友関係を含むものですよね……)

ディランは、女性避けのために悪女との契約結婚を思いついたほどだ。これまで聞いたことはなかったが、もしかして女性関係のトラブルに巻き込まれたことがあるのかもしれない。

けれど、ディランが自分から進んで女性と何かあったというのは考え難いし、これまでに浮き名を流したこともない。だからこそ、悪女と呼ばれる女との結婚が話題になったのだ。エイヴリルもその点で心配はしていなかった。

(今、私が突っ込んで聞くべきではありませんね)

気にはなりつつも、一旦は忘れようと思ったところで、また声をかけられる。

今度は、比較的近くに領地をもつ伯爵夫妻だった。家族でこの音楽祭に出向いてくれたという彼らに挨拶をし、適当な会話を交わしていると、伯爵は決まりが悪そうにして切り出した。

「そういえば、先ほど前公爵――ブランドン・ランチェスター殿をお見かけしました。お元気そうで何よりです」

「……前公爵を?」

おそらく、見かけたからには話題に出さないといけないと思ったのだろう。しかし、ディランの視線はさっきのフェルナンに対するものとは違った意味で鋭くなる。

その様子に、伯爵夫妻は『余計なことを言ってしまったかもしれない』とでも言うように愛想笑いを浮かべた。

「はい。このホワイエで来賓の皆様に挨拶をされているようでしたが……見当たらなくなってしまいましたね」

そうして、二人はそそくさと離れていってしまった。伯爵夫妻の後ろ姿を見ながら、ディランは呻くように言葉を漏らす。

「……怪しいな……」

「ええ。いくらホワイエが広いとはいえ、前公爵様がいらっしゃっていたら絶対に目立つはずです。私たちを避けて挨拶回りをしていたとしか思えません」

頷きつつエイヴリルも思考する。

(前公爵様はこの音楽祭に出席される予定はありませんし、そのようなそぶりもありませんでした。いえ、私とサミュエルの準備を邪魔しにいらっしゃっていましたから、ご自身も関係者の一人だとお思いになっていたらまた別なのですが……!)

「ディラン様、とにかく、間もなく開演です。ホールの中に入りましょう」

「ああ。余計なことをしなければいいが」

エイヴリルとディランは頷きあったのだった。

一方、ホワイエにいた招待客たちは、皆、ランチェスター公爵夫妻がホールへと向かうのを意外な気持ちで見つめていた。

先ほどの、ブランドナー侯爵家の嫡男との一悶着に、好色家と悪評が強い前公爵の目撃談。前公爵が呼び寄せたとも言われる悪女との結婚。そして、その中でもディランが自然にしっかりと彼女を守る仕草。

そういった、周囲の状況と合わせたディランの振る舞いは、目撃者たちの『ランチェスター公爵夫妻』への印象を固めるのに十分だった。

――ディラン・ランチェスターは、噂通り悪女である新妻に骨抜きにされている、と。