軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.サミュエルの子猫

エイヴリルの周りにはトラブルが多く、ディランはいつもその後処理に走り回ってくれている。

加えて、ローレンスからの無茶振りに、公爵家の主として領地経営もしなくてはいけない。そして、ディランがなんだか自分を大事にしようとしてくれているのは伝わってくる。

けれど、さすがにエイヴリルでもわかる。子供というものは、仲良く暮らしていればコウノトリが運んでくるものではないと。

そんなことを考えているうちに、ディランからのキスはより深いものになっていく。息苦しくなって思わず夫の胸を押すと、そのまま視界が反転した。

「……あれ?」

背中の下にはふかふかのベッドがある。視界には天井。

そして、ディランの引き込まれそうに透き通った淡い青の瞳が見える。いつもと違う雰囲気に少し驚いたものの、結婚したときからわかっていたことだ。

「エイヴリル」

微かに聞こえる雨音の中、覚悟を決めて目を閉じれば、囁くような声と共に、吐息がかかる――

と思ったところで。

ドンドンドンドン。強めに扉を叩く音がした。

「……お客様ですね?」

ふかふかのベッドを背にし、夫を見上げる形になったまま、エイヴリルは頭だけで扉の方を見た。

公爵夫妻の寝室は広く、居室と寝室に分かれている。音は、続きの間になっている居室側、廊下に面した扉から聞こえているようだった。

「……ああ……」

部屋が薄暗くてよく見えないが、ディランの声色はどこか苛立ちを感じさせるものだ。

けれど、すぐに立ち上がり緩んでいた夜着の首元を直すと、居室の方へ向かう。ちょうどそこで、グレイスの声が聞こえてきた。

「――くに申し訳ございません。ランチェスター公爵夫妻にお目通りを願いたく」

(どうしたのでしょう)

グレイスはさっき、エイヴリルの寝支度を整えると、明日の朝まではもうここに来ませんと宣言して自分の部屋へ戻ったはずだった。それなのにここへ来たということは、それなりに緊急事態が起きているはずだ。

エイヴリルはベッドから起き上がり、消されたばかりの灯りを点け直した。そのまま室内履きに足をいれ、ディランのいる居室側へと移る。エイヴリルが身支度を終えたのを確認したディランは扉を開けた。

「どうし――」

「公爵様、エイヴリル様……!」

そこには、気まずそうな様子のグレイスに付き添われたサミュエルがいた。

サミュエルは外の雨に打たれたのかびしょ濡れ姿にバスタオルを被っていて、腕の中には大事そうにグレーの毛玉を抱えている。

「旦那様、申し訳ございません。この雨の中、サミュエル様が猫を拾っていらっしゃって」

グレイスに続いてサミュエルが頭を下げる。

「こんな時間に申し訳ありません。ですが、この猫の具合が悪そうで、どうすることもできなくて」

いつも落ち着いているサミュエルが取り乱している様子に、エイヴリルは驚いて彼の腕の中に目をやる。すると、サミュエルと同じようにびしょ濡れの毛玉はもぞもぞと動いたあと、弱々しくみゃーんと鳴いた。

「この雨の中、一体どこで子猫を拾ったのですか……⁉︎」

「僕の部屋は一階なのですが、外から猫の鳴き声が聞こえてきて……この雨ですし、気になって外に出てみたらこの子を見つけたんです」

サミュエルの腕の中の子猫は、元気がなくぐったりしている様子だ。雨に打たれたせいかもしれない。それを見たディランは、グレイスに指示を出す。

「すぐに獣医を。グレイス、サミュエルにはお風呂を準備してくれるか」

「かしこまりました、旦那様」

手配のためにグレイスが駆けていき、それを見送ったエイヴリルはサミュエルの腕の中の子猫を覗き込んだ。

濃い灰色の毛並みに、透き通った碧い瞳。ぶるぶると震えているように見えるのは、この猫を抱いているサミュエルが震えているせいでもあるだろう。

エイヴリルはサミュエルの肩に自分の上着をかける。

「暖炉に火を入れましょうか。少し時間がかかりますが、こちらへ来てくださいね」

「暖炉の準備って、使用人の仕事では……エイヴリル様はそんなこともできるのですか?」

「もちろんです。公爵夫人ですから」

後ろでディランが笑って離れていく気配がする。おそらく、火の扱いに長けた使用人を呼んできてくれるのだろう。

タイミング悪く、今夜も一緒に寝られなかったことが心残りだが、きっとこれから機会はいくらでもある。

(今は、サミュエルが風邪をひかないように気をつけないといけませんね……!)

そんなことを思いながら、エイヴリルは夏を越したばかりの暖炉に手をかけたのだった。