軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34.策略にははまりません

「テレーザ様。この指輪は本当に前公爵様――大旦那様からの贈り物で間違いないでしょうか?」

「そうに決まっているじゃない。私が、この指輪がなくなって悲しかったのは、高価な品だからではないの。大旦那様が私にくださったものだからこそ大切にしていたのに……それを盗むなんて……。それがいつか度を越して、私の身に危険が及ぶのが怖くって……だから……」

涙を浮かべたまま必死に『だから母屋に移りたい』と訴えるテレーザの目的は、前公爵からディランに乗り換えることなのだと誰の目にも明らかだった。けれど、エイヴリルは動じない。

「――ですが。昨日、帳簿を拝見したとき、この指輪は前公爵様が離れの方に贈られた贈り物リストにはありませんでした」

「!? 私にはわからないけれど、記載ミスぐらいよくあることでしょう。大体にして、洗濯メイドのはずのあなたがどうしてそんなものを。デタラメはやめてちょうだい」

エイヴリルは取り乱すテレーザには応じず、ディランに問いかける。

「ディラン様、前公爵様はああ見えてお金の管理にとても細かい方ですね」

「ああ。前公爵は引くぐらいに意地汚いんだ。それでいてマメで几帳面なタイプでもある。でなければ、こんな離れとたくさんの愛人を長期間にわたって維持できるはずがないだろう」

見守っていた愛人の一人、ルーシーから「確かにそうですわね」という柔らかな相槌が聞こえると、ふふふふ、という笑みが広がっていく。どうやら、テレーザ以外は皆本当に清楚系おっとり美女のようだ。

加えて、騒ぎを聞きつけたらしい使用人たちがいつの間にかサロンに集まりはじめていた。『救世主で猛獣使い』のクラリッサが盗みをしたとなれば、すぐに調査が始まると皆が思ったのだろう。人だかりの奥にエイヴリルの上司であるジェセニアの姿が見える。

穏やかなおもてなしの時間は終わりである。これからの流れを決めたらしいディランはエイヴリルの肩を抱いた。

「この離れで働く人間があらかた集まったようだな。ちょうどいい。ひとり、皆に紹介しないといけない人間がいる」

「だ、旦那様……? もしかして新人洗濯メイドのクラリッサを上級使用人として育てるのではなく、愛人として囲われるおつもりで……?」

顔を引き攣らせて問いかけた執事に、ディランは極めて不機嫌そうにピシャリと告げる。

「違う、あの男と一緒にするな。彼女はエイヴリル・アリンガム。皆も噂ではよく知っているはずの、私の婚約者だ」

「ええと、エイヴリル・アリンガムと申します。皆さまにはいろいろと謝らなくてはいけないことが」

――本当に、クラリッサの名前を騙ったことはごめんなさい。

挨拶も兼ねて淑女の礼をすると、見守っていた使用人の中から洗濯メイド長のジェセニアが声を上げた。

「うそでしょう……!? クラリッサが公爵夫人……!? え、公爵家に嫁げるほどのお嬢様育ちの方がなんであんなに仕事ができるのよ!?」

「ジェセニアさん。この度は嘘をついていて申し訳なく」

ジェセニアは相変わらずエイヴリルの話を聞くことなく、驚いた勢いそのままに疑問を投げかけてくる。

「待って? どうして次期公爵夫人の手があんなにしっかりしてたくましいのよ!?」

「最近は使用人としての仕事が少し減りまして、以前よりは悪女の手に近づいたかと」

呆気に取られていたジェセニアは、エイヴリルとの会話についてあることを思い出したようだ。

「悪女? わかったわ。あんた……じゃなくって、あなたは初日に私たちの悪口を聞いちゃったのね? 『悪女と名高いディラン様の婚約者と関わっては、ここでの立場がなくなる』みたいなやつ。そのせいで言い出せなくなっちゃったのね、わかったわ」

「いいえ、私はエイヴリルですと何度かお伝えしていたのですが、なかなかお耳に入れていただけなくて」

「ん。エイヴリルって……それは洗礼名よね?」

「いいえ、正真正銘、本当の名前ですわ」

「あーーーーっ」

にこりと微笑めば、ジェセニアは目を丸くして口を押さえた。この噛み合わない会話は終わりのようだが、彼女とはとても気が合いそうだ。

そうして、エイヴリルは皆の方にくるりと向き直る。

「この数日間、皆様を騙すようなことになってしまい本当に申し訳ございません。ちなみに、お洗濯やお掃除のほかは書類の整理などディラン様のお仕事のお手伝いを得意分野としております」

「エイヴリルにはこの本邸の金の流れを見てもらっているところだったんだ。だから、マメで意地汚い前公爵の帳簿にその指輪が記載されていないことは確かなはずだ。……つまり、前公爵にもらった指輪がない、と騒ぎ立てるきみの言い分は信頼するに値しない」

ディランの言葉に、自分の分が悪いことを理解したらしいテレーザは急におどおどしだした。

「そっ……そんな……、いえ、私が紛失したのはべつの贈り物だったかもしれません。ネックレスとブローチもなくなっていますの」

それを聞いたエイヴリルはおずおずと申し出る。

「その……残念ですが、前公爵様がそれらをテレーザ様に贈ったという記録もありませんでしたわ」

「!? どうしてわかるのよ」

「昨日、帳簿で見ましたから」

「見たって、見ただけでしょう!? それだけで証拠になるはずが」

「私は一度見ると大体のことは記憶に残る質でして……。ディラン様もクリス様もそのことはよくわかってくださっています」

「……!?」