軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.救出

それはディランだった。

背後には大勢の警官がいて、もう大丈夫だということがわかる。そしてその光景が目に入った瞬間に肩の力が抜けていくのを感じた。

「くそっ……お前たち、女を置いて走れ!」

「絶対に逃すな、捕まえろ」

トマスや男たちは慌てて別の出口から逃げようとしたが、そちらにも警官が配置されていた。すぐに捕まえられて手錠をかけられてしまう。

捕らえられたトマスがディランを見て、いまいましげに顔を歪める。

「お前、やっぱりあの仮面舞踏会での……っ!」

「あの仮面舞踏会は別件での調査で訪れていた。お前が罠に嵌めようとしてくれたおかげで麻薬や人身売買の件まで芋づる式に出てきて感謝しているよ」

「怪しいと思ったんだ。ということはそいつはあの仮面舞踏会でチェスをしていた女だな⁉︎ 随分訓練されているようで面倒だったから罠にかけて捕まえてやろうと思ったのに、何でここまで追ってきて……クソッ」

別に特に訓練はされていないエイヴリルはサッと目を逸らす。しかしディランは満足そうに笑っている。

「王太子殿下はどれも秘密裏に調査したいようだったが、それらがすべてまさかここまで大胆に動く組織だとは思わないだろう? だからこちらもそうさせてもらった」

「その女さえいなければ! この◯×△☆……!」

(随分怒っていらっしゃいますね……! でもしかたがないです)

トマス・エッガーは、おっとりと見送るエイヴリルに悪態をつきながら連行されていく。アリンガム伯爵家で育ったエイヴリルとしては日常茶飯事で聞き慣れたいつもの言葉だったのだが、ディランにとってはそうではなかったらしい。

いつの間にか目の前にやってきていたディランに頭ごと抱きしめられた。胸にきつく頭を抱えられるような体勢になって、エイヴリルの脳内は『?』で埋まる。

「……!? ディラン様、っ……!?」

「あれはエイヴリルの耳に入れるまでもない言葉だ。聞くな」

「はい……」

(なるほど。突然抱きしめられたのでびっくりしてしまいました……)

そうか、自分には暴言からですらこうやって守ってくれようとする人ができたのだ、とあらためて実感しホッとする。抱きしめられた腕の中からそのまままっすぐにディランの顔を見上げれば、碧い瞳と視線がぶつかった。

「ディラン様、勝手に部屋を出て申し訳ありませんでした」

「……心配した」

「私は少しやらかしてしまいましたが、ディラン様が助けてくださると信じていたので、全然怖くありませんでした」

「……」

ディランは答えなかった。 代わりに、警官の一人が倉庫の中に残っていた前公爵とシエンナたちに声をかける。

「ブランドン・ランチェスター殿。ご事情をお伺いしたい。ご同行いただけますか」

「……っ。ああ。仕方ない。調査には協力するぞ」

人身売買の場に顧客として居合わせたのだ。どんな事情があろうとも、ひとまずは事情聴取を免れないだろう。連れて行かれる前公爵とシエンナたちを見ながら、エイヴリルはディランに説明する。

「ディラン様。前公爵様が……なぜか私を買おうとしてくださったのです」

「あいつ」

「いえ、そういうのではないと思います。信じられないのですが、私を心配して、無事にディラン様のところに戻れるように立ち回ろうとしてくださったような?」

「……あいつが?」

「はい、前公爵様がです。私のことはお嫌いなはずなのに、『ディランの元に帰りたいんじゃないのか』と言って私を買い取る方向で交渉を」

「……。信じられないが、とりあえずはわかった。でもその話は後でいい」

二人きりになったエイヴリルはディランの腕の中で周囲を見回した。

(連れてこられたのはてっきり倉庫かと思っていましたが、落ち着いてよく見てみると、ここはどうやら今はもう使われていない古い教会のようですね。光が差し込んでいたのは、丸い天井の割れたステンドグラスから……なんだかちょっと幻想的な場所です)

入り口の扉が開け放たれて教会の中がさらに明るくなったのでわかるが、この教会は海に面しているようだ。

壇上の向こうには海が見える。

「ディラン様、ここ、海が綺麗ですね」

「……ああ。そうだな……」

思わず見惚れて口にしてしまうと、耳のすぐ近くで呆れた声がした。それで思い出す。

(そういえば、私は異国に売り飛ばされる寸前だったのでしたね!)

もちろんエイヴリルとしてはディランを信じていたので何も不安はなかったのだが、ディランは間違いなく死ぬほど心配していたようである。

なぜなら、悪態をつくトマス・エッガーがいなくなったのに、ディランはまだエイヴリルを放すつもりがないようで、腕の中に抱きしめたままなのだ。

「ディラン様、トマスさんはもういません」

「……本当に心配したんだ」

「ごめんなさい」

「きみがいなくなってから、正直生きた心地がしなかった」

「本当に本当にごめんなさい」

ディランがエイヴリルのことをいつも気にかけてくれているのはよく知っている。

けれど、大丈夫だと言っているのに、こうして何度も同じ言葉を繰り返すのは初めてのことで。

ディランの、まるで自分自身を落ち着かせるような振る舞いにエイヴリルの心も痛む。

(私は、お優しいディラン様を本当に心配させてしまったようです……)