軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4章エピローグ

クラウトン王国での、三ヶ月間という長い滞在を終えたエイヴリルは帰路につく支度をしていた。

「明日の今頃にはヴィクトリア号に乗っているのですね。長い滞在でしたが、終わってみればあっという間でした」

「そうだな。王都のタウンハウスに戻ったら、少し二人でゆっくり過ごそう」

(二人でゆっくり……ですか)

自分を見下ろしてくる、ディランの視線が不思議なぐらいに甘い。そのうえ、どことなく意味深な言葉の響きにどきりとしたところで、部屋の扉が叩かれた。

ほわんとしていたエイヴリルは慌てて切り替える。

「はい?」

「エイヴリル様!」

扉が開くなり飛び込んできたのはエミーリアだった。目に涙を溜め、がっしりとエイヴリルの腕を掴んでくる。

「今日、国に帰ってしまうのですね……寂しいですわ……!」

「鉱山の再開発が決まりましたし、また近いうちにこちらへお伺いすることになると存じます。どうか、私を忘れないでいてくださるとうれしいです」

「エイヴリル様のことを……忘れるはずが……ないではないですか……!」

「まあ」

先日の任官式でリステアードが宣言した通り、グリニー山脈に眠る鉱山はめでたく再開発されることになった。

それを早速ディランがローレンスに報告したところ、最も適任ということで一連の計画はランチェスター公爵家に任されることになったらしい。

ますます忙しくなりそうなディランが心配になるところだが、エイヴリルがクラウトン王国の国家試験に合格したことがプラスに働いた。エイヴリルも、正式な外交官としてクラウトン王国との事業に参加できることになったのだった。

(結局、リステアード陛下に謝罪をして任官を辞退することになりましたが、両国のお役に立てそうでよかったです)

ちなみにどういうことなのか、首席合格のご褒美についてのおねだりは、全部が叶えられることになってしまった。びっくりである。

しかし、本当に欲しいのは子どもたちへの支援だけだ。

どうやって辞退したらいいのか死にそうなほど悩んでいたエイヴリルに手を差し伸べてくれたのはエミーリアである。

エミーリアは「悪女は殿方にしか貢がせないんですものね」とよくわかった顔でエイヴリルが褒美にもらった美術品や宝石を潤沢な私財で買い上げ、しれっと王宮の元の場所に戻してくれたのだった。ありがたすぎた。

そんなことを回想しながら、いよいよ本格的に泣き出してしまったエミーリアをなだめていると、扉の向こうに一人の女性が立っているのが見えた。

(……あれは)

儚げな佇まいなのに、ピンと伸びた背筋。

月の光を紡いだように美しい長い髪と、優しげなまなざし。

彼女は号泣しているエミーリアを慰めようとしたのか、遠慮がちに部屋の中に入ってくる。

そしてすぐに、菫色の柔らかな瞳に驚きの色が映った。エイヴリルの隣にいるディランを見つめたまま、動かない。

「エイヴリル様と、こちらの殿方は……?」

震える声に、事情を全く知らないエミーリアが応じる。

「ぐすっ……アナスタシア先生! こちらは、ディラン・シェラード様ですわ。先生と同じブランヴィル王国からいらしていた特使様で、今日国にお帰りになるの」

「ディラン・シェラード……」

アナスタシアは反芻するようにディランの少年時代の名前をゆっくりとつぶやく。その間も、ディランから視線が外れることはない。

「……ディラン・シェラードと申します」

ディランはよそ行きの笑みでアナスタシアに挨拶をする。母親に対して親愛の情を示すでもなく、悲しいほどに淡々としていた。

それはまるで、わからないと言われることに慣れてきっているような仕草だった。

それだけで、ディランがずっと抱えてきた寂しさが伝わってくる。

(ディラン様……)

母親との再会を望んではいたものの、心の準備がしたかっただろう。大切な人に拒絶されるのは、きっとものすごく辛いことだ。

けれど、今日は、いつもとは違うと思われる事態が起きた。

「ディラン……?」

さっきまでの、無機質に知らない人の名前をなぞるのとは違う、明らかに戸惑った声。

見ると、アナスタシアの瞳からぽろぽろと涙がこぼれていた。ディランとエイヴリルが息を呑む中、唇からはとりとめのない言葉が紡がれる。

「私が……少しだけお教えした生徒が、国家試験に首席で合格したというから、お祝いを伝えに来たのです。何と喜ばしいことなのだろうと。それで、それなのに」

「アナスタシア様?」

怪訝そうなエミーリアを遮って、アナスタシアは続けた。

「けれど、まさかこんなうれしいことがあるだなんて」

いつもとは明らかに違う様子に、ディランがうわずった声音で話しかける。

「……私のことがわかりますか」

「ディラン」

アナスタシアの瞳から、また涙が溢れた。

「あなたは……いつの間にかこんなに大きくなっていたのね」

「……母上」

驚きに満ちたディランの声が部屋に響く。アナスタシアは弱々しい足取りでディランに歩み寄り、息子をしっかりと抱きしめた。

背後で控えているクリスも息を呑んでいるのが伝わってくる。

普段はニコニコと微笑んでいるクリスの感慨深げな表情に、これがどれだけ大きな意味を持つことなのか、あらためて身にしみる。

ランチェスター公爵家を見守ってきた皆が、ずっと待ち侘びていた光景。

滲む視界に、クラウトン王国訪問に託されたもう一つの意図を、エイヴリルは知ったのだった。

(ローレンス殿下は、この再会のために私たちをクラウトン王国に派遣してくださったのですね)