軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

21.見知らぬ場所

非常階段は思ったよりも段差があり、ドレスを着たエイヴリルではなかなかスムーズに降りられない。もちろん、今着ているのは普段着用のドレスなのだが、明らかにこの階段を歩くのには向いていなかった。

足を踏み外さないように細心の注意を払いながら、エイヴリルは女の子に問いかけた。

『あの、お名前を聞いてもいいでしょうか?』

『リンだよ。おねえさんは?』

『私は――』

子どもには嘘をつきたくない。しかし、自分が何のためにこの船に乗っているかを考えると本当の名前を名乗るわけにはいかなかった。

罪悪感を感じながら「バーバラです」とディランと打ち合わせ済みの名前を答えれば、リンと名乗った少女は首を傾げた。

『ふぅん。バーバラはいい人だね』

『…………』

非常階段を降りきると、二等船室エリアに到着した。リンは非常階段の扉を開けて、二等船室エリアの廊下をキョロキョロと見回す。

『おっかしいなぁ。いないな』

『いない、ってどなたがですか?』

問いかけてみたものの、リンは答えない。

しかたなくエイヴリルも周囲を見回してみる。さっきまでいた一等客のエリアとは雰囲気がまるで違う。廊下の幅は半分だし、床には絨毯は敷かれていなくて木が剥き出し。当然調度品の類もなくて、殺風景だった。

(ディラン様とローレンス殿下が用意してくださったスイートルームも素敵ですが、私はこちらの方も落ち着いて大好きですね)

アリンガム伯爵家での暮らしを回想し、のんびり思い出に浸っていると。

『あっ! いた』

リンの声がした方をみると、がっしりした体型の若者が現れた。顔には傷があり、タンクトップから見える肩や腕には見事なタトゥーが彫られている。

「クソガキ、なんでこんなところにいるんだよ」

『なんか怒ってる? 私は何も悪いことしてない。ただ、クラリッサのかわりを連れてきたんだよ』

「何言ってんのかわかんないけど、早く戻れ。……そっちのお前も来い」

鍛えた体やショートボブという髪型からは一見男性に見えたが、声の高さから判断すると若者は意外なことに女性だった。

女性はリンの首根っこを持ち上げると、いとも簡単に持ち上げる。そうしてエイヴリルの手を引いた。

(あっ……これはよくないですね)

『痛い!』

「声を出すんじゃないクソガキ」

「あの、痛がっています。リンさんから手を離してください」

エイヴリルが口を挟めば、女性は鼻で笑う。

「この異国のガキに何か聞いたのか? かわいそうに、お前も帰れないだろうね」

と同時に背後の船室の扉が開いて中から数人の若者が現れた。皆、殺伐とした空気を纏っていて明らかに強そうだが、全員が女性だ。リンとエイヴリルを部屋の中に引き込んで後ろ手に縛ってくる。

(あっ……これは)

縄抜けにハマっていたころがあるエイヴリルとしては嫌な予感しかない。なつかしいキャロルとの悪夢再びだった。

(ついつい縄を引っ張って解きたくなってしまいますが、今はそれどころではありません……!)

自分だけなら縄を解いて走って逃げればいいのだが、リンが捕まったままなのだ。ということで、エイヴリルはリンと一緒に屈強な女たちに連れられていく。

物置にしか見えなかった狭い船室の奥には隠し扉があるようだった。扉の前にカムフラージュで置かれた可動式の本棚を動かすと、人がやっと一人通れるほどの鉄の扉が現れる。

(これは、もしかして船内図にはない場所へと続く扉ですね?)

パーティが始まる前に確認した船内図には三等船室がなかった。そのぶん二等船室のエリアが大きく、それぞれの部屋自体も広く作られているようだったのだが、それでもエイヴリルは違和感を覚えていた。

その答えに辿り着いて、ふむふむと納得している間にその扉の向こう側へと送られた。

エイヴリルとリンを無理やり扉に詰め込んだ女たちは見張り役のようだ。隠されたエリアに一緒に来ることはなくその場に留まっている。

がしゃんと音がして、鉄の扉が閉じられた。抱えていた女によって半ば放り投げられるようにこちら側へと送られ、床に倒れ込んだリンは不満そうに口を尖らせている。

『痛ったいなぁ。もっと優しくしてよ』

『リンさん、大丈夫ですか? お怪我は?』

エイヴリルが流れるような自然さで縄を解き、床にぺしゃんと這いつくばったままのリンに手を差し伸べると、リンは心底不思議そうな顔をして聞いてきた。

『……怒らないの? っていうか今の何? 床に縄が落ちてるけど、手品? その余裕、すごいね』

『ええと、縄のことは気にしないでください。でもどうして私が怒るとお思いに?』

『だって、私はバーバラをわざとここに連れてきたんだよ。私のために』

『ふふふ。わかっていてついてきたのですから、怒るも何もありません。この先はたとえ何があっても、私の責任なのです』

『…………』

微笑んで見せると、リンはびっくりしたように目を泳がせて唇を噛んだのだった。