軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.二度目の困惑(ディランサイドのお話)

エイヴリルがお湯入りのバケツを取り上げられた日の夜。

ディランは、書斎でクリスからの報告を聞いていた。

「エイヴリル様は、悪女ではありませんね、あれは」

「やはりクリスもそう思うか」

「はい。というか、誰も悪女だとは思っていないのでは」

「……」

「……」

二人の間には微妙な空気が流れる。ディラン、クリスともに、どう考えてもエイヴリルの様子がおかしいのはわかっていた。

気を取り直して、ディランはクリスに尋ねる。

「それで、エイヴリル嬢の街での様子はどうだった」

「はい。悪女……というよりは痴女のような露出の激しいドレスに真っ赤になり、自分で持ってこさせた宝石に値札がないのを見て真っ青になり、何も買わずに帰ろうとしたので助言を差し上げたところ、適当に選んだネックレスが高価すぎることを知り真っ青を通り越して真っ白になっていました」

「…………。」

「ちなみに、高価なネックレスについては、当てずっぽうで選んだにしてはすごい確率です。並んでいたのは、どれも希少価値の高い宝石を使ったものばかりでしたから。その中であれを引き当てるとは、ものすごい強運の持ち主かと」

「……なんだそれは。聞けば聞くほど意味不明だ」

呆れた様子のディランを前に、クリスは続ける。

「エイヴリル様ご本人は悪女のつもりのようですが、素が天然……いや失礼、かなり礼儀正しく穏やかな方のようで。街から帰ったら、同行したことへのお礼を無垢な笑顔で丁寧に言われました。時折悪女を意識して会話がおかしくなりますが、どうやらそちらが相当無理をしているようですね」

「…………。」

クリスの報告は、ディランにも心当たりしかない。初日の会話や立ち振る舞いへの違和感に始まり、今日はメイドに気遣いを見せていた。

基本的に、ランチェスター公爵家に勤める使用人は皆勤勉で忠誠心が強い。だからこそ、『悪女』として知られるエイヴリルはこの家に好ましくない存在として蔑視の対象となる可能性があった。

契約上の妻とはいえ、ディランも一応三年間はエイヴリルを守り切るつもりでいる。だからこそ離れの様子を見に行ったのだが。

(彼女は……斜め上すぎないか……? 一体何を考えている。いや、何も考えていないのか)

少し考え込んだ後で、ディランは口を開く。

「……私が見たのは、入浴用のお湯をバケツで運んでいるところだったな」

「何ですかそれ」

「こっちが聞きたいところだ。てっきり使用人から冷遇されているのかと思えば、そのメイドを庇うように話題を逸らすし……。しかし、その後の言動は極めてまともだった。支度金を早くよこせと言うから話を聞いてみると、実家に送金するのではなく、必要なものを選んで手配したいらしい」

「欲深さをアピールしたつもりが逆効果ですね」

感情が読めない笑顔のクリスに、ディランはため息をつく。

「ああ。今回、アリンガム伯爵家の弱みに付け込んで婚約を申し入れたが……ああ見えて、エイヴリル嬢も実家の財政状況を理解しているのかもしれないな。……どうしてそうなっているのかも」

「もしそうだとしたら、エイヴリル様は公爵夫人として本当に好ましいお方では」

暗に、クリスの進言は「契約結婚でなくてもいいのでは」というものだったが、ディランは表情を変えない。

「仮にそうであっても、彼女はこの契約結婚をひどく喜んでいた。ありえないほどにな。今さら後には引けないだろう」

「なるほど。ご本人は悪女になりたいようですが……どちらかと言うと、無垢なお姫様ですね」

「ああ、同感だ」

ディランとクリスの意見は一致する。そして少しの間の後、心底不思議な顔で二人同時に首を捻った。

「しかし……どうして、彼女は悪女のふりをしているんだ?」