軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話 初デート2

湖に遠出して何をするのか、と問われれば、遊歩道を歩いたり、サンシェード付きのウッドデッキを借りたり、湖へ小舟を漕ぎ出したりと色々ある。

しかし貴族の婚約者や恋人同士がそこへ行くのは、衆目がある程度ある健全かつ穏便に遊ぶ、という安全策なのだ。

人目のある場所ならば貴族を狙った盗みや暴漢は出ない。ましてや、お忍びだろうと貴族が集まる場所には自然と『休暇中の』騎士や兵士が居合わせるものだ。それに、若者が酒や女で羽目を外さないよう、歓楽街に行かせるよりはずっといい。

あとは、公の場で二人揃って過ごしているところが目撃されれば、あの貴族の婚約は続いている、家同士の仲は悪くない、という社交界向けの証明になる。

特に、アルバートは放蕩息子だ——という噂が妙に広まっているため、まともな公爵家嫡男であるという社交界へのアピールが必要だった。

近くの牧場が運営する湖畔の簡易厩舎へ二頭の馬を預け、私と、バスケットを持たせたアルバートはただただ湖へ歩いていく。

私とアルバートは、婚約してもう八年は経つというのに、二人並んで歩いたことなどほとんどない。幼いころに婚約した貴族ならそういうこともある、仲がいい悪いではなく、互いに多忙なのだ。

私は王妃の側仕え、アルバートは寄宿学校で勉強して外交官見習いになったように、貴族の子女は遊び呆けている暇などない。当然ながら、家臣として国や王に仕える者であり、自ら身を立て、自らの価値を高めていく義務がある。

その血の一滴を維持するためにどれほどの血税が費やされているかを考えたら、平民と異なり、のんびり一日一日を生きていけばいいわけがないのだ。

景観のために広げられた土道を踏み締め、ささやかな水場のような湖が湿気を含む空気を生み出す。そのせいで、もう何年も帰っていないイヴェルタリーの領地を思い出してしまう。

私は——今隣を歩く男との婚約という契約が、私をいずれ故郷から離れさせ、生まれ故郷の行末を決める重要な手になりうるものだと、初対面のあのときから分かっていた。

だから、私は、少し焦っていたのだろう。

「アルバート、近頃は婚約破棄なんてあるそうよ」

「それがどうしたんだ」

「あなたもそうしたいのではなくて? いいのよ、我が家の父や兄たちはどうか知らないけれど」

「馬鹿にしているのか。あんなもの、恋愛結婚に憧れる子どもがやることだろう」

「まあ、次期セダル公爵閣下はお子様ではないのね」

「腹の立つ女だな! 初対面から何ら変わっちゃいない!」

「そうね。あなたこそ稚拙で生意気なままよ、ダンスのリードとお使いの上手さ以外はね」

返す言葉に詰まったアルバートは、早々に降参して話題を変えた。

「お前のそういうところが……いや、いい。湖で何をするんだ?」

「恋人ごっこよ」

「ぶっ!?」

湖の向かって右手にある、湖畔のウッドデッキは昼前だからか空いている。コテージ風のレストランや他の建物と併設され、日光浴を楽しめる形だ。

アルバートが大袈裟に咳き込んでいるのを無視して、私は湖に来た目的を語る。

「メリザンド様がおっしゃったの。これからは大人の淑女としてやっていくその練習をしておきなさい、って。必ず役に立つとも」

私ももう十八歳、ということは大人の一員と見られてもおかしくない年齢だ。結婚なら早くて十六、七歳からあるし、昨今の情勢を踏まえればそろそろ私も決められた婚約に則って身を固めなければならない。

その相手が誰かということはさておき、練習という言葉が重要だった。

ところが、アルバートは愉快そうにこう言った。

「第一王女殿下にそう言われるということは、今のお前は淑女と思われていないのか、ははっ!」

「面と向かってそう罵ってきたドニー王子の末路、聞きたい?」

「やめろ、言いすぎたから」

『ドニー王子』で大体の察しがついたのだろう、一瞬でアルバートの態度が変わった。

ドニー王子もまた、私との初対面でやらかして恥をかき、その後も懲りずに恥をかきつづけている。

しかも年を取るにつれ巧妙に企むものだから、やれ私を王宮から追い出そうと画策し、やれイヴェルタリーの騎士に下らない差別をしようと考え、そのたび己の株を下げている。

ところが本人は実感が湧いていないようで、三年前に生まれた第二王子ロウヴァンを現王ヴァルタルの後継者にしようとする一派が台頭してしまい、いつドニー王子が王宮から追い出されるか貴族の間では賭けの対象となっているほどだ。

つまりは、そういう愚か者を見てきて、アルバートも少しは己に置き換えて考えてみたのだろう。

小さく咳払いをしてから、アルバートは立ち止まり、いつになく真面目な表情をした。

見下ろしてくる、というよりも、視線をどう合わせるべきか考えあぐねているという迷いを含んだ目を、私も立ち止まってちゃんと見上げていた。

「本音を言えば、お前と結婚なんてあり得ないと思っている」